8月14日 その1 『二人』の驚き
AM11:30
産婦人科での初診が終わり、
二人で手をつないで歩く、
懐かしい海江田の町並み。
昨日の妊娠判明後、
姉さんや雅樹が
土屋病院に掛け合ってくれた
おかげで今日の午前中に
産婦人科で診察を受けることが出来た。
お盆の時期にいきなり
割り込んで大変申し訳なかったのだが、
いち早くお腹の子が元気なのか
知りたかったので、
大変助かった。
見てくれたのはそれなりのお年の
女性の先生だったのだが、
丁寧に説明してくれた上に、
次回からはうろな総合病院で
診察が受けられるように、
診察や検査の結果等、
必要な情報は全て送っておいて
くれるとのことであり、
有り難い限りだった。
『斉藤君の親友さんって
聞いたから、サービスしといたよ♪』
と冗談まじりに言ってくれたが、
先代院長の頃から勤めている
産科の偉い先生だと雅樹に
聞いていたから、
恐縮してしまった。
ここでの診察は基本これっきりだろうが、
急なお願いで迷惑をかけただろうから、
雅樹を通してお礼の品でも送ろうかな。
土屋先生にもお手数をおかけしたみたいだし、
また今度お礼の電話をしておこう。
後日土屋先輩にも連絡入れておかないとなー。
土屋先生を通して伝わったりすると、
会った時に『水臭いですわよ。』とか言って、
いきなりサブミッションをかけられかねないからな。
あの清楚なお嬢様然とした人を
どうして北村先輩が
あそこまで恐れていたのか、
その理由が今なら分かる。
俺が苦笑していると司さんが
こちらを覗き込んで来ていた。
「どうしました?」
「いや、これから大変だなと思ってな。
苦労かけてすまないな。」
「何言ってるんですか!
検査結果すごくよかったですよ。
超音波検査でちゃんと赤ちゃんの
心拍確認出来ましたし、
内診や尿検査の結果も問題なかった
んですから。
後は血液検査の結果だけ、
うろなに戻ってから
担当の先生にお聞きすれば大丈夫でしょう。」
俺の苦笑顔に心配気味だった司さんを
そう言って励ます。
するとはにかみながらも笑顔に
なってくれる、司さん。
ああ、妊婦を無駄に心配させるなんて、
ホントダメ旦那だな、俺。
「あの内診台に乗せられるのは
正直気が落ち着かなかったがな。
お前がいるのに先生に
『もっとまた開いて!!』とか
言われて恥ずかしかったよ。」
「俺の方から見えないようにはなって
いたんですけどね。
でも色々検査結果の説明も
分かりやすくしてもらえて助かりました。
現在、だいたい妊娠2ヶ月、7週目くらいで、
予定日が来年3月の後半くらいなんですよね。」
「ああ、最後の生理が6月末くらいだったからな。
何とか今の中3達はちゃんと見送れそうで良かったよ。
お腹の子もそうだが、あいつらも無事に
進路が決まって卒業出来ればいいんだが•••」
妊娠しようと軸のぶれない司さんの姿勢に
改めて感心。
どこまで行っても『先生』なんだよな、この人。
産休後しっかり復帰出来るように、
子育ても十分に協力せねば•••、
っていくら何でも先走りすぎか。
「ははは。流石『生徒想いの梅原先生』ですね。
安心してください、司さん。
一番怪しかった合田も最近なんか
勉強にやる気を出し始めたみたいですから。
あいつらなら大丈夫ですよ。」
「そうか、なら少し気が楽になるかな。
あいつらがなんかやらかしそうになったら、
『う、お腹が•••』とか言ってやろうか。」
「あはは、意外と怒鳴られるより
効くかもしれませんね、それ。
基本的に気のいい奴らですし。
まあ、阿佐ヶ谷とかは本気にして
救急車とか呼びかねない気がしますが。」
「確かにな。
受験もあるし、部長にはあまり迷惑を
かけないようにしてやらないと。
でも次の部長どうするべきかな。
順当に行けば副部長の吉祥寺なんだろうが。」
「面倒臭がりそうではありますけどね。
なんやかんや言っても引き受けてくれるでしょう。
副部長は今の1年から考えるか、
もしくは吉祥寺と仲の良い稲荷山ですかね。」
「コンビとして考えるとそうだな。
でも意外と部長、芦屋に任せてみるって言うのも
悪くないかもしれないな。
女子部長がいけいけどんどんなら、
男子部員もグダグダしてられないだろうし。
それでストッパー役として稲荷山を副部長にすれば
上手く回る気がする。
吉祥寺も留任してもらって、副部長二人でもいいだろう。」
「稲荷山、この世の終わりみたいな顔する気もしますけどね。」
「ふふふ。そうだな。」
剣道部の次期部長選びで盛り上がる俺たち。
今後防具を付けての指導は難しいだろうし、
直澄に高頻度で来てもらえるように頼まないとな。
俺自身ももっと精進しないと。
そんなことを考えていると
今度は司さんが苦笑しているのに
気がついた。
「司さん?」
「あ、すまない。
結果は基本的に良かったから
ホッとしたんだが、
あの件だけは流石に
驚いてな•••」
「ああ、確かに•••
いや、もちろんそれも
嬉しいんですが。」
「私もそうだぞ。
でもな•••」
お互いに少し困った顔で
互いを見合う俺たち。
今回の検査は順調そのもの
だったのだが、
1点だけ、
驚きの事実が明らかになったのである。
それは•••
「自分が一人っ子で
少し寂しかったから、
子どもに兄妹は作って
やりたいけど、
何度も産休を取るのは、
教師として辛いなあとは
思っていたんだが•••」
「まあ、そうですよね。
基本喜び2倍なんですが、
どっちも元気に育ってくれるのか、
心配も2倍な気が•••」
「ううー。」
「あ、だ、大丈夫ですって。
どっちも順調だし、
二絨毛膜二羊膜双胎だから、
トラブルも少ないはずだって、
先生言ってくれてたじゃないですか!」
ああ、もう変に司さんを
弱気にさせて俺のアホ!!
子どもが『双子』だったからって
俺がうろたえてどうするんだ!!!
そう今回判明した衝撃の事実とは
お腹の子が双子ちゃんだったことである。
まだ一卵性なのか、二卵性なのかは
はっきりと分かっていないが、
膜性診断っていうので、
赤ちゃんの部屋が二つになっていたから
多分二卵性かなーとのことである。
どちらであるかはおいておいて、
部屋が分かれている方が赤ちゃんの
リスクは少ないらしいので、
その点については良かったのだが、
未だに軽く混乱中であった。
「帰って報告したら、
また大騒ぎになりそうだな。」
「そうですね。
まだ性別も分かっていないのに、
名付け談義とか始まりそうで
怖いです。」
「お姉さん達ならありそうだな。」
まあ、この初診で
切迫流産等危険な状態が
分かることも多いらしいから、
基本的にいいニュースばかりで
良かったとしないといけないかな。
「でももう一回、
母様に電話しないとな。
元々初診の結果が分かったら
もう一度電話くださいとは
言われていたんだが•••」
「本当に俺、
直接挨拶に伺わなくていいんですか?」
「電話口でも挨拶したんだから、
それでいいだろう。
それに実はまだ父様には
教えていないらしいから、
正直このお盆は来るなって話だ。
急に学校の仕事が入って
来れなくなったということにして
くれるそうだ。」
「なんでまた?
うちの家族ならもう十分報告してますから、
大丈夫ですよ。」
「いや、そうでなくてな•••」
バツの悪そうな表情をする司さん。
実は昨日の妊娠判明後、
司さんは妊娠したことを
ご実家や果穂先生、ユキちゃん達、
親しい人に電話やメールで報告していたのだ。
もちろんすでに夜遅くだったから、
ごく一部の人達に対してではあったが。
司さんのお母さんには俺も
電話で挨拶させてもらったんだが、
その際、本来ならお盆の後半
司さんの実家に伺う予定だったのだが、
その件がキャンセルになったという
ことを聞かされたのだ。
「もしかしなくても
結婚前に娘を妊娠させやがって
ふざけるなってことなんでしょうか?
お義母さんは優し気な声で
激励してくださったんですが、
実は烈火の如く怒っていたとか•••」
「いや、母様は
『初孫、嬉しいわ♪』ぐらいの
感じだったから、
全く問題ないんだ。
古くからある家の出だが、
柔軟な人だからな。
でも父様がな•••」
「お義父さんが?」
「はあー。」
盛大なため息をつく司さん。
えと、司さんのお父さんって
剣道九段教士、
全日本剣道選手権大会で優勝したことも
ある剣の達人で、
警察官や自衛官の幹部にも多数の弟子が
いるって噂の•••
「えっと、お義父さんに
知られるとまずいってことですかね。」
「まあ、簡単に言うとな。
古風な人だから、
私を勘当するとか言い出すくらいなら
いいんだが、
本当に真剣持ってお前を襲いに来かねない
人なんだ。
流石にお弟子さんたちが、
止めてくれるとは思うんだが•••」
「•••マジっすか。」
背中に嫌な汗をかく俺。
いや、俺のせいで
司さんが勘当なんて
そっちの方ももちろん
認める訳にはいかないが、
それにしてもなんて言うか•••
そんな風に俺が困惑していると、
司さんは気持ちを切り替えるように、
軽く自分の頬を叩いた。
「よし!
とにかく今は母様に
任せておこう。
今、ああだこうだと
心配してもしかたない。
渉、私はお腹がすいた!!
おすすめのお店を紹介してくれ!!!」
「ええ、ああ、はい。
じゃあ、港亭にでもいきますか。
うちの母校のOBがやっていて
すごくおいしいんですよ。
多分今もやっていると思うんですが•••」
「じゃあ、エスコートしてくれ。
しっかり食べてお腹の二人に栄養を
やらないとな。」
「あはは。分かりました。」
そう言って俺は改めて
司さんの手を握り直した。
驚きの新事実が発覚し、
司さんのお父さんへの報告という
新たな難題も浮かび上がってしまったが、
今は昔懐かしいこの町を
愛しい人に紹介するのを楽しもう。
店長、元気かなー。
以前とは少し違う町並みから、
かつて先輩によく連れていってもらった、
馴染みの店を探す俺たち。
正式に妊娠が判明し、
ここからが本当に大変なんだろう。
でもこうして彼女の手を握っていられる限り、
俺は大丈夫だ。
『二人』とも。
しばらくしたら、
騒がしくなるかもしれないけど、
勘弁してくれな。
俺は彼女のお腹に
少しだけ目をやってから、
目的地までの道順を
割り出そうと、
スマホをいじりだしたのだった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
ということで、
お腹の子は双子ちゃんです。
名前や性別も今後明らかに
していきますので、お楽しみに。
あと梅原父や母の情報も出しましたが、
9月10月にはがっつり出て来て
くれるかと思いますので、
こうご期待。
また剣道部話で
寺町朱穂さんの剣道部キャラ達の
名前を出させていただきました。
夏の陣でお忙しいと思いますが、
良ければフリとして使ってくださいな。
また桜月りまさんのユキちゃんにも
13日に報告メールを送っております。
梅雨もよろしくお願いします。
また最後に出て来た
港亭はもうひとつの作品
「いつかまたあの公園のベンチで」
に出てくるお店です。
こっちも早く更新しないとなー。
次は海江田の町で
お買い物です。
お見舞いに来てくださった方や
お世話になった方にお中元お送りしまーす。