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8月14日 その3 受け継がれる願い

PM8:00



「マーきゅーん!

もう動けまちぇーん♪」

「ちぇちゃー」

「薫さん、弱いのに飲み過ぎですよ。

司さん、すいません、彼女を布団まで運びますので、

美咲を寝かしつけるの手伝ってもらえませんか?

渉、こっちの片付け任せていいか?」

「りょーかい。」

「いいぞ。

じゃあ、美咲、私と行こうか。」

「ちゅかー♪」



夕食後、

検診結果と双子報告を肴に、

先ほど買って来たお酒•梅酒の試飲会、

饅頭•ケーキの試食会が行われていたんだが、

久しぶりのお酒にハメを外した姉さんが

ぐでんぐでんになった所で

美咲をそろそろ寝かせた方がいいだろうと

いうこともあり、お開きとなった。







「渉、もうそっち片付いたー?」

「今、机拭いてる所。」



現在リビングにいるのは

俺と母親の二人だけ。

そういえば、

母親と飲むなんて

始めてだったんじゃないか。

そう考えると息子として、

不義理をしてたと

改めて感じるわー。




机を拭いていると

洗いものをしている母親の

背中が目に入ってくる。



こうしてじっくり見ると

母さん、小さかったんだな。

もちろん司さんよりは大分

大きいんだが、

自分の中で迫力のあるイメージしか

なかった母さんの、

どこか頼りない背中を見ると、

何となく変な感じがする。




「そっち終わったら、

さっきのお菓子一個よりわけ

といたから、お父さんの所、

持ってって。」

「酒もまだ開けてないのがあるよ。」

「あの人お酒全くダメやったから、

 別にいらんやろ。」

「へーい。」




背中越しの母親からの指示を受けて、

お菓子を持って仏間へと移動する。


昨日妊娠検査薬で大騒ぎとなった

この和室であるが、

仏間と言っても

簡素な仏壇が端っこにぽつんと

置いてあるというだけで、

基本的には茶飲み部屋+母親の寝室である。

一応母親の部屋は別にあるのだが、

「お父さんと一緒に寝たいから。」

という母親のたっての希望で、

現在もここで寝起きしている様である。




父さんが生きている間は

ここが夫婦、そして家族の寝室であり、

俺や姉さんも中学校にあがるまでは

ここで一緒に寝ていたのだった。


父さんが亡くなったとき、

姉さんは中学生で、

俺は小学生。

すでに二階の子供部屋で

寝ていた姉さんとは違い、

俺は父さんの死後も

ここでしばらく

寝起きしたのだった。


俺がこの部屋を後にしたのは、

中学入学を機に、

父さんの書斎を俺の部屋として

受け継いでからである。






お菓子を仏壇において、

軽く手を合わせる。

特段信心深いわけではないが、

昔からの習慣みたいなものである。




父さんは大学の教員として忙しくしていたとはいえ、

決して子どもの面倒を見ない人ではなかった。

にもかかわらず生前から良くも悪くも存在感の薄い人だった。


べしゃりな母親と長女、そしてやんちゃな長男の

後ろでひっそりと微笑んでいるというのが

定番だった気がするし、

その死後も母さんが遺影の父親を生前とさほど

変わらない感じで扱っていたことから、

あの人が死んだ前後で何かが変わったという

気は正直していなかった。


恐らく俺があの人の死を強く意識したのは、

亡くなった直後とその書斎を受け継いだ時、

そして大学入学のためこの家を去る時ぐらいしか

なかったのではなかろうか。




だからといって墓参りにもまともに帰って来ない

理由にならないのは重々承知しており、

そのことを非難されることに別に不満もない。

しかしそんな不義理をついしてしまったのは、

今もどこか側にあの人がいて

うっすら微笑みながら俺たちを見守っているんだ、

そんな思い込みが俺の心に根付いてしまって

いたからかもしれない。


俺がそんな風に感じるようになったのには、

何か’きっかけ’があった気もするんだが、

今はまだ思い出せない。


姉さんの卒業式で

本田先輩のあの演説を聞いて、

俺は変に’荒れて’しまった状態から立ち直り、

何かを誓い直したはずなんだが•••








「はあー、お腹いっぱいや!

それに久しぶりに飲んで

よっぱらってしもうたわ。

おとーさん♪

これ、すごいおいしかったんよ♪♪」


いつも以上に騒がしい、

少し赤くなったうちの母親が

仏間に入って来たことで、

俺の思考は中断された。


すでにおばあちゃんになったんだから、

少しは落ち着いて欲しいんだが•••

まあ、これはこれで気安くてやりやすいと

事務補佐に行っている大学の先生や学生さんから、

以前聞いたことはあるんだけどな。







ちなみにうちの母親と父親との出会いは

大学の飲み会の席だったと

母の古い友人から聞いたことがある。


大学院生であった父と

大学で事務の仕事をしていた母は

偶々学会かなんかの打ち上げで一緒の席になり、

果穂先生顔負けの押しの一手で付き合うように

なったんだと。

もちろんアプローチをかけたのは母親の方。


その後父さんが学位を取って就職したのを機に結婚、

1年後くらいに姉さんが生まれ、

その5年後に生まれたのが俺である。


この家を買ったのは俺が生まれる前であり、

俺の部屋は元々考えていなかったらしい。

父さんが生きていれば小さな物置部屋を片付けて

俺の部屋にしたかもしれないんだと。

一応客間も空いていたはずなんだが•••

あれ、俺って元々扱いひどくない!?






「ねえ、おとーさん、聞いて。

司さんのお腹にいる子、双子なんよ。

どんな名前がいいかねー。

今度は渉ん時みたいに、

間に合わせで付けることのないよう、

ちゃんと考えて付けてあげんと。」

「おい、ちょっと待て!

今聞き捨てならない

台詞が聞こえたんだが!!」



俺を今より更に痩せやせて

少しだけ年を取らせた感じの

父の遺影を相手に、

滔々とクダを巻いていた母親の重大な一言に

俺は驚きのあまり思いっきり噛み付いた。






「何よ。大きな声だして。」

「いや、俺の名前の由来って、

そんな適当やったんか•••」

「•••?

はははは、あんた、

何、真に受けとん!」

「受けたら、悪いか!!」


爆笑し出した母親に対し、

苦々し気に言い返す俺。


ただでさえ、自分の扱いの

悪さを思い出していじけていたのに、

さらには名前を付ける段階まで•••と

考えたときの俺のショックが分かるか!!!




涙ぐみさえしそうな

俺の情けない顔を見て、

母さんは俺を宥めるように

詳しい説明をしてくれた。




「別に適当に付けたって訳ではないんよ。

ただ元々子ども一人しか作る気がなかったから、

(かおる)の名前をつける時に、

私は瑠璃子(るりこ)の『る』

の読み入れたかったし、

(こう)さんの字『カオル』とも

読めるから読みはそれにして、

漢字は香さんに考えてもろたんよ。


それで終わりと思ってたから、

弟や妹が出来たらどういう名前にするか

全然考えてなくてね。

あんたが出来た時も、

うち大分太ってしまってたから、

妊娠気づくの遅れてしもたんよ。

その頃香さんの仕事がバタバタしてたんもあって、

ゆっくり名前考えている時間なんてなかったから、

語感でお姉ちゃんと関連づけて

『ワタル』っていうのを考えて、

漢字はまた香さんが考えてくれたんよ。


だからお姉ちゃんと決めた経緯は’ほとんど’

一緒やからあんま拗ねんとき。」


「別に拗ねてはいないよ。」




始めて聞いた自分の名付け談義を

聞いて俺の抱いた感情は複雑だった。


確かにそこまで適当でないというか、

それを言ってしまうと姉さんの名前の決め方

すら怪しいということになってしまうので、

そこに文句を言うつもりはない。


俺を作る気は元々なかったっていうのは

以前聞いたことあったし、

それでどうこう思う程狭量でもない。

母親が淡白だった分、

姉が『弟が出来て嬉しー!!』と

尋常でないくらい構ってくれたから、

別段寂しいということもなかったからな。

それにしてもどこか

『ついで』感は否めないが•••


ちなみに(こう)さんっていうのは

父親の下の名前である。

そう呼んでるの久しぶりに聞いた気がするが。






「でも『ワタル』だったら、

航海の’航’とか『メグル』とも読む’亘’

の方が『コウ』とも読めていいんじゃない?

俺、なんで父さんと名前の関連あんまり

ないんだろうって昔思ったことあるんだけど。」

「もちろん、その辺も候補になったし、

そうしたらってうちは言うたんやけど、

香さん、

『僕の名前と関連しているより、

多くの人や広い世界と繋がっていく人に

なってほしいから。』

って言うて譲らんかったんよ。

よう考えたら、あんな頑固な香さん、

ほんに珍しかったなー。」




どうせならと

近くにあったメモ用紙を使って

長年の疑問を尋ねてみたが、

母の返答を聞くとどうやら、

杞憂だったようだ。


父はこの煩い母を制してまで

俺の名前を考えてくれたみたいだ。

俺も生まれてくる子の名前、

ちゃんと納得してもらえるように

考えておかないとなー。





「なんや、あんた、

おとうさんがあんたのこと

ちゃんと考えてへんと思っとったん?」

「別にそういう訳じゃないよ。

ただ何でこの名前なのか、

いつか聞こうか思ってたのに、

聞く機会がなかったからさ。

まあ、どうにも印象の薄い父親

だったというのは否めないけど。」

「ひどい息子やねー。

ふふ。でも確かに、

そう思われてもしゃあない

部分はあったんやけど。

私も若い頃は『もっとはっきりして!』

ってよお喧嘩になったもんなー。」




俺の負け惜しみに、

母は苦笑しながらも、

どこか懐かしそうな様子である。


こうして亡き父のことを

母親と話すことになるなんて、

少し前には想像もしていなかった。

そういう意味では司さんをここに

連れて来た姉さんにも少しは

感謝しなくちゃな。








「そうや!

あんたに渡すもんがあったんやった!!」



そういって、いきなり

仏壇を漁り出す母さん。


確かにそんな話は昨日してたけど、

なんのことだと俺が疑問に思っていると、

母さんはとても綺麗な、

しかし年代物っぽい

ケースを出して来た。




「何、これ?」

「ええもんや。

開けてみ。」

「はあ?」


母のニヤニヤした言葉に

不審を抱きながらも、

その箱を開けてみると、

中には少し古めかしいデザインの、

しかし非常に美しく輝く

ダイヤのリングが入っていた。


「これって•••」

「うん、うちが香さんにもらった婚約指輪。」

「あーーー!!」




なるほど。

服飾品にほとんど興味がない

母親がこんなものを持っている

としたらそれくらいしかないか。

でもこんなものを出して来てどうするんだ?


「で、これをどうするん?」

「どうするんかはあんたの好きにしたらいいわ。

ついているダイヤを別のリングに付け替えたり、

リングの部分を溶かして新しいリングに鋳直してもいいし、

別に単に売って婚約指輪や結婚式の資金にしてもええよ。」

「はあ!?そんなんあかんやろ!!」




俺は母からの申し出に驚愕してしまった。

だってこれってほとんど父さんの形見の品に

等しいだろ。

そんなもの貰う訳にいくわけあるか。


「チョイ待ってくれ。

別に俺、金がないから司さんにプロポーズ

してないってわけじゃないんだ。

今回の妊娠のことがなかったって、

この盆中に婚約しようって考えてたし、

その予算もちゃんとある!

姉さんが乱入してこなかったら、

婚約指輪買いに行くつもりだったんだから。」

「あらそうなん。

でも別に初任でお金がなさそうやから、

あげるんちゃうよ。

これをあんたにっていうのは

香さんの遺言みたいな

もんやねん。」

「父さんの?」




その言葉に改めて驚きを隠せない。

俺が小学生の時死んだ父親が

そんな先のことまで考えてたって

いうのか?


驚く俺に対して、

母さんは全く動じる様子がなかった。

というか若干不満げである。




「あんたらねー。

お姉ちゃんも含めて

あんたら姉弟がそんだけ

賢いのは香さんのおかげなんやから、

もう少し評価してあげえよー。

それくらいのこと、

あの人が考えてなかったわけないやん。

だいたいお父さんが早くに亡くなったからって、

わざわざ仕送りを断った大学時代は別にして、

それ以前特にお金に不自由したことないやろ。

両方とも中高私立やったんやし。

ちゃんと自分が死んでからのことも

あの人考えてくれとったんよ。」




確かにそうである。

父の死により母子家庭となった俺たちであったが、

父さんが残した生命保険金や持ち家その他資産、

書いた本の印税なんかによって

経済的には

不自由どころか十分すぎるほどの状況であった。

様々な奨学金を駆使して

江田校に合格•通学した本田先輩とは違い、

俺は受験に向けて普通に塾通いもできていたし、

学費も多少の優遇はあったのかもしれないが、

普通に払っていたはずである。




「というか、

ちゃんとあんたら個人の

通帳なんかもあるんよ。

お姉ちゃんのは留学や大学院の学費、

結婚式やなんかで大分使ってもうたけど、

あんたのは大学以降殆ど手付けてへんから、

相当な額が残っているはずやわ。

まあ、今度渡したるから、

結婚式や新生活の原資に使ったら。」




そんな隠し通帳の存在まで明らかにされ、

俺はすでに口をあんぐりと開けるばかりである。


あれ、ひもじい食生活に耐えた、

俺の大学時代って•••





いかんいかん、それはまた今度だ。

取りあえず今は目の前の指輪の話を片付けよう。




「そ、その通帳の話はまたあとで。

というかその婚約指輪はお金の問題じゃないだろ。

だいだい俺だけもらったら姉さんはどうなるんだよ。」

「お姉ちゃんにはもうあげたよ。

そっちには私たちの結婚指輪。

今あの子達の左手に嵌まっている指輪って、

私たちの指輪をリフォームしたもんやもん。

まあ、向こうのご家族からのお金もあったから、

私たちのより数段上等になってるけどね。」

「ま、マジで•••」



そんなん、聞いてねー。

結婚式でもそんな話出てこなかった•••、

いや、確か姉さんと雅樹が

お父さんとお母さんの指輪がどうのこうのって、

スピーチしていた気も•••

忙しい中拉致されたから、

あの結婚式の記憶あんまりないんだよなー。




「やからこっちはあんたの分。

別に遠慮しなくてもいいんよ。

まあ、結婚指輪の方はペアやし、

その点は不満に思ってもしょうがないけど。」

「いやいや、だからそういう問題じゃないって。

これ、父さんの形見の品だろ、いいのかよ!?」

「いいのよ。」

「へっ!?」




一切躊躇のないその言葉に

逆にこっちがビックリしてしまった。

父さんのことを

その死後も変わらず愛していると

言ってはばからなかった人の言葉とは

到底思えなかった。






「大事じゃないのか?」

「そんなわけないじゃない。

これ、貰ったときの嬉しさ、

今でもおもいだせるんやから。」



年甲斐もなく頬を染める、

母親の反応に、

より混乱してしまう俺。


本当に意味が分からない。




「わかんない?

大事だからこそあげるんよ。


お父さん、自分がそんなに長生き出来ない

って早いうちから知っていたみたいだから、

うちらが経済的に不自由しないように

手を尽くしてくれたんよ。

忙しいお仕事の合間を縫って、

できるかぎり家族サービスしてくれて、

思い出をいっぱいつくってくれたんよ。

それだけじゃなくて自分の子どもが結婚する時には

自分はこの世にいないだろうからって、

この指輪だけでなく、

色々用意しておいてくれたの。


でもやっぱりこの指輪は特別。

あの恥ずかしがり屋で控えめだった香さんが、

うちに内緒で始めてジュエリーショップなんか行って、

必死になってこれを選んでくれたんだって知った時、

この人に出会えてホントによかったと思えたもの。

元々迫ったのはうちだけど、

プロポーズしてくれたのは

完全に香さんからなんだかんね。

この指輪にはそんな想いが込められてるんよ。」

「•••」





その父さんの家族に対する愛情、

そして指輪に対する母さんの想いを聞く中で

さらにわけが分からなくなって行く、俺。




•••俺、父親になったって自覚して、

少しは成長出来たと思ってたんだけど、

まだまだ全然ダメだなー。




困惑を通り越して、

少し落ち込み気味の俺を

知ってしらずか、

母さんは俺の頭をくしゃくしゃ

撫でながら、

言葉を続けて行った。




「父親になったっていったって

まだまだやねー。

まあ、あんたのことやから自分でも

分かってるんやろうけど。


大事なものやから自分の大切な人に

受け継いでいって欲しいんよ。

もちろんずっと自分の手元に置いておきたいっていう

気持ちがないわけやないんやけど、

それがあの人の願いやもん。

私の大好きなあの人が

私たちの最大の宝物であるあんたらに

これを貰って欲しいと望んだんやから、

私はそれを叶えてあげたいんよ。」

「で、でもそれじゃあ、

溶かすとか、

それこそ売ってしまえなんてこと言うなよ!」



母さんの、

そして母さんの代弁する父さんの想いを聞いていたら、

いつの間にか俺は半泣きになってしまっていた。


うわー、このふざけた人に泣かされる

日が来るなんて!


俺が感動しているのか、

悔しがっているのか、

自分でも訳が分からなく

なっているのをしり目に、

母さんは優し気に首を横に振った。




「言い方が悪かったかもね。

香さんがこれをあんたにって言うたんは、

この指輪自体をってわけじゃなくて、

指輪に込められた、

『大切な誰かを喜ばせたい』っていう

心からの願いを受け止めて欲しいって

思ったからなんよ。


あの人のことやからあんまり口にはしてなかった

んやろうけど、

一度くらいそんな話聞いたことあるんとちゃう?

生まれつき身体が弱くて

そんなに長く生きられないと言われていたのに、

多くの人のおかげで何とか大人になれて、

自分でいうのもなんやけど、

大好きな女性(ひと)に出会えて、

大事な大事な子ども達を授かることが出来た、

そのホントに表現しようのない喜びと感謝を、

何とかほんの少しでも、

大きくなったあんたらに伝えたいって言ってたんよ。

ホントなら自分が伝えたいけど、

無理そうやから伝えてくれへんかって、

あの人、び、病室のベッドの上でも、

最後まで言ってたんやから•••。


やから別に指輪自体はどうなったってええの。

あんたが少しでもその気持ちを分かってくれて、

その気持ちを司さんやお腹にいる双子ちゃんたちに

伝えてくれたんならそれでええんよ。

あんたの大事な人を笑顔に出来るんやったら、

そのためにこの指輪が生かされるなら本望なんよ。

これは、香さんも私も同じ気持ち。

私たちがあんたに渡したいのはこの想い。

この指輪はその橋渡しでしかないんやから。」

「母さん•••」



そう噛み締めるように言い切った母さん。

目からは大粒の涙がこぼれているが、

その口調にためらいは

一切なかった。









そんないつもとは違う母さんの

姿を見て、

撫でられた手の感触から、

俺は思い出す。




あの笑顔を、

彼の優しさを、

あのことばを、

彼の切なる願いを。




「ワタル。

弱い、困っている人を助けられる人になりなさい。

そしてできれば、

寂しく、辛い時に頼ることのできる誰かを見つけてください。」




その強さに憧れて、

その弱さを抱きたくて、

そしてその愛を誰かに伝えられる人間になりたくて、

俺は今までやって来たんだ。




俺に彼に値する何かがあるとは思わない。

まだあまりにそこは遠すぎる。




でも•••




そこに挑み続ける覚悟ならある。



そして•••




守りたい人がいる。







「父さん。」


改めてセピア色の

その遺影を仰ぎ見る。

その表情は先ほど見たよりも

ほんの少しだけ口元がほころんでいる、

そんな気がした。


「ありがとう。」








十数年の時を経て、

父の願いがついに息子に届いた。

いや息子がようやくその場に立った、

そう言った方がいいのかもしれない。


まだ始まったばかりだ。

その願いを届けなければならない。

まずは愛しい君へ。

そしていつか大切な君たちに伝えよう。

この連綿と続く願いのバトンを。

俺自身の至上の想いを載せて。









仏間を出た俺の手に収まる

小さな箱。

その中の透明なイシは

輝く瞬間を今か今かと待っている。

その輝光(きこう)

時は近い。

シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。


大分長くなってしまいましたが、

これで必要なタマは手に入りました。

次回清水大勝負。

作者としても気合いを入れて頑張ります。


名付け話も書いてみましたが、

実際はどうなんですかね。

自分の名前(本名の方)は

とある人が決めたんですが、

それに対し葛藤もあれば、

受け止めたいと思っている部分もあります。


作品を書いて行く上で

キャラの名前はかなり

適当に決めてしまうタチなのですが、

後付けであってもいいので、

そこに想いはしっかりと刻みたい、

そんなことを思ったりした、今回の執筆。

小説を書くのは楽しいですね。

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