7月29日 二人にかかる虹
PM3:00
「木下先生、ここに裁決のサインいただけますか?」
「清水君、これ、俺がサインして大丈夫なのかな?」
「梅原先生がお休みの間は先生が生徒指導部のトップですから。」
司さんは倒れたあの日以降大事を取って
一週間ほど休みを取ることになった。
本人は、
「稽古もあるし、夏休みは見回りもしないと。」
と抵抗したものの、
「稽古は直澄に頼んでいますし、
見回りも俺と木下先生がいるので大丈夫です。
生徒達も心配してましたから、ゆっくり休んで
元気になってくださいね。」
と有無を言わせず休みを取らせた。
夏休みで普段よりは暇とはいえ、
剣道部顧問兼生徒指導部長である司さんの
仕事は夏休みでも決して少なくない。
イベントごとが多く、生徒達も浮かれて
羽目を外すことが少なくないので、
各所を回る必要も出てくるのだ。
司さんの名代として、
今こそ連携担当として積み上げて来た
ネットワークの使いどころではあるのだが、
まだまだ十分とはいかないのが正直な所である。
現在は直澄や木下先生に手伝ってもらいながら、
何とか回しているのが現状だ。
これを一人でこなしていたんだから、
本当仕事の上でも司さんには頭が上がらないよ。
連携担当のときのように新しいのを開拓して行くのは
得意でも、今までの関係を上手く使いながら
生かして人を動かして行くのは要努力だな、俺も。
「いや、でも清水君がいてくれて助かったよ。
梅原先生が倒れたって時には俺どうしようかと
思ったもん。
この前の水着大会も問題なく終わったみたいだし、
若くて頭のいい人が来てくれて助かるわー。
俺みたいなのはあんまり各所の繋ぎとか得意じゃないからさ。」
そう木下先生が苦笑しながらも俺を褒めてくれた。
「そんなことないですよ。
梅原先生の凄さを今も改めて確認している所です。
それに俺みたいなモヤシだけじゃ、不良連中への睨みや
警察への挨拶なんかは舐められますから。
木下先生が後ろでどっしり控えてくれているから
こっちも話を進めやすいんですよ。」
「そんなことないだろ。
梅原先生に鍛えられてるだけあって、
いい体つきになってきてるし、
新任なのにもう大分オーラが出て来ているよ。
流石、梅原先生の愛弟子だね。」
俺のおだてに対して
笑顔で切り返してくれる木下先生。
ここ最近梅原先生の業務を肩代わりする都合上、
木下先生とコンビを組むことが増えているが、
予想以上にしっかりしていて助かっている。
以前の印象だともっと頼りない感じだったんだが、
例の駄弁り部に相談に行って以来、
それまで以上に積極的になり随分自信が付いて来たと
司さんも以前褒めていたっけ。
まあ、そのせいで中1の横島に付きまとわれている件については
どこかでフォローする必要があるが。
夏祭りみたいな姿を誰かが見ていると
先生に被害が及びかねないからな。
あと「梅原先生の愛弟子」かー。
まだ、司さんと俺が付き合っていること
先生方に言っていないけど、
生徒の噂として広がってしまう前に
手を打たないとな。
夏休みは時間があるし、
その間に色々きちんとしてしまった
方がいいよな。
町役場に書類を取りに行ったり、
戸籍謄本の取り寄せとかしないと。
住民課だろうから、榊さんに相談すればいいのかな。
証人は•••。
司さんの親御さんへの挨拶は当然として、
うちの親に言うの、面倒だなー。
絶対姉さんの耳にも入っちまうし•••。
ここ数年全く帰ってないし、どんな反応されるやら。
ただ時間もないからとりあえず小林先生達に
お願いすることも考えなくちゃな。
水着大会の後、果穂先生に
「今度司ちゃんに関して大事な話があるから、お茶しない?」
とか言われたし、絶対色々気づかれているんだろうから、
思い切って相談してみるか。
それに指輪も•••、
って、全部司さんの体調が回復してからの
話だよな。
どう考えても先走り過ぎだよ、本当に。
そもそも俺がどういうつもりなのか、
ちゃんと言わないと。
心のストレスは体に来ちゃうからな。
あーー、そう考えると何か
責任重大な気がして来たー!!
「清水君、頭かきむしっているけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!こっちの書類もお願いします。」
「分かったよ。」
木下先生に声をかけられたことで、
ようやくぐるぐるしすぎていた思考をストップする
ことが出来た。
考えすぎても仕方がない。
「まずは司さんを安心させるためにも
生徒指導部の仕事を頑張ろう!」
心の中で自分にそう言い聞かせると、
俺は再び仕事に没頭していった。
PM7:00
「ただいまー」
「渉、お帰り。」
「うなー」
繁華街での見回り後、
家に帰るとエプロン姿の司さんと梅雨が
お出迎えしてくれた。
なんか嫁さんと娘がいる日常って
感じで、仕事で疲れた身としては
実に癒される。
3人で常時住むとなるとこの家も
手狭になってくるから、
本気で引っ越しも考えないとな。
それも司さんに元気になってもらわないと
始まらないが。
「ごはん、すでにできてるぞ。
今夜は麻婆豆腐だ。」
「うわー、いい匂い。
でも刺激物ってもう大丈夫なんですか?」
「いや、私の分には唐辛子系は使っていないよ。
夏に辛いもの食べるのは好きだったんだが、
そういう気にはなれなくてな。
でも食欲自体は少しずつ出て来たんだぞ。」
それは安心だ。
夏バテからくるものだと思っていたんだが、
そこまで熱もないのに怠さや食欲不振が続いていたと
いうからやはり大きな病気なんじゃないかと
心配になって来ていたし。
「良かったです。
あ、先にシャワー浴びていいですか?
暑い中見回りしていると大分汗かいちゃって。」
「苦労かけてすまんな。
あ、ちょっと待ってくれ。
風呂場にはユキのお土産が置いてあるんだ。
ユキの絵、すごいんだぞ。
しかもいきなり色が変わってな。」
嬉しそうな様子で少しよろめきながらも、
俺を風呂場に引っ張って行く司さん。
そうか、メールしてたけど、
ユキちゃん、お見舞いに来てくれたんだ。
本当、ありがたい限りだよな。
しかも絵を置いて行ってくれたのか。
プロの絵をタダでもらっちゃっていいのかな?
その価値を知っている俺は少しだけ
苦笑しながら、風呂場へと向かって行った。
PM10:00
「何度見てもすごく綺麗だよな。
これ、ユキが賀川と一緒に持って来て
くれたときはもっと暗い感じだったんだぞ。
それがユキがスプレーを振ると
マジックみたいに一気に明るくなってな。
しかもよく見るとその時よりは少し落ち着いて
別な味わいが出ているな。」
「カトリーヌでしたっけ。
その手法を使いこなしているのも
彼女の絵の特徴なんですよね。
扱いの難しい画材なんで取り入れている
画家は少ないらしいですが,
やっぱ凄いですねー。」
あの後部屋にキャンバスを
移動させた後、
二人でお風呂、食事を済ませて、
現在はベッドに横たわりながら
じっくりユキちゃんの絵を鑑賞していた。
画用紙サイズでそれほど大きいものではないが、
キャンバスや枠もずっしりとしており、
しっかりとした作品である。
これまともに買ったらいくらになるのか
なんて考えるのは、ユキちゃんの善意の贈り物
なので野暮ではあるのだが、
きちんとしたお返しを考えないとな。
お中元のカタログでも今度二人で見ようかと
思う。
絵の内容の方も岸辺の梅の花と
したたりおちる清水のせせらぎに朝の光が
さしこみ、虹がかかっているおり、
恐らく司さんと自分のことをイメージして
描いてくれたのだと思う。
俺と彼女の仲もこの絵のように
穏やかでありながら光が差し込む状況で
あるなら嬉しい。
「綺麗だけど、それ以前にホッとする絵だな。」
「そうですね。」
ベッドの上で俺に寄りかかっている司さんが
そう語りかけてくる。
血色も良く、大分落ち着いたようで良かった。
しばらく稽古に出ていないせいか、
少しだけふっくらとした彼女の感触が
どうにも愛おしい。
「見ていると何だか落ち着くよ。」
「そう言ってもらえればユキちゃんも
喜ぶと思いますよ。」
「そうか。今度改めてお礼を言わないとな。」
微笑む彼女の姿を見て、
その体温を感じているとドキドキは依然するのだが、
何かそれ以上に穏やかな気持ちになってくる。
俺と彼女の間にも、まだ虹のようにはかないものかも
しれないが、何か別の繋がりができつつあるんだろうか。
そうだとしたら、これほど嬉しいことはない。
「元気になったら、ユキへのお返しを買いに行くのに
付き合ってくれるか?」
「当然です。その時に一緒にジュエリーショップに行きませんか。
モールによさそうなお店があるのを見つけたので。」
「な、何だ。あ、もうすぐ誕生日だからか?」
「8月15日ですもんね。それももちろんありますが、
二人でお揃いのリングを作ろうかと思いまして。」
「そ、それはどういう」
「もちろん○○○○指輪としてですよ。」
「ふにゃ。」
俺の耳元での囁きによって、
司さんは可愛い声を出して
固まってしまった。
その真っ赤になってしまった顔にぐっときて、
さらにたまらなくなってくる。
「しょ、しょれはぷ、ぷろ、ん、んんーーー!!」
呂律の回らない様子で聞いてくる彼女の唇を塞ぎ、
静かにしかしねっとりと蹂躙する。
徐々に抵抗が失われ、
約1分後には俺の腕の中で完全に脱力した
茹で梅原の完成である。
「正式なそれは後日ちゃんと。
今日は俺がどういうつもりか
ちゃんと告げておこうと思いまして。
そんな感じで進めて行っていいですか?」
「••••••(こく)」
上気しすぎて、半ば目の焦点があっていない
司さんであったが、明確に首を縦に振ってくれた。
よし、では夏休みは仕事をこなしながら
その件もしっかり進めて行くとしよう。
そういえば盆前に母さん達がうろなに来たいって
言っていたし、その時に色々話しておくか。
ではこれでギリギリ理性タイムは終了ということで、
いただきまーす。
「うなー」
今日も仲よく”じゃれている”二人の
側で梅雨はユキちゃんの絵を観覧中。
今日仲良くなったお姉さんのホンワカさを
思い浮かべながらなのか、どこかご機嫌なご様子。
梅と清水を祝福する光と虹のもう一つの意味を
彼女だけが知っている。
盛夏の訪れをひしひしと感じながら、
今日も清水家長女は静かになった両親の
足元で眠りについた。
新たな出会いに胸膨らませながら。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
あれ、水着大会の話を待って、
それを今後に繋げて行こうと思っていたら、
単に清水と梅原を今まで以上にいちゃいちゃさせて終わってしまった(苦笑)
まあ、でも清水にちゃんとけじめをつけさせる準備もできたしいいかな。
今回は清水のターンでしたが、しばらく後また慌てふためくことになるので
お楽しみに。
そういえば木下をちゃんと書いたの随分久しぶりな気がする。
今後、出番あるかな?(笑)
アッキさんにいただいた横島さん次第な気もします。
桜月りまさん、いつも本当にありがとうございます。
ユキちゃんのお中元慎んでいただきました。
二人で選んだお返しをどこかで持って行くのでお待ちいただければ。
あとシュウさん、榊さんのお名前を出してしまいましたが、
例の件の担当って彼でいいんですかね?
この子が担当ですというのがあれば教えてくださいな。
次の話は水着大会の報告も含めた果穂先生からの呼び出しかなー。
あー、でものびのびになっていた草薙さんち訪問も早くやりたいし。
あと萌ちゃんをロリガラスさんに会わせに行かないと。
そこら辺をこなしていけたらと思います。