8月15日 その2 俺の全ては君と共に
PM1:00
「へー、こんな所に大きな公園があるんだなー。」
「はい。俺も人から聞いていただけで
来るのは始めてなんですがね。」
司さんと手を繋ぎながら、
港亭近くの公園を進んでいく。
目指す場所はもう少し奥である。
先ほどの墓参りの後、
美咲や荷物を姉さん達に預け、
こうしてふたりっきりの
デートとしゃれこむことができた。
通常なら邪魔される所なのだろうが、
母親や姉さんも俺の目的を
察してくれたのか、
特に文句も言わずにOKしてくれた。
まあ、雅樹が耳元で
「頑張れよ。」と言ってくれたのはいいにしても、
姉さんの「清水ー、司ー♪」なんていう
計画がモロばれしそうな囃し声や
母さんのど下手なウインクは正直勘弁して欲しかったが。
いや、頑張りますけどね、はい。
「でもあのお店テイクアウトもやってたんだな。」
「はい。
あそこのお惣菜は海江田マダム達御用達の絶品なんです。
でもこのサンドイッチは実は裏メニューなんですけどね。」
「そうなのか?」
現在俺の右手には近くのコンビニで買ったお茶と
先ほど港亭で作ってもらったサンドイッチが入っている。
もちろん左手は司さんの手をしっかりと握っている。
この公園に来たのはこのサンドイッチを
ランチとして食べるためというのが
表向きの理由である。
もちろんこれは’フェイク’なのであるが、
これはこれで楽しみにしている自分がいる。
「このサンドイッチは元々アルバイトの人達に
賄いで出されていたものなんですよ。
そのあまりのおいしさにその後正式メニュー化
されたらしいんですが、
店内で食べるように作っていて
持って帰ると若干痛みやすいので、
テイクアウトは基本していないんです。
ただ店長も江田校のOBで
俺は生徒時代良く来させてもらっていたんで、
時々持って帰らせてもらっていたんですよ。
すごく美味しいですから楽しみにしてください。」
「ほー、それは楽しみだな。
でもどこか座る所を探さないといけないな。」
「いい場所があるんですよ。
えっと、こっちでいいんだよな?」
「•••ホントに大丈夫なのか?」
何分、北村先輩が聞いた話を
さらにまた聞きしただけなのである。
いったい’例の場所’っていうのはどこだ?
そんな風にきょろきょろしながら
公園の端の方へ進んでいくと、
古びた東屋風の
屋根が見えて来た。
その屋根の下にはベンチが一脚。
「ああ、これか。」
俺は何の変哲もないそのベンチを、
どうにも表現出来ないくらいの感慨を抱いて、
しばらく呆然と見つめていた。
「このベンチがどうかしたのか?」
「ああ、いえ、•••。
憧れの先輩の思い出の場所らしいんですよ。
とにかく座りましょう。」
司さんの声に我に返った俺は、
そう言って彼女をベンチへと誘った。
少しだけ俺に力を貸してください。
ランチの準備をしながら、
俺はそこで出会った人達に、
その想いを背負ったこの場所に、
ささやかな様でずうずうしいお願いをした。
PM1:15
「本当においしいな、これ!」
「でしょう。
見た目は普通のサンドイッチなんですけど、
その分口に入れたときの衝撃がすごいんですよ。」
「本当に『流星』の葛西さんにしろ、
ここの店長にしろ、プロは本当に凄いな。
自分の料理なんてまだまだだと思い知らされるよ。」
「まあ、俺にとっての一番は
司さんの手料理で永久にかわらないですけどね。」
「な、あのなー、素人の料理と一緒に•••、
まあ、でも嬉しい。ありがとう。」
「いえいえ、単なる事実ですから。」
日差しはありながらも、
気持ちのよい風のふく今日は、
絶好のピクニック日和という感じだった。
店長のサンドイッチのおいしさは、
司さんとのいちゃいちゃによって、
至上のレベルまで高められていった。
•••ああ、幸せ。
そんな本題を半ば忘れかけて、
至福の瞬間に酔っている俺に、
司さんの方から端緒となる話を
振って来てくれた。
「そういえばさっき憧れの先輩の
思い出の場所とか言ってたが、
どういうことなんだ?
なんとなくそれが墓地で言ってた
『聖地巡礼』なんだろうとは
推測出来るが。」
「ああ、そのことですか。
すいません、ちゃんと説明せずに
連れて来てしまって。」
俺はサンドイッチを飲み込みながら、
苦笑する。
うわ、あまりのおいしさに
目的を半分忘れてた。
しかしこれはチャーンス。
「この近くに俺の母校でもある、
海江田中学校•高等学校があるのは
何度も話してますよね。」
「ああ、そうだな。」
「姉さんもそこのOGなんですが、
俺小学校の頃、
姉さんの中学の卒業式を見に
そこに行ったことがあったんですよ。
当時俺、父親を亡くしてから結構荒んでいて、
姉さんに泣きつかれて
いやいや来てたんですけど、
そこである先輩の演説を聞いてすごい
興奮してしまったんですよ。
『何だ、コイツ。
こんな面白い人がこの学校にはいるのか!』って。
それに触発されて勉強に熱を入れ始めて、
うちの母校に入学できたんですよ。」
「なるほど、ある意味でお前の恩人
みたいな人なんだな。
で、それがこのベンチとどう関係するんだ。」
「いや、その人とは色々事情があって
入学後もあんまり会えなかったんですけど、
生徒会にいた、その人のご友人から色々
その伝説を聞いていたんですよ。
実はあの港亭なんかもその伝説の
舞台の一つなんですよ。」
「なるほど。
だからあの店でお前、
柄にもなくはしゃいでいたのか。」
「そ、そんなに変でしたか?」
うわー、恥ずかしー。
いや、確かに、
俺にとってはあの店長も
ドラマの登場人物みたいな所があって、
どうにもあの店に行くと
ミーハーになってしまうんだよな。
「いや、何だか、
いつも以上に素のお前が見れて
楽しかったよ。
つまりこのベンチもそういう伝説の
舞台だってわけか。」
「はい。
その人がこのベンチを気に入っていて、
放課後よく来ていたらしいんですが、
さらにその人の人生を変えたような、
すごく大事な人物と
始めて出会った場所が
ここらしいんですよ。
その人の親友である先輩曰く、
『そこから全てが始まったのかもしれないね。』
ってくらいの。
それを聞いてたんで、
すごく行きたいんだけど、
もう憧れが強過ぎて
在学中にはついにこられなくて、
でも一度、
それも俺の大事な人と一緒に来たくて、
それで司さんをお誘いしたんですよ。
•••すいません、
一人で勝手に盛り上がっちゃって。」
「いいさ、いいさ。
そんな大事な場所に連れて来てくれて
ありがとう。」
ヒートアップしすぎたことに気づき、
手で顔を仰ぎながら何とか冷静さを
取り戻そうとしている俺を、
母親のように優しく見つめる司さん。
あーー、やべーー、
本題に持っていくはずが、
単に自分のこの場所への
オタクな熱意を語ってしまったー!
何とか、何とか、それっぽい雰囲気に
持っていかなくては。
「そ、それでなんですが、
司さん、俺と始めて会った場所って
覚えてます?」
「始めて?
普通に職員室じゃないのか?
年度始めの紹介の時に。」
「•••ああ、やっぱり
気づいてなかったんだ。」
「???」
全く心当たりがないという風に
首を傾げる司さん。
その反応に冷や汗をたらす俺。
いや、本能で気づいてるんじゃ
ないかなとは思ってたんだけど。
どうしようか、
この路線、失敗すると
プロポーズ所じゃなくなる
気がするけど•••、
ええい、ままよ!
このまま突撃だー!!
「その、この春休みに
朝稽古しているとき、
何か違和感を感じたのを
覚えてませんか?
誰かに見られている
気がしたとか。」
「ん?
何故お前がそのことを知ってるんだ?
確かにあの春休みは、
ずっと変な感じがしていたんだよな。
その他にも着替え中に覗き魔は出るし、
ストーカーかなんかに
おっかけ回されるし、
それでいて見えない誰かに助けてもらった
気もするし、
随分とおかしな日々だった。
新学期になってようやくそれが終わったと思ったら、
なんでかしらないが妙に馴れ馴れしい
新人がまとわりついてくるし•••
ん?
も、もしかして、
その犯人って•••」
「はい、多分、
ほとんど俺です。」
「!!!、
わ、渉、見損なったぞ!!」
「ちょ、ちょっと、
俺の弁解を聞いてください!!!」
涙目でコブシを振り上げる司さんを
何とか押しとどめる。
やばい、プロポーズどころか、
マジで別れ話になったらどうしよう。
何とか、冷静にさせないと。
「べ、弁解の余地等あるか!
教員たるものが学校の敷地内で
覗き等!!」
「ストップ、ストップ!!!
いや、思い出してください、司さん!
あなたあの時剣道場で
着替えてたじゃないですか!!
あんなん不可抗力ですよ。
だいたい司さんの投げつけた竹刀が
見事に額にクリーンヒットして、
司さんの着替えシーンの記憶は
全部吹き飛んで
しまいましたし。」
「•••そうだったっけ?」
「どうどう。はい。
俺、学校の見学に来ていただけですよ。
ちゃんと来客証首からかけていましたし。」
そう、特に事前の研修なんかもなかったため
新任教員は始業式数日前から来ればよいとのことだったのだが、
どうせなら学校の様子を見ておきたいと思って
事前に訪問していたのである。
もちろん校長の許可は取ってあった。
「なんで声をかけなかったんだ!」
「いや、そりゃ、
真っ赤な顔で
『不逞な覗き魔め、
警察に突き出す前に、
死よりも苦しい目に遭わせてやる!!』
なんて叫んでる人に、
声なんかかけられないですよ。」
「•••そんなこと言ってたかな?」
「はい。
俺、マジで着任前に
殺されるかと思いましたもん。」
「あははは。」
頬を少し赤く染めて
恥ずかしがる司さん。
はあー、なんとか落ち着いてくれたかな。
「じゃあ、朝稽古の違和感は•••」
「あの後校長先生に
あの大暴れしていた
すごくちっこい先生は誰なのかって聞いたら、
剣道部の梅原先生だって教えられて。」
「すごくちっこい?」
「す、すいません、
その時はそう言ったって
だけなので、
頸動脈を締めるのは勘弁して貰えたら•••」
「ふん。
それでそれがどう朝稽古につながるんだ?」
俺の失言を聞き逃さずに制裁を下す司さん。
ああ、こういう、お仕置きもひさしぶり。
たまにはいいなー。
•••いかん、いかん、これ以上横道に
入るのは止めよう。
「それで朝稽古に毎日来ているから、
良ければ見に行けばって言われて、
次の日から見に行ってたんですけど。」
「それこそ声をかけてくれれば
良かったのに•••」
「いや、何かピリピリしていて声を
かけ辛くて。
俺、武道とか一切やったことなかったんで、
及び腰だったんですよ。」
「でも殆ど毎日来てなかったか?
変な気配がずっとしてたから、
余計に気を張っていたんだが。」
「えーっと、それは。」
なるほど。次の日になったら
少しは落ち着いているかと思えば、
生徒が来るまでの間はずっとしかめっつらで
殺気プンプンだったのはそのためか。
本当にこの人の勘はすごいよな。
で、なんでそれでも通っていたのかと
言うと•••
うわー、改めて口にしようとすると恥ずかしー!
「それは?」
「はい、いや、一人で素振りや型の
練習をしている司さん、
小さいのに迫力がすごくて、
おっかなくて、
本当鬼小梅って言われているのも
納得の恐ろしさだったんですけど。」
「なあ、そろそろお前を始末していいか?」
「ちょっと、目がマジですよ!
最後まで聞いてください!!
そんな見ていてとても声なんか
かけられそうにない厳然とした姿
だったんですけど•••、
他で見たこともないくらい綺麗だったんです。」
「!!!」
「まあ、はい。
すごく怖くて震え上がっていたんですけど、
同時に一目惚れしちゃったっていうか、
そんな感じで•••」
「そ、そうなのか。」
「はい。」
恥ずかしそうに目を逸らす、司さん。
そう言えば、そもそもどうして
好きになったのか、
最初のきっかけ言ったの始めてだよな。
いや、本当に恥ずかしいわ、これ。
「それでもっと見たいなーって
思って毎日通うようになったんですよ。
同時にやっぱり怖いんで、
声かけられなかったんですけど。」
「こ、怖いは余計だろう!
でもだからといって
ストーキングするのはダメだろう!!」
「いや、流石にいきなりストーキングなんて
しないですって。
司さん、俺の気配、
始めのうちは朝稽古以外でしていました?」
「そういえば、
春休みの前半は感じなかった気配と
だんだん頻繁に遭遇するように
なってきた気が。」
うわー、やっぱりそこまで気づいていたんだ。
マジで俺、結婚後も隠し事とか、
変にコソコソしてたら一発でばれそうだわ。
「はい。最初のうちは本当朝稽古を
黙って見ていただけなんですよ。
ただある時町を散策している時に
偶然林の側に司さんがいるのを見つけて。
何しているのかなーと思ったら、
野良ネコ達と戯れていて。
今思い出してみると、
多分あの中に今は堂島さん所で
飼われている時雨君とか、
草薙さんちのぎん君とか、
梅雨の検診で会うようになった
子達もいましたよね。」
「見てたのか!」
「まあ、女の子が茂みでごそごそ
しているので、見ちゃいけない
シーンかとも思ったんですが、
にゃーにゃー声がしてましたし。
•••まあ、そのにゃーにゃーの
中に司さんがにゃーにゃー声を
出しているのが含まれていると
気づいた時には驚きましたけど。」
「う、うーー、誰かに聞かれている
なんて!!」
いや、あの時からこの人すごく
ネコ好きなんだなーって思ってたんだよ。
そうじゃなきゃ、梅雨との出会いも
なかったんだから、
時雨君達にはある意味感謝なんだけど。
「その姿見てて、
この人、かわええなーって改めて
惚れ直してたんですけど、
その後司さんお菓子あげたり
してたじゃないですか。」
「あ、それも見てたのか•••
いや、ダメだとは分かっていたんだが。」
「はい、可哀想ですけど、
餌付けしちゃうと近所に迷惑に
なりますからね。
それに対しては、
地域に住む教師としてそれはどうなんだろうと、
少し幻滅したんですけど。」
「うう。申し開きのしようもない。」
しょんぼりしてしまった司さんも
可愛いんだが、ここはスルーしておこう。
「でもやっぱり気になるから
同じ時間に時々その場所を覗いてたんですけど、
ある時ネコの赤ちゃんが段ボール箱に入れて捨てられてた
みたいだったんですよ。」
「ああ、そうだった。
三毛のちんまいやつだったんだよ。
雨の日だったから、
濡れちゃってて
可哀想だったんだよな。」
「はい。それでずっと傘をその子に
さしてやっていて、
周りが暗くなって来てたんで
どうするのかと思っていたら、
なんと傘をその段ボールに引っ掛けて、
そのまま帰っちゃって。」
「あはは。次の日からしばらく
風邪ぎみだったな。」
「無理しないでくださいよ、本当。」
まあ、その姿を見て感心し直した
部分は多かったんだけどね。
「しかも次の日からも
体調悪そうなのに、
毎日学校帰りに寄っていて、
フラフラになりながら、
里親のビラ電柱に貼ってたりするわ、
見ていられなくなくなったので、
SNSを使って
里親募集を複数のグループに募ったんですよ。」
「ああ、だから貼った次の日に
すぐ貰い手が来てくれたのか!
しかもコミュニティがどうだとか良く分からない
こと言っていたのは。」
「まあ、はい。
そんで俺もおせっかいしてしまったんで、
引き渡す所見に行ったんですけど。」
「ええー、あの時いたのか!」
「まあ、司さんや貰い手の人には見えない場所に。
そしたら司さん、
『よかったなー』とか言いながら、
貰われていくその子をずっと見送って
いたんですけど、
その人達がいなくなったって
しばらくしたらカタカタ震え出して。」
「ちょ、それは。」
「よく見たら司さん、ポロポロ涙流して
泣いていて、
『良かったけど、寂しいなー。』とか
言っているもんだから、
もう俺だんだんたまんなくなって来ましたよ。」
「う、うわー、誰も見てないと思ってたのにー!!」
恥ずかしさとその時の感情を思い出したのか、
若干ウルウル気味の司さん。
いやー、この人、
かわい過ぎ。
あの姿見てたから、
北小訪問の時に動物病院の看板見て
ちょっと寂しそうにしている
司さんにビビビときたんだけど。
そういえば、ホント梅雨元気にしてるかなー。
タカさんちなら大丈夫だと思うけど、
心配ではあるよなー。
おっと、また横道にそれかけた。
だからこそしっかり司さんへの
プロポーズを決めて早く迎えに
いってやらないとな。
待ってろよ、うちの長女!
「その他にも
家出した子を探しに
徹夜で町中を走り回っていた件とか、
オレオレ詐欺に引っかかりかけてた
おばあちゃん助けるために
怖いお兄さんと対決しかかってた場面とか、
本当に先生見てると飽きないのと
同時に何か心配になって•••
途中からは確かに若干ストーカー気味でした。
ごめんなさい。」
「いや、まあ、
何故か探していた子から連絡が
急に家族に入ったのとか、
ああ、こいつらぶっとばさないと
いけないのかなーっと思ってたら
警察が来てくれた件とか
多分お前のおかげだったんだろうから、
許す。」
いつの間にか、
ベンチの上で正座で
向かい合っている二人。
で、お互いなんか恥ずかし気。
うーん、おかしな展開になってきた。
でも傍から見てると
こいつら何やってるんだ?
だろうが、
これはこれで悪くない雰囲気かも。
「で、正式に指導係として
紹介していただいていた時点では
完全に梅原先生ゾッコンだったわけで•••」
「な、なるほど。
それで初対面からあのぐいぐい具合だったわけか•••
業務を一通り説明した直後に
『質問は?』って聞いたら、
『失礼ですが、お付き合いされている方、
いらっしゃいますか?』
っとか言い出したもんだから、
こいつ頭おかしいのかと思って、
『いないと言ったらどうするんだ。』
って睨みつけてやったのに、
満面の笑みで
『でしたらこの不肖清水渉、
彼氏に立候補させていただきます!』
とか叫び出した時にはパニックに
なりそうになったわ。」
「いや、実際にパニックになって
『ふざけるなーーー!!!』って
右ストレートを食らってKOされたんですけどね。
その後国語科準備室から走り去った司さんは
覚えてないと思いますが。」
「うう、いきなりあんなこと言われたら、
仕方がないじゃないか!
それでいて次の日の朝には
防具もって剣道場に
性懲りもなく現れた気がするが。」
「実際に触れ合ってさらに目覚めました!!
もちろんその後稽古でボコボコにされて、
どうしようもないくらい惚れ直しました!!!」
「あーー、意外とちゃらいやつではないなとか
思った私が馬鹿だった。」
真面目に頭のおかしい告白をする俺と、
それを聞いて頭を抱える司さん。
でもそれほど嫌そうではない。
このまま行けるか!?
「もちろんやっぱりここまで
好きになれたのには
教育を考える会連携担当として
一緒にうろな中を飛び回った
からですけどね。」
「まあ、私もあの初回会議での
告白以来振り回されっぱなし
だったが•••、
ちょっとずつ見直してはいたんだぞ。」
「ありがとうございます。
実はあの時は司さんの気が
町長に向かないように必死だったんです。」
「なに!?」
「司さん、あの手の基本ホワホワしているけど、
根が真面目なタイプ、
嫌いじゃないでしょ。
身近な所で言うと果穂先生とか。」
「う、うう、否定しずらい•••」
そう言えばあの時町長が連携担当
就任を呼びかけてくれなかったら、
何も始まらなかったんだよな。
本当あの人には敵わないよ。
「あれからいろんな所行きましたよねー。」
「そうだな、北小学校、南小学校、高校と
学校周りをしている時期は本当どうなることかと
思ったりもしたよ。」
「小林夫妻のお相手は楽しかったですけど、
田中先生との対決は大変でしたねー。」
「•••私には嬉々として、
相手を丸め込んでいるようにしか見えなかったが。」
「でもあんなに頑張れたの、
司さんのおかげなんですよ。
生徒のことをどこまでも信じるあなたの
言葉が僕に勇気をくれました。
仮にそれが制服姿であったとしても」
「人の忘れたい黒歴史を思い出させるなー!!」
涙目の司さん、やはり可愛い。
うーん、果穂先生と出会って以降、
偶然も含めて本当にいろんな司さんの
コスプレ姿を見られたもんなー。
制服梅原に、ぬこ梅原。
裸ワイシャツ梅原、割烹着梅原、
ナース梅原、婦警梅原、
浴衣梅原、アイドル梅原、ロリブルマ梅原の数々。
そして幻となってしまったうろなタン梅原は
どうしようか。
企画課の佐々木君も楽しみにしてたみたいだし、
果穂先生とか、萌ちゃん、ユキちゃん辺りに
やってもらいたい思いもあるが、
でもやはり司さんに着てもらいたい。
妊婦さんでも着られるのを考えるか•••
「ニヤニヤして何を思い出しているんだ•••」
「あはは、司さんの艶姿を思い浮かべていただけですよ。
まあ、でも田中先生は本当はいい人でしたしね。
その後も協力してくれる人が増えてよかったですね。」
「そうだな。
直澄を始めとした商店街のみなさん、
直樹や鹿島さんなんていう難しそうな人達も
協力してくれるようになったし。」
「高原兄弟はいいですけど、
あのシスコン野郎はどうにかしてほしいですけどね。
まあでも他にも『流星』の葛西さんとか
天狗仮面とか企画課の正反対コンビとか、
本当にいい人、楽しい人が多いですよね、
うろな町。」
「そうだな。本当にいい町だと、
今ほんの少しの間離れているだけでも思うよ。
あそこには待ってくれてる人が沢山いるからな。」
この海江田を司さんは気に入ってくれたようだが、
やはりうろなへの愛着は一塩のようだ。
もちろん俺もそうなのだが、
やはり司さんの思いが一番大事だからな。
よし、これで俺も腹は決まった。
取りあえずうろなに帰ったら、
タカさんの知り合いの不動産屋さん
辺りに相談して、うろなで家族で住める
一軒家かマンション探すとしよう!
で、子ども達がある程度大きなったら、
できればうろなに家を建てよう。
その時はタカさんたちに色々お願いしてみようか。
「そうですね。
一番は可愛い娘が
タカさんちで待っていますからね。」
「梅雨、賀川と仲良くやっていればいいがな。
まあ、あいつは底が優しい奴だからな。
時々ユキに邪な目線を向けているときは
叩きのめしたくなるが。」
「あはは。
ユキちゃんや賀川さん、タカさん達とも
あの救出事件以来仲良くなれましたよね。
あれもユキちゃんが虫に助けられていたり、
熊やイノシシが道を作ってくれたり、
不思議な事件でしたけど。」
「ふふふ。
まあ、あそこで自分の身を犠牲にしてでも
ユキを救おうとしたお前は本当に
かっこ良かったよ。」
「あ、ありがとうございます。
自分でも無茶して宮崎先生を始めとして
いろんな人に迷惑をかけたと
反省もしているんですが。」
それでもあなたに
惚れ直してもらえるなら、
どんな困難だろうが、
どうってことないですけどね。
「それだけ殊勝なら大丈夫さ。
でもまあ、ユキも賀川のおかげもあって
大分元気になってきた気もするし、
色々上手く行って欲しいがな。
萌なんかも退院以来楽しそうにやってるんだろ?」
「この前、ARIKAに遊びに行ったときは
大人気、大騒ぎでした。
まあ、そっちにも頼りない王子様が
ついていますから大丈夫じゃないですかね。」
「誰だ、それ?
鹿島さんじゃもちろんないんだよな。」
「そりゃもちろん。
またお話ししますよ。」
頑張れよ、合田。
今もちゃんと出した
課題こなしているかな。
「それにしても可愛い娘が一杯いますね。」
「ユキ達だけじゃないよ。
私にとっては自分の生徒達、
剣道部の阿佐ヶ谷や吉祥寺
中3の天塚妹や水鏡みたいに自分が担当している奴らはもちろん、
何を拾ってくるか分からない椋原とか、
それ以外の生徒達も大事な子ども達だ。」
「いや、もちろん、俺も
自分のクラスの稲荷山や芦屋、
文芸部の河野達だけじゃなく、
日生の共依存双子とか、
木下先生に任せた横島とかも
ちゃんと気にしているんですよ!」
「うんうん、お前は一年目の先生としては
本当に良く生徒を見ているよ。
エラい、エラい。」
ああ、変にムキになってしまって、
司さんにナデナデされてしまった。
でもまあ、たまには奥さんにこうやって
頭撫でてもらうのもいいよな。
もちろん、その充電分以上に
生徒達に愛情を注いでやりたいものだが。
「さらにそう言った子が
中学校を巣立って頑張っているのを
見られるのも嬉しいよ。
まあ、高城•香月のコンビなんかは
田中先生始め高校の先生にも
迷惑をかけてて申し訳ないが、
あいつらも高原兄弟達のように、
学校を出てからも少しでも故郷である
うろなと繋がってくれると嬉しいな。」
「大丈夫ですよ。
司先生に怒られて来た連中は
ちゃんと愛されることの有り難さを分かってますよ。
ARIKAの娘さん達みたいに、
しばらくはうろなを離れていた子達も
そのことを忘れてないぐらいなんですから。
俺も南小の真島君や北小の金井君達、
両小林先生から生徒さん達が
仲良くできるように頑張らないとなー。」
「それこそ大丈夫さ。
あの夫婦が育てた子ども達なんだから。
そして数年後には果菜達が小学校だ。
どんどん世代が続いて行くのを、
私たちみんなで見守っていけばいいんだ。」
「そうですね。
そうすれば彼らがいつか
俺たちに替わってうろなを、
そしてみんなを守ってくれる存在に
なってくれるはずですよね。
もしかしたらお腹の子達の先生として
教え子達の誰かが、
将来うろなの教壇に立っているかも
しれないんですし。」
「ああ、そうなったら、
それほど嬉しいことはないよ。」
はるか未来の光景を夢見て
目を閉じ、天を見上げる司さん。
俺はその膝の上の両手をそっと掴み、
その上に静かに’あの箱’を載せた。
その感触に気づいて目を開けた司さんの
正面に跪き、俺は彼女の手をとった。
さあ、それでは最後の仕上げと行きましょう!
「司さん。」
「渉?」
「そんな日が来るまで、
いや、その後もずっと子ども達を
見守り続けるであろうあなたを、
どうか支えさせてくれませんか。
本質的には臆病で、
実際には頼りない所も多い人間ではあるんですが、
俺の全てを賭してあなたとあなたのお腹にいる子達、
そしてあなたの見守る子ども達の
ために頑張らせてもらえませんか。
喜びも怒りも悲しみも楽しさも、
俺は全てをあなたと共に感じていきたい。
うろなで、
俺たちの町で、
あなたとずっと同じ時を過ごして行きたいんです。
ダメでしょうか?」
「•••」
色々考えて来たんだけど、
そんなものは全て吹き飛んでしまった。
今俺に出来るのは
自分の感じている想い、
願いを彼女にぶつけるだけだ。
いや、そりゃ、ここまで来て
「いや。」とは言われないんだろうけど、
でもできればスキッと了解してもらえると
嬉し•••、
あれ?
ちょっと、司さんの顔が困りがちだ!!
え、ちょっと、待て、俺、な、なんか、
やらかした!?
タイム、少し、タイム!!!
俺が顔を真っ青にして
背中に冷や汗を滝のように流していると、
司さんの顔が苦笑気味に
すこし綻んだ。
あれ?
俺の心配杞憂?
っと思った瞬間。
「ダメ」
その二文字が聞こえてから次の
発言がされるまでの約0.5秒間の間に
俺の脳内では
345種類の自殺方法と
44種類の地球破壊方法が
検討されたことは
歴史上誰も知ることはないだろう。
取りあえず長いかどうか分からない人生において
間違いなく最悪の絶望感を
非常に短い間に味わえたことは、
今後の俺の人生において
+に働くと固く信じたい。
で、とりあえず、0.5秒後。
「なわけないだろ?」
そういった彼女の苦笑を
見た瞬間の俺の情けない顔は
百年の恋も醒めるような情けない
ものであったろうし、
もし
『世界プロポーズの返事を待つ情けない彼氏の顔選手権』
があったとしたら、
決勝に残れること請け合いであったろう。
そしてその後の俺の反応もその顔に
勝るとも劣らないくらいかっこ悪かった。
「ほ、ホントですかあ!?」
「ははは。動揺し過ぎだぞ。」
すでに司さんの手を掴む手は
ブルブル震えており、
言葉尻も全く定かではなかった。
後にこの情けない反応を
持ち出されると、
清水家の夫婦喧嘩は全て
奥さんの完全勝利で終わるという、
哀しい伝家の宝刀が
ここに誕生してしまった。
「途中まではすごくかっこ良くて、
というか、
プロポーズの言葉の内容自体は
すっごく嬉しかったんだぞ。
でもな•••」
「でも•••」
司さんのフォローに天にも昇る
気持ちになりながら、
最後の否定の部分で
もう一度地獄にたたき落とされる俺。
すでに完全に容量オーバーであった。
「いや、
『ダメでしょうか?』
はヘタレすぎるだろう。
というか、
そう聞かれたら、
『ダメじゃない』としか
応えられないじゃないか。」
最後の最後で、
俺の本性が駄々漏れてしまったらしい。
確かにその通りで
ございます。
この不肖清水渉、
男としても、
国語教師として
失格でありますので、
いますぐ切腹して果てて参ります!!!
そんな妄言を言いかけた俺を見かねてか、
司さんが呼吸を整えて、
助け舟を出してくれた。
「渉、私はできれば
こういう時は
『はい』と応えたいんだが、
最後だけ訂正してくれるか?」
「結婚してください。」
「はい。」
すでに脳内の機能の90%以上が
失われた俺は、
端的に必要最低限の言葉を発し、
それに対し、
彼女も最小十分の、
もっとも大事な言葉を返してくれた。
「ふっふっふ、
それでもいいけど、
それならそこまでのプロポーズの
台詞がどこかに飛んでいって
しまうな。
まあ、そんな所も大好きだよ、
渉。」
チュッ
彼女にキスされたことで、
漸く再起動を果たす俺の脳みそ。
やってしまったことは仕方がない、
なんとかこれ以上の恥の上塗りは
防がなくては。
「司さん、これ、
婚約指輪として受け取って
いただけないでしょうか?」
「すごい綺麗な指輪だな。
でも、結局ジュエリーショップには
行けなかったのに、
どこで買って来たんだ?」
「それは•••」
昨日母さんから受け取ったこと、
この後改めて別のを一緒に
買いに行く用意があること、
などを端的に司さんに伝えた。
しかし司さんはその指輪を
俺に左手の薬指に
そのまま付けさせた上で、
「いや、これでいい。
というかこれを貰えるのが
本当に嬉しい。
お義父さんの形見の品を
もらえるなんて、
私は幸せだ。
指にも丁度合っているみたいだし、
これでいいよ。
早速家に帰って
お義母さんにお礼を言わないとな。」
そう言って、
若干涙ぐみながら喜んでくれた。
どう考えても俺の
怪しいプロポーズよりは
彼女を素直に感動させられたらしい。
大変喜ばしいのだが、
同時になんか踏んだり蹴ったりな
気持ちもしている。
•••ちょっとぐらい反撃しても
バチは当たらないだろう。
「司さん、一ついいですか?」
「なんだ?」
ベンチから立ち上がり、
ランチのゴミをまとめていた
司さんの耳元でそそくさと囁く。
「うろなに戻ったらなんですが。」
「ああ、そうだ。
梅雨を迎えに行ってやらないとな。」
「あ、はい。
タカさん達にもお礼を言わなければ
いけません。
それはもちろん、そうなんですが、
問題は次の日19日です。」
「へ?19日は普通に出勤だろう?」
何を言っているんだ?
という反応をされてしまって
未だにさっきの傷がうずくが、
俺にだって意地がある。
少しくらいはぎゃふんと言わせて
やりたい。
「いや、午前中は休暇を申請しています。」
「ああ、前日帰りになるからか。
でも大丈夫だぞ。
来た時もそんなに疲れなかったし。」
「いや、もちろんそれもあるんですが、
行かないといけない所があるので。」
「それなら早めに帰ればいいんじゃないか?」
まだ気づかない司さん。
おし、逆襲の渉、
行きまーす。
「いや、月曜にならないと空いてないんで、
町役場。
盆休みでも誰かいるとは思いますが、
榊さん達に手間を取らせるのも悪いですから。」
「町役場に何しに行くんだ?」
「そりゃ婚姻届を出しに、あと母子手帳もできるなら
もらっておきましょう。」
「•••ええーーーーーーー!!!」
分かりやすく驚く司さん。
うん、この反応を待っていた。
では畳み掛けましょう!
「嫌ですか?」
「い、嫌な訳ないが、
急すぎないか?
だいたい必要な書類とか
証人は•••」
「ああ、書類は全部揃えてます。
司さんの戸籍関係も
この前パスポート申請する時に
多めに送ってもらっておきましたから。
婚姻届には小林夫妻に証人として
サインしてもらいました。」
「い、いつの間に。」
「いや、本来であれば、
司さんが姉さんに攫われたあの日、
婚約指輪買った帰りに
プロポーズしようと思ってたんで、
全部用意してたんです。」
「そ、そうなのか•••」
驚きのあまり、
状況が完全には飲み込み
切れていない司さん。
このまま押していっても
いいが、
やはり引くことも大事です。
「本当に嫌でしたらもう少し
あとにしますよ。
19日提出して母子手帳もらって
その足で管理職に結婚と
妊娠の報告というのが
流れとしてはいいかと思いまして。
同じ職場ですから、
すでに決めてしまいましたが、
申し訳ありません、
よろしくお願いします、
ってのが無理矢理なようで
スムーズに行くと思ったんです。
でも大事なのは司さんの気持ちですから。」
「いや、そこまで考えてくれていたのなら、
文句はないんだが•••
私から校長先生達には言いにくかったし。」
おっしゃ、成功。
無間封頼殺ほど
あくどくはないが、
お願いする時には基本ですよね、これ。
よーし、予定通り進めて行くぞー。
「ありがとうございます。
ではその点任せていただければ。
そうと決まればお詫びの品
学校に買って行った方がいいですね。
校長先生お酒好きですし、
『海江田の奇跡』を後何本か、
追加で頼みましょうか。
じゃあ、司さん、行きましょう♪」
「そ、そうだな。」
俺は勢いのまま、
司さんの手を引いて
そのベンチを立ち去った。
俺にとってのこの場所は
二人にとっての新たな
始まりの場所であると共に、
俺の人生最大級の
大恥記念碑となってしまったようだ。
•••正直この傷が癒えるまで
ここに来るのは厳しい気がする。
うわー、途中までは完璧だった気がするのにー!!
先輩のバカヤロー!!!
俺は理不尽な八つ当たりを
恩人である先輩に心の中でぶつけていた。
そこは海江田にある無名の公園のとあるベンチ。
この場所はいくつもの出会いと別れ、
そして旅立ちを見守って来た。
今日もまた一組のカップルが
新たな門出を迎えたのである。
もしこの町の人々が伝説として信じている、
天使などというものが本当にいるのであれば、
それは絶対に底意地の悪い奴に違いない。
彼の感じた感慨は
その恩人たる先輩が疾風怒濤の中で感じたものと、
全く同じものであった。
それを知っているものは、
何も語らず全てを見守り続ける、
この赤いベンチだけである。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
何か大長編になってしまいましたが、
決してこれ最終回ではございません。
まだまあ続きますので、どうぞよろしくお願いします。
前回と同じ日に更新する予定が
書き足し書き足し、
ついに2日後になってしまいました。
正直まとまりのない話になっていないか
不安ですが、
おかしな点があれば遠慮なくご指摘ください。
また二人の今までを振り返る意味で
多数の方のお名前を使わせていただきましたが、
もう色々限界なので、
お礼は後ほどかき込ませていただきます。
とにかく皆様のおかげで、
清水はついにプロポーズまで至ることが
できました。
ラストまでまだ一山二山作る予定ですが、
そこでも皆さんのお力をお借り出来れば幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
次は18日にうろなに帰るお話です。
梅雨引き取りにいきますので、
桜月りま様よろしくお願いします。