6月21日 その1 ユキの恩返し
PM0:40
「なあ、清水、これってどうやったら印刷できるんだ?」
お昼休み、国語科準備室で
梅原先生と二人でお手製弁当を食べていたら、
思い出したようにUSBを差し出された。
梅原先生がUSB?
一応持ち歩いてはいるはずだが、
テスト作成時以外にはほとんど触りもしないのに、
珍しいこともあるものだ。
「えっと、この中のデータのどれかを印刷すればいいんですかね。
いいですよ、どのデータか分かりますか?」
俺は弁当を一旦横に置くとタブレットにUSBソケットを付け、
渡されたUSBを差した。
画面上にこの前中間試験作成を手伝った時に整理してあげた
フォルダ類が表示される。
「えっと、確かユキは『その他』フォルダに入れてくれた
らしいんだが、名前は確か『お出かけマップ』だったかな。
どうやら賀川さんがユキの家からパソコンを持ってきてくれた
らしく、昨日それをお見舞いのお礼だ言ってくれたんだ。
恥ずかしいから中身は帰ってから見てくれと言われたんだが、
開け方自体よく分からなくて・・・。
とりあえず印刷したら見られるかと思ったんだが、
印刷の仕方もその・・・」
梅原先生はパソコンの操作が上達していないことに
凹んでいるらしく、モジモジしていた。
あー、ホンマ可愛えー。
いいですよ、いいですよ。
俺をファイル開閉ごとに呼んでくれても
構いませんよ。
俺をあなたのマウスにしてください!
あなたにずっと押されていたい!!!
「気にしないでください。
職員室での印刷はパスワードロックとか
かかっていて大変ですから。
えっと、このフォルダですね。」
俺はそんなアホな望みなどおくびにも出さず、
今までなかった新しいフォルダを開けた。
中には画像ファイルと音声ファイルが一つずつ
入っていた。
印刷するっていうのは画像ファイルの方だよな。
中身はっと。
おお、これはすごい。
この町の地図じゃないか。
主要な施設から東西南北の周辺地域、
さらには電車の路線図まで丁寧に書いてある。
しかも水彩画風で綺麗な上に、味がある。
一応この町にも観光マップとかあったはず
だけどこっちの方が全然いいよな。
でもユキちゃん何でこんなの作ったんだろう。
彼女殆ど出歩かなかったらしいし、
誰かに頼まれたのかな?
「で、どんなだったんだ。」
俺が考え込んでいると
梅原先生がこちらを覗き込んできた。
いけない、いけない。
とりあえず印刷してあげないとな。
タブレットで見せてあげてもいいけど、
元々A3サイズ以上みたいだし、
印刷して出してあげたほうが見やすいだろう。
「すいません。今そっちのプリンタで
出しますから。」
しばらくすると近くのプリンターから
鮮やかな地図が印刷されてきた。
それを見た梅原先生はとても感動していた。
「これ、ユキが書いたのか。
すごい!
あの子絵が上手いとは聞いていたが、
ここまでだったのか!!
うわー、見るだけでお出かけしたくなるような
楽しい地図だな。
これを使えば今後の視察もずっとはかどりそうだ。
ユキ、素晴らしいお礼をありがとう!!!」
印刷された地図を高く掲げて見る姿は
どこか子供っぽく、それでいて
子供に自分の似顔絵でも書いてもらった
母親のようでもあった。
問題児の世話をいつもしている彼女にとって
こうやって何か報いてもらえる瞬間というのは
至福の時間なのであろう。
さて喜んでもらえている所に水を差すのも何だが、
こっちの音声ファイルの方も聞いてもらおうか。
『司先生へ』って書いてあるし、勝手に聞くのも野暮だろう。
「梅原先生、なんかメッセージぽい音声ファイルがあるんですけど、
聞きます?」
「そうなのか!是非聞かせてくれ。」
そう言って来たので、
イアホンをタブレットにつなぎ、
梅原先生に渡した。
ちなみにイアホンは新品だから
あしからず。
「ん?お前は聞かないのか?」
「いや、梅原先生宛のメッセージ聞いたら
悪いでしょう。」
「ユキを助けたのは殆どお前なんだぞ。
変な遠慮はするな。
ほら、こっちのイアホンで聞け。」
と片側のイアホンを差し出してきた。
これ、何かで梅原先生が
音声を聞く必要があるときのために
買っておいた奴なんだけど。
まあ、昨日耳掃除したし、
使用後ちゃんと洗えばいいか。
俺はそう自分を納得させると
イアホンを自分の耳につけて
音声ファイルを起動させた。
そこに録音されていたのは
ユキちゃんの感謝と願いの言葉だった。
「えっと、聞こえてますか?
助けてもらって、
それから毎日お見舞いに来てくれて
ありがとうございます。
病院は退屈ですが、
先生のおかげで少し気が紛れます。
地図見てくれましたか?
あれはいつかお母さんが帰ってきて、
一緒にお出かけ出来るようになった時に
使えればと思って描いたものです。
実際に行ったことはないので
正確かどうかはわからないのですが、
私の大事な宝物です。
あの、その、もし良かったらで
いいんですが、退院出来たら、
その地図を持って私とお買いものに
行ってくれませんか?
お母さんと行けるのはだいぶ先に
なる気がするので、
司先生がよければなのですが・・・。
と、とにかくいつもありがとうございます。
失礼します。」
1分程の短いメッセージであり、
緊張からかマイペースな彼女に
してはどこか早口な話し方であった。
それでも彼女がこの地図に込めた
強く深い思いは十分に感じることができた。
「っん。っん。ユキ・・・。
絶対連れて行ってやるからな。」
自分のすぐ隣で
しゃくりあげながら泣いている、
そんな梅原先生を見て、驚くというよりも、
何か微笑ましい気持ちになった。
ユキちゃん、君の想いは、
十分に伝わったみたいだよ。
俺は気づくと梅原先生を抱き寄せ、
彼女の頭を撫でていた。
いつもなら怒るはずの彼女も
抵抗することもなく、
俺の肩に頭をあずけていた。
ユキちゃんを助けるための
大騒動を通して
少しは梅原先生と距離を
縮められたのかな。
そう考えるとお礼を言うのは
こちらの方なのかもしれない。
そんなことを考えながら、
梅原先生が泣き止むまで、
俺は彼女を黙って宥め続けた。
「うー、恥ずかしい・・・
雰囲気に流されて、
私は校内で何をしていたんだ・・・」
泣き止んだ梅原先生は、
今度は自分の格好に気づいて、
俺を振りほどくと急にモジモジし始めた。
そろそろお昼の時間も終わりに近い。
午後の授業の準備をしないとな。
「じゃあ、先生、私は次の時間の
プリントの印刷があるので
印刷室に行ってきます。
放課後の町役場訪問、
よろしくお願いしますね。」
そう言って俺が部屋を出ようとしたとき、
少し考え込んでいた
梅原先生が俺を呼び止めた。
つ、ついに愛の告白ですか!?
「なあ、清水、さっきの地図なんだが、
もちろんユキの宝物だから大事に
したいんだが、すごくいい出来じゃ
ないか。私だけで独占するっていうのも
どうかと思うんだよ。
あの地図をこの町の人たちのために
役立てることって出来ないかな。」
残念。そんなわけないか。
ちょっとがっかり。
でも、先生、その発想は
流石ですね。
教師の鏡ですし、ナイスタイミングです。
俺もそのことは考えていましたよ。
「素晴らしいです。
流石俺の梅原先生です。
今日の町役場訪問の
際にその件で町長にちょっと
提案してみようと
考えているんです。
楽しみにしておいてください。」
そう言って俺は
素早く国語科準備室を後にした。
背後から
「頼んだぞ。
ん?
だ、誰が『俺の』だーーー!!!」
と叫ぶ梅原先生の声が聞こえたが
気にしない。
ユキちゃん、君の宝物、
最大限活用させてもらうね。
梅原先生の泣き顔を見せてくれた
お礼も兼ねて、
倍以上にして返してあげるから
期待しておいて!
俺は心の中でそう呟くと
放課後の町役場訪問と
明日の第二回教育を考える会
に向けて改めて策を練り始めた。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
BBS上で作成されたうろな町簡易地図は
桜月りまさんの
「うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話 」
の主人公、宵乃宮雪姫さんが描いた
ものであるという設定を用いたお話です。
桜月さん、だいぶ大胆にやっちゃいましたけど大丈夫ですかね?
ユキちゃんのセリフ、そもそもの内容についてもさすがにまずいというのが
あれば遠慮なく言ってくださいね。
町役場の皆さん、お待たせしてすいません。
訪問話は明日以降になりそうです。
気長にお待ち頂けると幸いです。
次はまずは企画課の方に伺おうかと考えております。