10月13日その1 修行編その5 夫婦喧嘩の果てに降ってくるのは•••
AM10:30
「ふむ。打ち込みの鋭さはすでにうちの達也以上かもしれんなあ。
しかし、清水さんよ。」
「な、なんでしょうか?」
「あんたの剣に迷いがあるように感じるが、気のせいか?」
「いきなり真剣持たされて、迷いなく打ち込めるわけないじゃないですか!?」
真剣を持ってつばぜり合いを演じている、
狐面のおじさんからの無茶な突っ込みを受けて、
俺はずっこけそうになった。
修行の日々もはや2週間が経過しようとしている。
毎日の修行は実にハードだが、
徐々に体が慣れて来ており、
すでにより実践的な段階に入っているものも多かった。
とはいえこのままいけばきっと•••、
なんて甘い考えが通用するようなレベルの相手ではない以上、
俺はまた新たな特訓を本日は2つお願いしているのだ。
午前中にお願いしているのは、
以前うろな高校に行った時に色んな意味でお世話になった小学生•••、
じゃなくて高校生の四季恋歌ちゃん紹介による、
幼馴染達也君のお父さんの真剣についてのレクチャーであった。
もちろん実際の勝負で用いるのは竹刀ではあるのだが、
相手の勝也は実際の真剣を用いた演舞などでも超一流らしく、
竹刀であってもその斬撃を受けた者はまるで
真剣で両断されたかのように感じるとのことである。
実際には当日体感しなければ分からない部分であるが、
真剣を用いた重く危険な一撃を達人に披露してもらうことで、
勝也を打ち破る何らかのヒントを得られないかというのが、
この特訓の趣旨である。
しかしいきなり来た途端、防具も付けずに、
真剣を渡されて斬り掛かられ、
間髪入れずに反撃する様に強要されたのである。
そんなもん遠慮が残るに決まっているではないか。
「そういうことではないよ。
いや、本当はそういう点も含めて迷いを消し去らねばならないが、
まずはあんたの抱えている問題についてだ。
嫁さんと何かあったか?」
「ど、どうしてそれを!」
「そんな簡単に動揺していたら、
こうなるぞ。」
「ぎゃあ!!」
いきなり核心を突かれてぎょっとしていた俺は
おじさんの刀ごとの体当たりによって
簡単にはじき飛ばされてしまった。
そう昨日から司さんと久しぶりに喧嘩して
しまっているのである。
身重の嫁さん相手に何してるんだアホと
各所から多大なる非難が飛びそうだが、
正確には喧嘩というよりも
俺が一方的に拒否られているというのが正しい。
原因は一昨日亡くなったという高校生の女の子に
ついての会話からだった。
亡くなった当日は俺は修行でヘトヘトに
なってしまっており、
司さんの様子の変化どころか、
そのニュース自体に気づかず、
帰ってすぐ寝てしまったのだ。
(普通なら学区内でそんな事件が起きたら
すぐに招集がかかるはずで、
それもそれでおかしな話だったのだが。)
あくる土曜日の朝、
ニュースで彼女の死を知った俺が、
「可哀想に•••
でも相当『やんちゃな』子だったみたいだし、
『どうしようもなかった』んですかね。」
と言った瞬間だった。
バン!!
テレビ画面に見入っていた俺が
いきなりした大きな音に振り向くと、
司さんがテーブルに味噌汁をぶちまけて、
その汁が床や彼女の膝にこぼれていっていたのだった!
「だ、大丈夫ですか、司さん!?
火傷とかしていないですか?」
俺はビックリしながらも急いでタオルを持って
彼女の膝を拭い、火傷をしていないか確認した。
どうやら大丈夫のようである。
その後、周りに飛び散った汁を拭ったりしていたのだが、
その辺りで何かおかしいことに気づいた。
さっきから司さんが顔を伏せたまま何もしゃべっていないのである。
「本当にどうしたんですか?」
心配して彼女の顔を覗き込んだ時、
彼女の目が真っ赤に腫れ、
大粒の涙が止めどなく流れていることに
漸く気がついたのだった。
「•••お、お前も、そうなのか•••」
「え?何がですか?」
正直何があったのか意味が分からずに
間抜けなことを聞き返してしまったその瞬間、
彼女の感情が爆発した。
「お前もサツキがそんなことをする奴だと
本気で言っているのか!!」
顔をぐちゃぐちゃにしながら、
彼女は悲痛な叫び声をあげて俺に掴み掛かった。
状況についていけず、そのまま押し倒されてしまった俺の上で、
彼女は泣きながら喚き続けたのだった。
「昨日あんなニュースが流れて、
びっくりして学校や他の先生達に
電話をかけたのに、
全然繋がらなくて。
明け方になって漸く繋がったと思ったら、
果穂や田中先生まで
『彼女のことは深く詮索しない方がいい。』なんて、
えらく冷たい感じで言い出すし。
大切な生徒が亡くなったんだぞ!
なんでみんなそんなに平然としていられるんだ!!
あ、あいつが、
自分勝手に見えて、
本当は誰よりも家族や友達を大事にするあいつが、
そんなバカなことをして死ぬ訳ないじゃないか!!!
どうしてそんなことが誰にも分からない!!!!
みんな、みんな、おかしいよ、うっ!」
「司さん!?司さん!!!」
最後になって声の調子が落ちて来たと思ったら、
そのままこちらに倒れ込んでしまった。
「はあ。はあ。はあ。」
熱く早い息を続けるだけの司さん。
その様子に俺は頭が真っ白になってしまった。
「きゅ、救急車ーー!!!」
実際には救急車ではなく、
新居購入と同時に買った家族向けのSUVを
かっとばしてうろな総合病院に駆け込んだのだが、
結果は寝不足と精神的なショックによる発熱とのことで、
彼女の体にもお腹の赤ちゃんにも特に影響はないと
聞いた時には腰砕けになりそうだった。
その後点滴を受けた彼女を連れて家へ戻ると共に、
直澄に朝練に参加出来なかったことへの詫びを
電話で入れておいたりしたのだが、
司さんは目を覚ました後も、
ずっとしょんぼりしたままだった。
「その、教師として軽率な発言をしてすいませんでした。」
「•••いや、私も熱くなりすぎた。
でも本当にサツキのこと全然覚えていないのか?
稲荷山との関係で何度もあったりしただろう。」
「そうですよね。
夏祭りや水着コンテストにも参加していたはずですし•••
でも全然印象がないんですよ。
ニュースで聞いてそうかと自然と思ったくらいですし。」
「•••にゃーにゃーにゃーにゃー。
あれほど、印象に残る奴も少ないはずなんだがな•••」
そう言ったきり司さんは口をつぐんでしまった。
昨日は一日中彼女の看病に専念していたのだが、
ほとんどまともに会話することが出来なかった。
そして今日もその様子は変わることはなく、
それどころか看病を申し出る俺に対して、
「ちょっと一人になりたいんだ。」
との無情な仰せ。
仕方なく俺は予定通り上条家での特訓に
向かったという次第なのである。
「来月末には結婚式をあげると聞いておるが、
マリッジブルーって奴かなあ?」
「うわー、人が不安になっているのに
少しは遠慮ってものはないんですか!!」
のほほんとした調子でからかう上条父に対して、
俺はすぐさま立ち上がると怒りを込めて、
体当たりをやり返したが、
それも簡単にいなされてしまう。
「ふむ。パワーもなかなかだが、まだまだだな。
もちろん急ごしらえで鍛えたにしては見事ではあるが、
本気の勝負をしようというのなら、
今のお前さんではどうしようもないな。
まだうちのバカ息子の方がましだ。」
「そりゃ、ずっと修行しているという達也君の方が
強いでしょう。」
「違うな。
もちろん『糸』を使ってしまえばあいつが恐らく勝つだろうが、
そう言う問題ではない
これは実力の問題ではなく、
『覚悟』の問題だよ。」
「•••俺には覚悟がないっていうんですか?」
弾き返された俺の手に改めて力が籠る。
実力不足を指摘されるのは仕方がない。
しかし司さんの幸せのために邁進しようとする覚悟自体を
疑われるのは心外であるし、絶対に許容出来ない。
「•••いい目だ。
それも違うよ。
あんたは決して覚悟がない訳じゃない。
大体相当な覚悟がなけりゃ、
風の噂に聞こえてくるような激烈な修行に
耐えられるはずなんてないし、
短期間でそこまで身体と技を鍛え上げることなんて
できなかっただろう。
ただその覚悟の『幅が狭い』ってだけさ。」
「幅が狭い?」
「あんたは『真剣を持たされて迷いなく打ち込めるはずない』って言ったよな。
あれは中々この修行の真意を上手く見抜いた言葉だったよ。
そう、この真剣を用いた修行における大きな目的の一つは
『真剣を持った相手に迷いなく全力で打ち込めるようになること』なんだ。
つまり相手と自分を殺す覚悟、そして相手と自分を信じる覚悟を持つことを目指しているんだよ。
それに対してお前さんの覚悟は『どんなことをしても相手に勝つ覚悟』ではあるが、
その中に相手を殺すことは含まれていないし、相手への信頼も不十分だ。
だから相手にその覚悟があればあんたは決して勝てない。
本気の勝負とはそういうものだよ。」
「•••」
正直一体何を言っているんだという気がする。
相手はお義父さんである以上、
殺す気なんて当然持てないし、
逆に信頼しろっていったって•••
「まあ、そうそう分かるものではないよな。
うちのバカ息子も分かった気になっていて、
心も身体も未熟なもんだから簡単にへまをやってしまう。
ただ俺の知る梅原勝也という使い手はそういう覚悟を持った
本物の剣士だ。
その剣筋を知る為に俺に修行を頼んだっていうのは間違いじゃないが、
本当に知るべきなのは真剣遣いの心の内だよ。
それを理解出来ればあんたは実力以上の力を出せるはずさ。
•••12時前か。そろそろ時間だな。
これ以上続けても危険が大きいだけだし、
今日の修行はこれくらいにしておくか。
ただ最後にいいものをみせてやろう。
清水さん、刀を立てな。」
「いったい、何を?」
道場の時計を見たおじさんは刀を鞘にしまうと、
部屋の端にまとめられていた竹刀を10本近く手にとった。
何を始める気なのだろうか?
「自分で使うのは久しぶりだが、
バカ息子よりはまだまだ上手く操れるつもりだ。
狙いははずさんつもりだが、
あんたの守りが崩れたりしたら、
大けがをしてもおかしくはないから、
精々必死で守るんだな。」
「そんなに竹刀を持って何に」
「こう使うんだよ。」
そういうとおじさんは手に持っていた竹刀を空中に
放り投げた。
すぐに落ちて来るかと思われた竹刀達はなんと•••
空中で停止した。
「な、なんで!」
「マリオネットエリア操。問題ないか。
行くぞ!しっかり構えろ!!」
「えっ!!」
「マリオネットエリア、斬!!!」
そうおじさんが言った瞬間、
全ての竹刀がこちらに向かって襲いかかって来た。
「ぐおーーーーーーーーーーーー」
それは昼に行っている生徒相手の複数申し合いどころではない、
烈風の如き斬撃の嵐だった。
その一撃一撃にはまるで必殺の意思が込められているようであり、
まともに俺が持つ刀に当たる軌道でなかったならば、
俺はボコボコにされているだろう。
いや、もしこれが真剣であったなら俺は•••
「反則だと思うかもしれないが、
あんたが相手する化物の斬撃を受けるっているのは
そういうことだよ。
清水さん、あんたはその攻撃をくぐり抜けて
相手に一撃食らわせなきゃいけないんだぜ。
生半可な覚悟じゃ太刀打ち出来ないのは分かるだろ。
そこには必殺の覚悟が必要だ。
ただ同時にそれだけ強い意思を向ける為には、
相手がそれにふさわしい相手だと認めることが同時に
必要なのさ。
そういう相手だからこそ、
自分の限界を超えた一撃を放つことが出来る。
お前さんは相手である、梅原勝也をそこまで
『信じる』ことが出来るかな?
そこが勝負の分かれ目になる、
そんな気が俺にはするよ。
でもそれほど悲観する必要はないさ。
今あんたは色々不安な状態にあるんだろうけど、
それこそがその覚悟を固める良い機会だと、
そんな風にも思うぜ。」
そう言って、彼が狐面をぬぐったと同時に、
俺を襲っていた竹刀の嵐が漸くストップした。
あれを乗り越えて、勝也に一撃与えるための二つの覚悟。
今の俺に持てるのだろうか•••
刀を持ったまま、
へたり込んでしまった俺は、
半ば呆然としながら、
上条父からの重い言葉を、
頭の中で反芻していったのだった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
特訓話二回目は午前中に白黒さんたちの上条父から
午後から小藍さんの渚ちゃん達からの予定でしたが、
前半部分が長くなったのでここでアップさせていただきます。
白黒さん、
お父さんの設定をかなり拡大解釈して
かなりカッコいい感じにしまっておりますが、
大丈夫でしょうか?
真剣遣いとのことで、
梅原父のことも知っている設定にしましたが、
その点も含めて問題があったらご指摘お願いします。
また寺町朱穂さんのサツキちゃんの死に関して
稲荷山君の前ではカッコいい対応をしていた梅原ですが、
そこに至るまで何があったのかを、
次の午後のお話を含めて書いていければと思います。
事後の対応と矛盾しない様に書いたつもりですが、
こちらもおかしな点がありましたら、
ご連絡ください。
次はすでに書いた通り渚ちゃんたちにお願いします。
この午前中の話とセットになっているつもりです。
梅原がサツキちゃんの件、
どうやって乗り越えたかについても書ければと思います。