7月25日 梅原暁に死す!?
AM9:00
昨日までで課外講習や補習も終わり、
いよいよ本格的に夏休みである。
通常なら朝非常に忙しい時間帯であるが、
現在校内にいる生徒は部活動の練習に来ている
もののみで、その声が外からまばらに聞こえてくる。
部活動の指導に直接行く先生が多く、人もまばらなため、
朝の職員室にはゆったりとした雰囲気が流れていた。
俺も本来なら心置きなく梅原先生に剣道場で殴打して
もらっていられるはずなのだが。
もう練習も終わりの時間である。
「はー、漸く終わった。
全くこの如月 レイって女生徒
なんでこんな時期に転校してくるんだよ!」
すでに期末テストも終わり、
成績を付けた段階で、
突如として2年に編入して来た生徒によって、
成績表を含めた、多くの書類を書き直さなくては
いけなくなってしまったのである。
生徒達に渡す通知表の内容だけは何とか
昨日までに終わらせないといけないから
梅原先生にも手伝ってもらいなんとかこなしたが、
教育委員会に早急に送らなくてはいけない書類が
いくつか残っており、朝練への参加を泣く泣く断念して、
書類作成に打ち込んでいたのだ。
「まあ、本人は周りから可愛がられて溶け込んでた
みたいだし、別にいいかな。
勉強は塾にでも行っていたのか、かなり分かっているみたいだけど、
急に独り言を言い出したりするって数学の玉置先生が言っていたな。
あれがいわゆる不思議ちゃんって奴なのか?
そう言えば授業中稲荷山が如月を見て怪訝な表情をしていたし、
芦屋にいたっては授業中何度も
「先生、妖気がします!!」とか言い出す始末だし、
不思議ちゃんは伝染するのかもしれない。
こんな時期に転校っていうのは色々事情が
あるんだろうし、
夏休み中に一度家庭訪問でもしようかな。」
コーヒーを飲みながらそんなことを
考えていると、
急に職員室のドアが
大きな音を立てて開かれ、
胴衣のままの稲荷山が飛び込むように
中に入って来た。
基本クールなこいつがこんなに
焦っているなんて珍しい。
どうにかこいつの本性を
明らかにしてやろうと、
剣道部の練習では梅原先生に
近づいた罰との名目で
結構突っかかっていたり
していたのだが、ここまで
感情を露にしているのは
珍しいな。
仲の良い芦屋となんか
あったのか、ここ数日
落ち込み気味だったのが
心配だったのだが、
これだけ元気があれば大丈夫か。
とはいえ、さすがにこれは
注意しないといけないな。
「どうしたんだ、稲荷山。
職員室のドアをそんなに
思いっきり開けるのは感心しないぞ。」
「それどころじゃないんだよ、
清水先生、大変なんだ!
う、梅原、梅原先生が、
いきなり吐いて倒れたんだ!!」
「何だとーーーーーー!!!」
職員室に響き渡る俺の大音声。
ぎょっとする先生達。
俺のあまりの剣幕に
稲荷山も気圧されてしまっていた。
しかしそんな些細なことなど
今の俺には全く取るに足らない
ことであった。
「梅原先生ーーーーーー!!!」
職員室のドアを蹴破るようにして、
叫びながら剣道場へ走り出す俺。
その後方で冷静さを取り戻した
稲荷山が、
「す、すいません、お騒がせしました。」
といいながら静かに職員室のドアを
閉めていた気もしたが、
すでに俺はそんなの関係ねえ状態。
全てをかなぐり捨て全速力で
目的地へ向かっていった。
「梅原先生、すぐに病院へ!
院長を脅してでも可及的速やかな治療を!!
救急車、いやドクターヘリを!!!」
「頼むから、大事にしないでくれ。
芦屋、ありがとうな。
お前のおまじないのおかげか
少し楽になった気がするよ。」
「芦屋流の体力回復用符術は威力抜群ですから!」
準備室のベンチに寝かされた梅原先生を
芦屋が何やら読めない文字の書いたお札片手に
介抱していた。
梅原先生はまだどこか青ざめていたものの、
血色はそれほど悪くなさそうである。
命に別状のある事態というわけではなさそうだと
気づいて、俺はようやく全身の緊張を緩めた。
「取り乱してすいません。
でもタクシーを呼びますから、
とにかく病院へ。」
「だから大げさにしないでくれ。
最近暑かったり、雨が続いたりが
交互に来て体調が優れなかったんだ。
それなのに昨日稲荷山の『指導』を
真剣にやったものだから、体に
がたが来たのだろう。
このなりだから、昔は夏の稽古の時には
よくなったものだよ。
だからあんまり心配するな。
もう少し寝ていれば大丈夫だろうから。」
まだ辛そうでありながら、
大丈夫だと俺を宥める梅原先生。
芦屋がいなかったら、学校であることなど
忘れて抱きしめてしまったであろう。
「芦屋も心配をかけてごめんな。
打ち込んだらいきなり相手が倒れて心細かっただろう。
お前のせいでは全くないから気にするなよ。
あと稲荷山も清水を呼びに言ってくれて
ありがとう。
もう一人でも大丈夫だから、
二人とも着替えて来なさい。
清水、阿佐ヶ谷と吉祥寺に
片付けの指示を出してやってくれ。
あいつらなら大丈夫だと思うが、一応な。」
横になったまま実は涙目であった芦屋を慰め、
いつのまにか準備室の入り口に来ていた
稲荷山に一声かけ、
俺に指示を出す梅原先生。
病身であってもその視野の広さと
生徒への思いの深さは全く霞まない。
教師としては俺はまだまだ
この人の足元にすら及ばないだろう。
これ以上情けない姿を見せる訳にはいかない。
「分かりました。
じゃあ、二人とも行こうか。」
「は、はい。梅原先生、
お大事にしてくださいね。
稲荷山君、行きましょう。」
「あ、ああ。」
二人を連れて準備室を出る。
すでに俺の頭は今後のことに
向けてフル回転していた。
少し静かにしてあげた方が
彼女も楽だろう。
とはいえ部員達を返したら
すぐに家に連れて帰ろう。
しばらく練習の監督は直澄に頼むとするか。
梅原先生が倒れたことで不安そうにしていた
部員達に声をかけ、片付けや今後の予定について
指示を出しながらも、俺の頭は梅原先生の体の
ことで頭が一杯だった。
梅原先生に知られたら怒られそうだが、
今の俺にはそれで精一杯であったのだ。
PM0:00
「司さん、何か食べられそうですか?
食欲があるんでしたらお粥でもつくりますが。」
「ありがとう。
食欲自体はあると思うんだが、
最近どうも白いご飯が食べたいと思えないんだ。
昨日湯がいた素麺は結構いけたんだがな。」
「では煮麺みたいな感じにしますね。」
「それもいいな。手伝うぞ。」
「いいから、まだ寝ていてください。
梅雨、司さんがちゃんと寝ているか監視して
おいてくれよ。」
「うなー」
あの後職員室での仕事も超高速で片付けた俺は
梅原先生を連れて自宅に帰った。
一人では心細いだろうし、
こちらの方がお世話がしやすい。
まあ、最近は梅原先生がこちらで
寝泊まりすることも多く、
半同棲状態ではあったのだが。
これを機に正式に同棲ってことにしてしまうのも•••。
いけない、いけない。
梅原先生が大変な時に何を考えているんだ俺は。
大体こんなことになった原因は剣道大会後の
ロリブルマプレイで彼女に負担をかけたせいかも
しれないし•••
頑張ったご褒美とか言われて
ハッスルしちゃったもんなー、あの晩は。
そういえば、高校の方では生徒の家族が行方不明になって
大変だったと田中先生が連絡をくれてたよな。
高校の先生方が一晩中頑張っていたのに俺と来たら•••
「渉。吹きこぼれてるぞ。」
「あ、すいません。」
「全く煩悩丸分かりなニヤニヤ顔をしていると思ったら、
急に真面目でカッコいい表情になったり、
お前は見ていてホント飽きないな。」
どこか呆れたように、
それでいて優しい眼差しでこちらを見つめる
梅原先生、いや、司さん。
司さんと正式に(で、いいんだよな。)
お付き合いということになって以降、
さらに彼女にメロメロになっている自分がいる。
今日も彼女に何かあったのかと思うと、
全ての思考がストップし、
いても立ってもいられなくなっていた。
今の俺はもう彼女なしではどうにもならない気がする。
いや、もちろん今のままでは教師としても人間としても、
そして男としてもまだまだだとは分かっており、
彼女に寄りかかっていてはダメだとは身にしみているんだ。
ただそう分かっていても彼女への想いが
どうにも止まらなくなっているのだ。
まったく自分がこんな風になるなんて•••
まあ、ここまで行くともう色々な意味で覚悟を決めて、
それをエネルギーにするしかないよな。
よし、この夏休み、色々決めてしまおう、
そうしよう。
「あ、そうだ。」
俺の思考の迷路を突き進んでいるのを、
司さんの呟きがストップさせた。
「どうしたんですか?」
「いや、そう言えば、
今週末確か水着コンテストに出るって話だったんだ。
流石にこの体たらくでは」
「ダメに決まっているでしょ。」
俺のしかめっ面に司さんは苦笑いを浮かべた。
「いや、私も別に乗り気ではなかったんだぞ。
でも商店街の人達に頼まれて断りきれなかったし、
それに萌の退院記念に果穂達も連れて一緒に水着を買いにいったり
したから、折角の新しい水着を着ないのもどうかなって思ってな。
個人的に泳ぎに行ったりはほとんどしないから。」
そういう彼女の顔には多少なりとも残念そうな顔が浮かんでいた。
先生が水着を着たいとか言い出すなんて•••
ちょっと前までだったら
「そんな軟弱なもの!」
とか言いそうだったのに。
それだけでも脳髄にギュンギュン来ていたのに、
次の台詞は俺の理性を崩壊させるのに十分な威力であった。
「というか、折角だから、その、なあ、
•••お前に見て欲しかったりも、なんてな。」
はにかみながら微笑む彼女の姿を見て、
俺は何かに耐えるように鍋の取っ手を
強く強く握りしめた。
うおーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
俺の彼女はかわええぞーーーーーーーーーー。
ともすればそう叫びだし、
そのまま彼女に向かってダイブしそうな
魂の震えを必死に押し殺しながら。
どこか火照った感じの彼女を見ていると
「病気なんだから労ってあげないと」
というまっとうな思いやりを
「あーー、襲いてー。」
という野獣の本能が押しつぶして行きそうで怖い。
あれ、もしかして彼女にとって一番危険なのは
病気じゃなくて俺?
自宅で看病しようとしたのって実は失敗?
果たしてもつのか、俺の理性。
でもこんな状態の司さんに襲いかかったりしたら、
マジで果穂先生辺りに殺されかねない。
あー、可愛いって罪だーー!!!
徐々に柔らかく煮られていく素麺を
凝視しながら、俺は自分の愚かな
獣性と必死に格闘していた。
大人達の夏休みにもどこまでも楽しく、
そして大変な予感が漂っている、
暑い、どうしようもなく暑い夏の日であった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
暁というには朝9時は遅すぎるんですがね。
語感です、ごめんさない。
*天燕*さんのレイちゃんのお話を出させていただきました。
もし良かったら今度家庭訪問させてくださいな。
おかしな点があったらご指摘ください。
また寺町朱穂さんの稲荷山君と芦屋さんお借りしました。
作品では大変な状態のお二人ですが、
こんな感じで出させていただいて大丈夫だったでしょうか?
まずかったら遠慮なく言ってくださいね。
ということでしばらく梅原は清水の家でお休みしております。
剣道部の練習には高原直澄が行きますので、
よろしくお願いしますね。
清水は今後も学校に行っていますので、
遠慮なく絡んでくださいな。
梅原のお見舞いに来てくださるのも大歓迎でーす。