8月13日 その6 もう勘弁してください!!!
PM8:15
ピピピピ。
鳴り出したタイマーを
止める姉さん。
すでに仏間には
寝てしまった美咲以外の全員が
集合していた。
「ふっふーん♪
3分たったし、
そろそろオッケーかなー。」
「何が始まるんよ、薫。
新発売のカップラーメンでも
作ったん?」
「やだなー、お母さん。
そんなわけないじゃん。
もっと’楽しい’ものだよ♪」
「ね、姉さん、ちょっと話が」
「ワー君はちょっと黙っててね。」
「な、そんな言い方」
「ヘタレなワー君に金言。
『大事なことを自分でさっさと言い出さない奴が悪い。』
文句ある?」
「•••」
「よろしい。悪いようにはしないから、
そこで大人しく座ってなさい。」
「薫さん•••」
「ごめんね、マー君。
この件に関して、
私、譲る気が全くないの。」
「•••渉、すまん。」
何とか局面を打開しようとした
俺を即座に斬って捨て、
最愛の夫の諫言すら
にべもなく断った姉さん。
ルンルン気分に見えて
実は相当にマジらしい。
今も真っ赤になって俯いている
司さんの手をしっかり握っているし。
本来ならその役割は俺のもののはずなのだが、
すでにそんなことを主張出来る状況にはない。
俺にできることはこの情けなさ過ぎる状況で
いかに恥の上塗りを避けるかだけだろう。
「では本日のメインイベントに移りたいと
思います!
そもそも今回司さんにわざわざ
この家まで出向いてもらったのは、
何も可愛い義理の妹候補をひっぱり回したかったわけでも、
実家にサッパリ帰ってこない姉不孝な弟を強制的に帰省
させるためってわけでもありません。」
「十分そのつもりもあったんだろ、その口ぶりは。」
「ワー君。つまんない茶々入れてると、
その生涯に拭いきれない汚点を残す羽目になるよ♪」
「本当に申し訳ありませんでした、お姉様!」
「苦しゅうない♪」
本当に俺に発言権はないらしい。
マジでどこまでやられるのか、
すでに絶望的な気分だ。
あー、こんなことだったら、
ここに来る前に例のものを入手して、
無理矢理にでも司さんを
トイレに俺の手で連れ込む
べきだった!!
「もちろんうろな町のワー君のお家で
司さんとお話しして、
『この人ならワー君を任せられる!!』
と確信したのは間違いないのですが、
彼女の体調のことを聞いて、
女の勘がビビビっと反応したのです。
今日の午前中美咲を司さんにお任せして
買い物に出かけていたのは
その勘を確かめる器具を購入するためです。」
いや、美咲を預けたのは、
単に久しぶりに娘の世話を気にせず
買い物がしたかっただけだろ。
「正直ワー君が午前中にうちに到着するのは
織り込み済みだったので、
美咲を世話する司さんの姿を見て、
言うべきことをさっさと言っておいてくれないかな、
という期待もあったんですがね♪
ワー君、ちょっと決心するのが遅かったね♪♪」
俺は心の声ですら抵抗を許されないのかーーー!
しかも俺の行動、完全に読まれてる!!
「薫、一体なんのこと言っとるん?」
「もう、お母さん、おニブさんなんだからー。
女の勘で赤ん坊と来たらこれに決まってるじゃない♪」
「あ、なるほどー。こりゃ、めでたい話みたいだねー♪」
姉が後ろ手に隠していた物体を机の上に
出したことで、事態の大枠をようやく理解した母親。
その反応にさらに俯く司さんと俺を同情の目で見つめる雅樹。
そしてネット上でしか見たことのないその器具を、
呆然とした表情で何とか認識する俺。
これでこの場にいる全員が一体これから何が行われるのか、
大体理解しただろう。
とはいえ、すでにアクセル全開である姉さんが、
何となく分かったで済ましてくれるはずなどなかった。
「それでは渉君に質問です。
これは何でしょう?」
「•••」
「分からないってことはないでしょう。
あなたも気づいていたはずなんだから。」
「いや、でもそれ、ごく最近の」
「ぐだぐだ言ってないで答えなさい。」
「•••妊娠検査キットです。」
もうホント勘弁してください!!!
てかいっそ殺して。
「正解♪
すでにキャップをしてるけど、
採尿部に尿をかけると妊娠しているかどうか、
検査出来る器具です。
先ほど司さんに使用してもらいました。
ちなみに私が指で隠している部分に
判定窓があります。
ここに一本しか赤い線が出てこなかったら、
陰性、つまり妊娠してはいません。
一方で2本赤い線が表示されたら、
陽性、つまり•••お母さんに二人目の孫ができたということよ♪」
「楽しみだわー。」
「ちょっと待ってくれ!!!」
姉さんが
『まだ抵抗するの?』みたいな目で見て来て、
正直背筋が凍りそうだが、
それでもここで怯む訳にはいかない。
司さんの意思を確認せずにこれ以上
進めさせるのは絶対ダメだ。
「司さん、結果を受けてどうするのかは
ひとまず置いておいて、
本当に今この結果を確認して大丈夫?
司さんが見るのが嫌なら、
今すぐ姉さんからキットを奪い取るから。」
「ワー君、ひどい!!」
「色々考えてくれたのには感謝しているよ、姉さん。
でも頼むから今は黙っておいてくれ。」
「•••もー。」
そう言って一旦口を閉じてくれる姉さん。
後が怖すぎるがとりあえずホッとした。
「どうします?
ここでは言いにくかったら、
部屋から出て言ってくれてもいいんですよ。」
「だ、大丈夫だ。」
そう言ってゆでダコのようになった顔を
何とかあげてくれる司さん。
「本当に?」
「あ、ああ。
み、みなさんに見てもらうのは、
恥ずかしくはあるが、
ぜ、全然嫌ではない。
そ、それに•••」
「はい。」
俺は彼女の言葉に全神経を集中させ、
全力で色々なものを押さえ込んで
彼女の言葉に応じた。
いつの間にか仏間の雰囲気が変わって来ている。
「こ、これはもちろん、
お前の思いもすごく大事だから、
お前がい、嫌というか何と言うか、
そうでないならそれはそれで考えないと
いけないんだが。」
「俺が司さんの想いを嫌だなんて言うことはありませんよ。」
「はう。」
精一杯の笑顔を作って言葉を紡いだつもりだったが、
彼女の言葉を止めてしまったらしい。
本当、まだまだ修行が足りない。
「すいません。続けてください。」
「あ、謝らなくていい。
そう言ってもらえるのはとても嬉しいから。」
「ありがとうございます。」
今度の笑顔の方がほんの少しだけ
自然に出来た気がする。
その証拠と言えるかは分からないが、
司さんもはにかみながらも
笑い返してくれた。
「うん、私としては、
その仕事の問題とか、
それ以前に結婚していないのにとか、
色々ぐるぐるしてはいるんだが•••、
そ、それでも、
その、で、できてたらいいなと、
そう、思っているんだ、
渉との•••こども。」
「はい。」
ああ、生きてて良かった。
この言葉を聞くために自分は生まれて来たのでは
なかったのか。
そんな気さえする。
とはいえ、ここであまり感慨に浸っている
訳にはいかない。
話を進めて行かないとな。
「俺も同じです。
俺も司さんとの子どもができているのなら、
すごく嬉しいです。」
「あ、ありがとう。」
俺の返答に俯きながらも
応えてくれた司さん。
よし、これで次に進める覚悟は出来た。
「う、うー、お母さん、もう泣きそう。」
「お母さん、は、はやしゅぎるよ。」
「はい、薫さん、ハンカチ。」
「ま、マー君、ありがとう。」
すでに感激モードのうちの家族達。
いや、まだ結果出てないからね。
「姉さん、感極まっている所悪いんだけど。」
「わ、分かってます。
もうやっぱりワー君には敵わないなー。
少しはお姉ちゃんの威厳を見せつけられると思ったのに。
それではお待ちかねの結果発表でーす。
じゃじゃじゃーーーーーーーーーん!!!」
その効果音はどうにかならないのかと正直思ったが、
まあ、ここは仕掛人のセンスを尊重しよう。
それはおいておいて、
10個の目が姉さんの指が外された、
小さなスペースに集中。
そこにあったのは•••
2本の赤いラインだった。
「司さん。」
「は、はひ!」
確認したら、
いの一番に第一声を発しようと思っていて、
逆に司さんを驚かせてしまった。
本当に修行が足りないな、俺。
「驚かせてすいません。」
「い、いや、大丈夫だ。
ど、どうしたんだ?」
何とか気を取り直してこちらを見てくれる司さん。
よし、いくぞ。
「俺、こうやって姉さんにアシストしてもらわないと、
あなたの妊娠についてちゃんと話をできなかったような、
とんでもなく情けない奴ですけど、
でもそれでもあなたのおなかの子の父親として、
誇れる人間になれるようにこれから頑張っていきますので、
おなかの子、産んでもらえませんか。
その子のお母さんになってもらえませんか。
お願いします。」
正直色々考えたけど、
なんて言えばいいのか全然分からなかった。
とりあえず今思ったのは
これから父親として頑張りたいということと、
その子に会いたいということだけだったので、
とにかく何とかその想いを言葉にしてみた。
なんちゅうか、勝手な言い草になってないか、
全く自信はないのだけども、取りあえず、
こうするしかないとおもって、口に出し、
頭を下げた。
すると司さんはどこか、
少しだけ怒ったような、
でも優しい声で
自分のおなかを撫でながら、
答えを返してくれた。
「お願いされるようなことじゃない。
私はとっくにこの子のお母さんなんだから。
それにこの子や私のことを考えてくれる
お前が、情けない奴なわけ、ないじゃないか。
頭を上げろ!もっと、胸をはれ!!
•••なあ、お前のお父さんは結構かっこいいだろ。」
司さんの叱咤で顔をあげ、胸を無理矢理張った俺は、
自分のおなかにむけて最後にそう呟いていた司さんの姿を
恐らく死ぬ時まで決して忘れることはないだろう。
それくらいにその映像が、その声が、
鮮烈に俺の魂に刻み込まれた、
そんな気がする瞬間であった。
「うわーん!!司さん、おめでとーー!!!うー!」
「よかった。よかった。バンザーイ!!バンザーイ!!」
「二人とも、夜中に騒ぎ過ぎですよ。
でも司さん、本当におめでとうございます。」
一瞬の静寂の後、
司さんに抱きついて泣きながら祝福する姉さんと、
感極まりすぎてトチ狂ったのか万歳を繰り返す母親を、
良く出来た婿がなだめていた。
父として、母としての二人っきりの貴重な時間は
瞬く間に終わってしまったらしい。
とはいえ、これからこの人達に助けてもらいながら、
おなかの子を育てていくのである。
これくらいはしょうがないと思うべきだろう。
いつの間にか、母さんにも抱きつかれて、
二人の大泣きっぷりに少し苦笑していた司さんであったが、
同時に盛大な祝福を受けたことに
この上なく幸せそうであった。
それを見ているだけで、
俺も十分に幸せであった。
いつか子ども達に、
自分達が『いる』と分かった時に、
みんながどれほど喜んだか教えてやりたい、
そんな風に思える楽しい雰囲気が
この仏間に満ちており、
俺はそんな大切な時間を
心ゆくまで堪能した。
『きっとあなたが見守っていてくれたからなんだろうな。』
仏壇に飾られた父の遺影を振り返り、
このお披露目会に参加したもう一人の
『家族』に心の中で深く感謝しながら。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
目が早く覚めてしまったので、
バイトに行くまでに書いてしまいました。
ようやく13日も終わりですが、
読み返すと恥ずかしくて死んでしまうかも。
本当にこの後改めてプロポーズなど書けるのかと
若干心配になって来ております。
とはいえ14日にも
色々イベントを考えておりますので、
頑張って書いていきます。
肝試しやバザーに触れられるのは大分
後になりそうですが、
ゆんるりとお待ちいただければ幸いです。