8月25日 その4 紅き誓いを胸に
PM0:30
食器の購入を終え、
そろそろARIKA出張店で
お昼にしようとしていた俺たちの前に、
いつもとは違った格好の彼女が現れた。
「ユキ!
えらく可愛い格好だな。
賀川が見たら即座に襲いかかりそうだ。」
「つ、司先生!
もう、果穂先生と同じこと言わないでください。」
目の前に現れたのは、
先日まで梅雨を預かってくれていた
ユキちゃんin白ゴスバージョン。
白いフリフリに黒いレースが映えていて
実に愛らしい様子である。
普段はワンピースなどが多い彼女であるが、
こういうゴージャスなのも似合うようだ。
うーん、ユキちゃんが着てることだし、
司さんもその線で説得したら着てくれるかな。
ゴスロリ梅原•••
うん、確実にお腹の子ども達によくないことを
しでかしそうだから、しばらくやめておこう。
賀川君もユキちゃんが可愛すぎるからって、
理性失っちゃだめだよ。
そんなアホな妄想に耽っていると、
ユキちゃんの後ろに
小柄な、
しかしよく目立つ赤い髪に、
赤いゴスロリ服を身にまとった、
一人の少女が佇んでいるのに気がついた。
「ユキちゃん、そちらの方はどなた?」
「あ、ベル姉様、放っておいてごめんなさい!」
「•••いや、放置プレイも中々乙なものだ。」
「「「え?」」」
「•••何でもない。雪姫、紹介してくれないか?」
「そ、そうですね。
こちらの人達は私の恩人で、
うろな町の中学校で先生をしている、
清水渉先生とその奥さんの司先生です。
あと一緒にいる女の子はさっきの小林先生の娘さん達ですよ。
清水先生、司先生、
こちらベル姉様、
しばらくうちに滞在されている方です。」
「なるほど。
し、清水司です。
ユキと仲良くしていただいているみたいで。」
「うむ。
ベル・イグニスだ。
気軽にベルと呼んでくれ。
こちらこそ雪姫には世話になっている。」
「ティアラきれー。お姫様みたーい。」
「ちゅあらー。」
何か一瞬すんごいダメな発言があった気がするが、
それが何かの聞き違いであるかのように、
小柄ながらも貫禄のある様子を見せるベルさん。
その華麗な装いに果菜ちゃんたちも興奮を隠せないでいる。
タカさんところも居候が多いなー。
賀川さんやお兄さん達も綺麗どころが増えて、
嬉しいやら大変やらって感じかな。
ぐーー
「あー、そろそろお腹が空きましたね。
ちょうどARIKA出張店の前ですし、
なんか食べましょうか?」
「ユキ、折角だしおごるぞ。
ベルさんもいかがですか?」
「いいんですか?」
「•••かたじけない。」
「わたし、『ふわふわアメリカンドック』!」
「わたちも!」
「私は野菜入りスープでも飲むか。
海!
『ふわふわアメリカンドック』2つと、
『夏野菜のうまとろスープ』1つ頼む!!」
「あいよ!!
お、小梅っちに、ユキっちじゃねえか♪
果菜ちゃんも昨日ぶりー。
汐ーー、お皿2枚とカップ1つ、
取ってくれー。」
「はいはーい。
あ、司先生に、ユキお姉ちゃんだー♪
司先生のお腹のキラキラ、2つに分かれてる!
双子ちゃんおめでとー。」
「ありがとうな。
ユキ達も好きなのを頼んでくれよ。」
誰のものかは良く分からないが
聞こえて来た腹の虫を聞いて、
ARIKA出張店で昼食を買うことを提案した。
お店は海ちゃんと汐ちゃんで回しているのか。
汐ちゃん、夏休みの宿題終わったのか、
あとで確認しておこうかな。
まあ、拓人先生がいるからすでにチェックしてるんだろうけど。
来月からは渚ちゃんがうろな中学に編入するらしいし、
今度閉店前に改めてARIKAに挨拶行っておかないとな。
•••しかし博士号持ってる子の前で授業する先生達は
大変そうだな。
司さんがフォローしてくれるんだろうけど、
俺の方でも対策を考えておかないと。
あー、萌ちゃんも2学期からいよいよ登校だし、
色々忙しくなりそうだ。
家探し、さっさと決めちゃわないとなー。
わいわいと注文を受ける青空姉妹を見て、
俺は2学期の準備に頭を巡らせていた。
そのためベルさんが少し顔を赤らめながら、
「•••お腹の音。
くふふ•••、羞恥プレイ•••」
とかいってニヤついているのには
さっぱり気づいていなかった。
後で司さんから聞いて
何か色々残念な気分になったのは、
バザーから帰って後のことだったりする。
PM1:00
「ウサ姉たん、絵描きさんなんだよね?
さっき、澄兄ちゃんの所に
『誰でも簡単♪スーパーお絵描きセット』
があったから、
一緒にお絵描きしよー。」
「おえちゃきー。」
「う、うさ姉たん?
えっと、司先生いいんですかね?」
「すまないが、連れて行ってやってくれないか?
その子達、なんだかお前に懐いてるみたいだし。」
「わ、分かりました。
ベル姉様もすいません。」
「•••気にするな。
ベルはこの
『大出血!ベリーレッドホワイトサンデー』を
食べながら先生達に町の話を聞いておくよ。」
「じゃあ、レッツゴー♪」
「ゴー。」
「ち、ちょっと二人とも、
待ってーー!」
買った商品を食べるため、
体育館外のテント下に
みんなでいたのだが、
遠慮してなのか体調が優れないのか、
あまり食べなかったユキちゃんは
早めに食べ終わった小林姉妹に手を引かれて、
再び体育館へと突入していった。
大人組(ベルさんも見た目は司さんと
同様中学生くらいだが、
多分本当は成人しているんだろう)
はゆっくり食べていたのもあり、
引き続き談笑していた。
ちなみにベルさんが食べているのは、
ベリーと唐辛子をふんだんに使った、
激辛かつ酸っぱい赤いジェラートに
白くてあまーい練乳ソースやホイップクリームが
これでもかとぶっかけられた、
どこの罰ゲームだよ!
と言いたくなるキワモノデザートであった。
・・・海ちゃん、流石にふざけすぎだよ。
まあ、まさか誰も頼むとは思わなかったのかも、
しれないけど。
しかしそんなみょうちきりんなスイーツを
ベルさんは全く意に介さず食べており、
それどころか、
「この辛さと酸味、さらには甘味さえ
舌を攻撃してくるアグレッシブさ、
実にイイ!
しかもこの赤い癖の強いジェラートを
白く甘美なソースとクリームが浸食していく様は、
まるでベルを雪姫が篭絡しているかのよう・・・。
イイ、すごくイイぞ、雪姫!!」
と意味不明な一人言を呟きながら、
恍惚の表情をしている始末。
・・・この人、実は俺の同類?
てか、もっとイケない領域に到達しちゃってる
気がするんだが。
そんな様子に司さんも大分微妙な表情を
していたが、
意を決したように口を開いた。
「ベルさん、ちょっといいですか?」
「ん、ごほんごほん。
確か司だったか、何だ?」
完全にトリップしていたベルさんは
司さんの呼びかけに少し顔を赤くして
咳払いをし、
改めてそちらに向き直った。
「少しユキのことで相談があるんです。
ベルさんは今のユキを見てどう思いますか?」
「•••どう思うかと言うと?
ベルはつい最近雪姫に会ったばっかりだから、
以前の雪姫がどうだったのかというのは分からないのだが。」
「あ、はい。
実は私たちはユキがとある事故で大変な目にあったのを機に
親しくなったのですが、
その頃の命の危機にあった時と比べても、
何かユキが不安定で、すごく脆くなってしまっている気がするんです。
今日も殆ど食欲がなかったみたいですし。
この前のお盆の頃を境になんですけど、
それも分かりやすい精神的•肉体的ショックを受けたというよりも、
もっと根深いところで大きな傷なのか何かを負ってしまったように見えるんです。」
そう語る司さんは、ユキちゃんのことを
本当に心配しているようで、
少し涙ぐんでさえいた。
あーー、俺、賀川さんに迫られたから
ショック受けてたのかなとかぐらいに思っていた。
そんな簡単な問題ではなかったらしい。
ホントダメだなー。
その様子を見て少し落ち込んでいると、
ベルさんは少し考え込んだ後、
真剣な表情をして語り出した。
その様子は先ほどまでとは大分変わっていた。
「なるほど。
確かに何か大事なことを忘れてしまった気がするみたいな
ことを言っていたな。
あと雪姫は隠しているからここだけの話にして欲しいんだが、
それにあの子の首元には痣のようなものが出来てしまっている。
恐らくそれも、その不安定さの原因であると思う。
信じてもらえるかどうかはわからないが、
あれはどこか呪術的なものである可能性がある。」
「呪術的•••」
「•••タカさん達に口止めされていることではあるんですが、
ユキちゃんの本来の実家はそういう怪し気な部分がある所だと
聞いています。
彼女は入院中に一度襲われたことがあるんです。
もしかしたらそこから何か接触をうけたのかもしれません。」
「ふむふむ。色々あの子は事情を抱えていたという訳か。」
この件は本来なら軽々しく人に話してはいけない話なのだが、
ベルさんの異様なまでの存在感に、
この件に関しては彼女とできるだけ情報を共有しておいた
方がいいのではないかと思い、
自然とユキちゃんの事情を話してしまっていた。
彼女は一体何者なのだろうか?
俺は話してしまってから、
逆に少し恐ろしくなってしまっていたが、
司さんはより何かを感じている様子ながらも、
それをあえて振り切るように話を続けた。
「ベルさん、
私はあの子を自分の娘のように思っています。
あの子が一人の人間として迷っているのなら、
または直接的な暴力にさらされようとしているなら、
どんなことをしても彼女を守ってあげるつもりですし、
賀川やタカさんなど彼女の周りの人達もそのつもりでしょう。
しかし今回のあの子の異変はどこか、
人が手出し出来ないような、
異次元の力による部分があるような気がするのです。
私は武道を長い間やっていた手前、
そういう気配自体にはそれなりに敏感ですが、
その力に対して何ら有効な手を打つことはできません。
ただあなたは、勝手な推測をしてすいませんが、
どこかそういうものにすら、
対抗出来る力をお持ちである気がするんです。
ベルさん、お願いします。
あの子を、
ユキをそういうものから守ってやって
いただけないでしょうか?
私たちだけではどうしても及ばない部分に
力を貸していただけないでしょうか?
今日見ていただけでもあの子があなたを
とても信頼しているのがわかりました。
今まで学校にも殆ど通っていないため、
心を許す友達というのがいないあの子の心を、
友人としてどうか救ってやってもらえないでしょうか?
お願いします。」
そう言ってベルさんに対して深々と
頭を下げる司さん。
しかしそれに対するベルさんの反応は、
こちらの想像を絶するものだった。
「司よ、ではお前は一体何を賭ける?
ベルにそこまで大きなことを頼んでおいて、
何の代償も支払わないというのは
虫が良すぎる気がするぞ。
お前には雪姫のために
何かを犠牲にする覚悟があるのか?」
言葉尻は温和であるが、
その真剣な表情が醸し出す圧倒的な雰囲気に対し、
俺は完全に絶句してしまった。
何を言っているんだという反論が
普通ならすぐに湧いてくるはずなのに、
それが全く口をついてこない。
まるで彼女の迫力の凄まじさに
俺の心の芯が折られてしまったかのようだ。
そんなはずはないのに、
言い返すどころか何も浮かんでこない。
一体どうなってしまったんだ。
そんな俺たちの周りにだけ広がった
熱く身を焦がすような空気に対して、
司さんだけはただ冷静だった。
「私の全てを賭けます。」
「ちょ!司さん!何を言ってるんですか!?」
「ほう、全てとな。」
司さんの驚くべき発言に
俺は今までの重圧を忘れたかのように口を出した。
「司さん、あなたは大事な身体なんだ!
そんなこと言わないでくれ!!」
「すまんな、渉。
正直妻として、
それ以上に母としても問題外な台詞だと思うんだが、
でも私の軸はぶれないんだ。
私は教師であり、剣士だ。
子ども達のためには、
たとえ自分の立場がどうであれ、
常に命を含めた全てを賭ける覚悟でいる。
助けを求めている全ての子ども達の前が
私の戦場なんだ。
剣術という人を殺める力を持ちながらも、
教師という人を生かす職に就くと決めた時、
これは私が自分自身に対して刻み込んだ、
根源的な誓いなんだ。
だから仮に今この命が私だけのものでは
ないのだとしても、
決してこの誓いに背くことは出来ない。
ベルさん、改めてお願いします。
私の全てを賭けても良いですから、
ユキを守ってやってください。
頼みます。」
そう言って今にも地べたに這いつくばろうとする
司さんの肩を、
ベルさんがそっと支えた。
その顔には先ほどまでの迫力はどこかに消え失せ、
代りに楽しくて仕方がないというような笑顔が浮かんでいた。
「くふふふ。
全く、本当にこの世界は愉快でたまらない。
あいつ以外にこの私をこれほどまでに熱くさせる魂の輝きを
見ることが出来るとはな。
顔を上げてくれ、司よ。
その覚悟、しかと受け取った。
お前が全てを賭けると誓ったように、
ベルもこの命に賭け雪姫を守ると約束しよう。
だが、元々私と雪姫は友達なんだぞ?
友達を助けるのに、理由など必要ないさ。
くふふふふ、からかってしまってすまんな。」
そう言って愉快そうに笑う彼女の姿を、
俺と司さんはどこかポカンとして見ていた。
最後の最後に一気に前提を崩されてしまって、
本当なら腹が立っても良いくらいのはずなのに、
全くそんな気にならない。
本当に一体なんだったんだ!?
「司ママー!
うさ姉たんににんぷうさぎさん描いてもらったの。
かわいいでしょー♪」
「きゃーいー。」
「ぜえ、ぜえ•••。
ふ、二人とも、そんなに走らないで。」
「大丈夫か、雪姫。無理はするなよ?」
「す、すみません、ベル姉様……」
そんなどこまでもおかしな雰囲気は、
果菜ちゃんたちが、
ユキちゃんに描いてもらった絵を
見せに戻って来たことで
完全に霧散してしまった。
先ほどのやり取りの中で
俺たちはとんでもなく心強い味方を
得たような気がしたのだが、
何だかはっきりとは分からなくなってしまった。
とりあえず、ユキちゃんのことは
今の所ベルさんに任せておいて大丈夫ってことかな?
完全に誰かに騙くらかされた気分だが、
仲の良い姉妹の様に互いを気遣う二人を見て、
先ほどまでの心配がすっと消えて行った気がした。
それだけで全て良くなったように思えるのが、
本当に不思議で、
そして何故か心地よかった。
真摯なる紅き誓いはただ堕天使の胸の中に。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
桜月りまさんのユキちゃんと
朝陽真夜さんのベル・イグニスさんと
がっつりコラボさせていただきました。
お二人とも原稿チェックありがとうございました。
他にもお気づきの点がありましたら、ご連絡ください。
またARIKA出張店にお邪魔させていただき、
小藍さんから海ちゃんと汐ちゃんお借りしました。
大分変なメニューを量産してしまったので、
問題があったら言ってくださいね。
あと渚ちゃんの編入話にも触れておきました。
それでは予想より長くなったバザー編もいよいよ
次回で終了です。
今回の流れから改めて清水に今後への決意を語らせたいと思います。