8月15日 その1 彼らの眠るこの場所で
AM11:30
「ふー、こんな所かね。」
「うん、綺麗になったね。
お父さんも喜んでるよ。」
「渉、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です、司さん。」
「お疲れさん。
ごめんな、一番大変な墓石の
タワシがけやってもらって。」
「ええよ。
まあ、俺が仰せつかるのが
筋なんだろうし。」
俺の手によって
ピカピカに磨き上げられた墓石の前に、
姉さんによって
父親が好きだったという孔雀草が飾られ、
母さんによって
昨日買って来たお菓子•ケーキが供えられた。
清水香、享年43歳。
本当に久しぶりの墓参りである。
まさか次に来る時に自分が父親に
なっていようとは想像もしていなかった。
「ああーう。」
「美咲ちゃーん、
おじいちゃんですよー。」
「お母さん、それは流石に
どうかと思うわ。」
「確かにそうね。
じゃあ、香さん、
初孫よー。」
姪っ子を使って、
いつものボケ漫才を始める、
母と姉。
墓石の前で何やってるんだ、
あいつらは。
本当孫が出来ようが、
娘が出来ようが成長しねーな、
あの二人は。
まあ、父さんが見ているとしたら、
大らかに笑って許してくれるんだろうが。
「渉の彼女よー。
お腹に双子がいるんよー。」
「は、始めまして。
ふつ、ふつつか者ですが
よろしくお願いします。」
「司ちゃん、真面目ー。
でもそれが可愛いーー♪」
おい、こら。
アホネタに人の恋人を
巻き込むな。
「なあ、雅樹、
あれ、止めてくれないか。」
「無理言わないでくれ。
•••僕も薫さんと付き合って
始めてのお墓参りの時に、
『薫の彼氏よー。』って
やられたな。
ちなみにあれ、
結婚後始めての時は
『旦那よー。』に進化するんだ。
お前の子ども達が生まれたら、
『双子よー。』になるのかな?」
「知るか、んなこと。」
雅樹にしてはあまりに下らないジョークであったが、
女性陣の微笑ましすぎるコントの前では、
俺もつまらない突っ込みをただ返すしかなかった。
夏の日差しも和らいだ、
笑いの絶えない墓参り。
あの人の願った景色が
今ここにあるのかもしれない。
PM0:00
「みゃーみゃー。」
「お母さんはもうちょっとしたら
帰ってくるからなー。」
「ホントに何言ってるか
分かるんですね。」
墓参りを終え、
現在姉さん達は
寺の住職さんにご挨拶中。
それを待つ間、
美咲の面倒を司さんが、
荷物持ちを俺が担当して、
上下の階段に挟まれた、
踊り場スペースにある
木陰のベンチで団欒中。
「ふふふ。」
「どうしたんですか?」
「いや、来年の墓参りは
大変だなって思って。
乳幼児が3人というのは中々骨が折れそうだ。」
口調は少し困っているのに、
司さんの顔はまごうことなき笑顔だった。
その笑顔に応える覚悟はすでに出来ている。
あとは場所をどうするかだけなんだが•••
「•••うーーー!!!」
「こら、ユーシ!
機嫌悪いからって
人の髪を引っ張るなって。」
俺がプロポーズの場所について
思案していると、
近くから赤ん坊の泣き声と
それを宥める男の子の声が
聞こえて来た。
周りを見回すと、
少し離れた所にある階段を
髪の毛を赤ん坊に
引っ張られた男の子が
昇ってきていた。
PM0:15
「すいません、お手数おかけしちゃって。
母親が側にいないからってヘソ
まげちゃったみたいなんですよ。」
「いいさ。男の子も抱いてみたかったしな。
渉、美咲の方は大丈夫そうか?」
「もう半分うつらうつらしてますから。
俺が抱いていても大丈夫だと思いますよ。」
現在ベンチには先ほどの男の子、
美咲を抱いた俺、
そしてもう一人の赤ん坊を抱く司さんが
3人がけで座っている。
なんでこうなったかというと、
赤ん坊のお守りに手こずる彼を司さんが見かねて、
美咲を俺に託した後、
彼の腕の中で暴れていた赤ん坊を預かり、
宥めていたのだ。
司さんのお世話に機嫌を良くしたのか、
赤ん坊は若干大人しくなり、
現在も彼女の腕に抱かれている。
赤ん坊を連れていた、
小学校高学年から中学生くらいの
その男の子は、
大変恐縮していたが、
赤ん坊の親が戻ってくるまでもう少し
時間がかかるらしいので、
同じベンチに座って
待ってもらっていたというわけだ。
「きゃうきゃう♪」
「こら、くすぐったいぞ。
おっぱいはまだでないから、
ママが来るまで待っていようなー。」
おい、こら、エロん坊!
司さんの胸をまさぐるのは俺の特権だぞ!!
「•••渉、何考えてるか正直分かりたくもないが、
赤ん坊に嫉妬するのはよせ。
お前、男の子が生まれた場合、
本当に大丈夫なのか?」
「え!?あはは、
大丈夫に決まってるじゃないですか!!」
俺の血走った視線に
心の底から呆れたような半眼で
睨み返す司さん。
それを無理矢理ごまかしていると
隣で座っていた男の子が遠慮がちに話を振って来た。
「えっと、美咲ちゃんでしたっけ、
その子はお二人のお子さんではないんですか?」
「ああ、そうだよ。
俺の姉さんの娘で、つまり姪っ子。
良く分かったね。」
「はい、お二人の会話からそうなのかなーっと。
うちも同じような感じですし。」
「もしかして司さんの抱いている子って、
弟じゃなくて、甥っ子?」
「はい。
年の離れた兄の子どもなんです。
よく世話を頼まれるんですが、
なかなか上手く行かなくて。」
特に自己紹介もしていない中、
俺たちの関係性に朧げながら
気づいた目の前の子はかなり
頭の回転が早い子のようだ。
それでいて何か苦労人っぽい。
•••うん、なんかシンパシーを
感じる。
「今日はどなたかのお墓参りだよね?」
「はい。父方の祖父母と•••、
うーん、上手く説明しにくいんですけど、
兄や姉の大事な人達の•••ですかね?
すいません、ややこしい家族構成なので。」
「いいよ。
こちらこそいきなり突っ込んだこと聞いて
悪かったね。」
なるほど、家庭環境が複雑な子なんだな。
こういう子がのびのびやっていけるように
支えてあげなくちゃなあー。
「君は中学生?」
「いえ、小学校6年生です。
来年、受験なんですよ。
兄さんは大丈夫だって言ってくれてるん
ですけど、
姉さん達が変に熱が入っちゃって
困ってるんですよ。
まあ、確かにそんな簡単に入れる所ではないので、
その心配は分かるんですけど。」
「もしかして海江田中学校を?」
「あ、そうです!
えっと、渉さんでしたっけ、
すごいですね。」
俺の推測にいたく感心している少年。
まあ、この地域でならその可能性は
少なくないし、この子の利発さからなら
おかしくないと思って、
カマをかけただけなんだけど。
「まあ、俺もOBだから何となくね。」
「そうなんですか!?
いやー、うちの親族や周りの人間にも
OB•OGが多いんで、
自然と目指しちゃった部分があるんですけど、
実際に受験が近づくと結構プレッシャーなんです。
もちろん無理強いされてるわけじゃなくて、
手伝ってくれてるだけなんですけど•••
すいません、いきなり愚痴言っちゃって。」
「いいよ、いいよ。
後輩候補の悩みを聞けるのは先輩として
冥利に尽きる所だし。
しんどい所だろうけど、
その感情を受け止められるだけの
覚悟があそこに行くなら必要だよ。
あそこは期待にしろ、妬みにしろ、
色んな想いが集まりやすい場所だから。
是非そのことを感じた上で受験に望んで欲しいな。」
「あ、ありがとうございます。
そうですよね。
なんやかんや言ったって、
兄さん達は僕の憧れですから。
あの人達の背負っているものを
自分の背負っているもの、
見ているものを、
僕も感じてみたいんです。」
「うんうん。
そういうのがあるなら大丈夫さ。
でもあんまり固く考えすぎなくて
大丈夫だよ。
入ってしまえばこっちのもの。
校則も緩いし、
使える人材や資金は多くて、
やりたい放題したい放題なんだから。
江田校の女子だけでなく、
他校の女子もよりどりみどり、
まさに酒池肉林が待ち構えてると思って、
痛て!!」
「こら、この不良教員!
前途ある小学生を悪の道に引き込むな!!
すまんな、こいつが調子にのって。
中学校でもこういう先生や先輩に当たったら、
気を付けないといけないぞ。
頭は良くてかっこ良そうに見えても、
ろくでもない奴が多いからな。」
俺の優秀な後継者候補への
熱い演説は、
だんだん横道に逸れて来た所で
司さんのチョップにより、
ストップされてしまった。
ああ、ここからが
江田校の『本当の良さ』を語れる
所だったのに。
俺の時代に頑張って江田校男子の『イモい』イメージを、
『おしゃれな』イメージに大改革した成果が今
出ているはずなんだが•••
「あはははは。
す、すいません。
いや、凄く楽しそうですね。
何かやる気が湧いて来ました。」
そんな俺たちの夫婦漫才を見て、
爆笑する少年。
まあ、彼の肩の力が抜けたならいいか。
プルルル、プルルル。
「う、う、わーーーー!!!」
「ふ、びえーーーーー!!!」
鳴り出した電話の着信音に、
コーラスのように泣き出す赤ん坊二人。
電話の主はどうやら隣の少年の胸ポケットのようだった。
「す、すいません。
兄達から電話みたいです。
合流予定の場所から離れちゃったんで。
あー、美咲ちゃん泣かしてごめんなさい!」
「いいさ、いいさ。
それより早くこの子、
お母さんの所に連れて行ってあげて。」
「ありがとうございます。
お腹のお子さん、無事に生まれるのを祈っています。
それでは渉さん、司さん、本当にありがとうございました!!!」
赤ん坊を司さんから受け取り、
頭を深々と下げてお礼を言ってから、
階段を駆け下りていく少年。
その姿は実に真摯でかつ爽やかな
ものであった。
彼の前途が希望に満ちたもの
であることを願わずにはいられない。
「私、妊娠していること言ったっけ?」
「そんなにはっきりとは言ってなかったと思いますが、
少ない発言と文脈から読み取ったんでしょうね。
流石としか言いようがないですよ。
こりゃ、来年にはまた巨大な新星が
うちの母校に入学してくれそうですね。」
首を傾げる司さんにそう微笑み返し、
もう一度階段を下っている彼に目線をやる。
そういえば彼の名前を聞いていなかったな、
と少し残念に思っていると、
二人組の男女が階段下で彼を
呼ぶ声が微かに聞こえて来た。
「おーい、ノブー。」
「ユー兄、遅いよー。
ユーシの世話大変だったんだから•••」
あれがお兄さんで隣にいるのがその奥さんかな。
江田校のOBだったら、挨拶した方がいいだろうか?
「マー君、司さんお待たせー!!
美咲任せちゃってごめんねー!!!」
背後から大きな声がかかり、
振り返ると姉さん達が
上から階段を下りて来ているのが
目に入った。
ああ、そっちに合流しなくちゃなと
思った瞬間、
俺の脳裏に先ほどの
階段下での会話が急再生された。
「ノブ」「ユー兄」という名称、少年の利発さ、彼の年齢、
その全てと俺の記憶を頭の中で再構成した場合、
そこから導き出される結論は•••
俺はもう一度階段の下を振り返る。
すでに3人の姿はそこにはなかった。
とはいえ、それほど遠くに行った訳ではないはずだ。
今すぐ追いかければ追いつけるはずだ。
そうあの人に今まで言えなかった
あの時のお礼を言うことが•••
「うーーー!」
「あ、ごめん、美咲。」
腕の中でむずがる姪っ子の反応に
俺は我に返った。
そうだ、この子を早く姉さんの所に
連れて行ってやらないと。
今やるべきことを間違えてはいけない。
今俺がやるべきこと•••
「司さん、姉さんの所行きましょうか?」
「ああ、そうだな。
美咲、ママが来たよー。」
「ふぁーーーーー♪」
しばしのタイムラグの後、
司さんに声をかけ、
階段に向かって歩き始める俺。
本当にあなたは俺の導き手なんだな。
全くあの小学生の時以来根本的には
成長しきれていないのが情けない。
まあ、でも誰かの力を借りながら
進んでいくしかないのが俺なんだから、
それはそれで悪くはない。
”先輩”、ついでに”舞台”を借りてしまいますけど、
いいですよね。
”いつかまた”お礼を言いにいきます。
「司さん、美咲を姉さんに返したら、
この後デートに行きませんか?」
「え、この後みんなでご飯にいくんじゃないのか?」
「ダメですか?」
「いや、ダメではないが•••、
いったい何しに行くんだ?」
「そうですね•••」
この場で目的を言ってしまう訳にはいかないし、
何とごまかそうか?
まあ、ある意味これも正しいよな。
「ちょっと”聖地巡礼”に」
「はあ???」
目下の課題は頭の上で
???を連発させている彼女を
どう丸め込むかである。
本題の文言の方はその後考えよう。
ようやく舞台は整ったのだから。
俺は姉さん達の方へ
歩みを進めながらも、
同時に頭をフル回転させていた。
この後の大事な時間を
二人にとって忘れられないものにするために。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
本題の方をお待たせしていて申し訳ありません。
そこへの舞台を盛り上げるための仕込みを
させていただきました。
清水達が出会った少年が誰であったのかは
ご想像にお任せします。
彼をちゃんと出せるように
もう一個の方も早く再開させないとなー。
とはいえ彼の登場は本当に物語の
最後を締めくくる部分になるので
本当にいつになるやら。
でもここで書いてしまったからには
書ききることを改めて自分に誓いたいと
思います。
それでは引っ張ってしまいましたが、
次で決めたいと思います。
頑張って本日中の更新を目指します。