6月19日 その1 オオカミ少女の勝利
PM4:20
「もー、もっとスピード出ないんですか!?」
「香乃子、無理言っちゃだめだよ。」
「でもこのまま行くと多分間に合わないぞ。」
助手席、後部座席から生徒達の声が聞こえてくる。
正直運転の邪魔だが、原因がこちらに
ある以上文句も言えない。
さっさと急いで、病院に着かないと。
本日は4時からうろな高校•うろな中学校の
文芸部が合同で病院の院内学級の子ども達を
対象に読み聞かせボランティアをすることに
なっている。
4時から4時半までが高校で、
4時半から5時までが中学校の担当なのだが、
4時20分現在まだ病院からそれなりに
離れた場所で信号待ちの状態だ。
本来は3時50分頃には病院に着いている
予定だったのだが、
俺が遅れてしまったのだ。
「まったくこんな日に限って
稽古後男子更衣室で寝こけてるって
何考えているのよ!」
「しょうがないよ、先生だって色々疲れてるんだから。」
「鬼小梅が先に病院に行く時に一緒についていくべきだったな。」
うちの文芸部のコンビネーションはいつもどおり
見事だった。
桜沢がつっかけ、河野がフォローし、水野がとどめを刺す。
最近は毎回こんな感じで責められている気がする。
いつもなら、ここで俺が河野にセクハラをして、
桜沢が俺をどつき、水野が締めるんだが、
運転中にそんなことをする訳にもいかない。
今回は普通にそれぞれ絵本を選んで、
3人分かれて朗読する予定だが、
次回は3人でオリジナルの話を
考えさせて寸劇をしてみるってのも
おもしろいかもな。
「それじゃ演劇部です!」
と確実に桜沢には怒られるだろうが。
「でも香乃子。みんなの前で朗読するってちょっと緊張するね。」
「大丈夫よ。堂々としていれば問題ないわ。
水野君、ちゃんと読むのよ。さぼったらダメよ。」
「そんなことしねえよ。面倒ではあるがな。」
俺を責めるのにも飽きたのか、
3人でこの後のことについて話し合っていた。
しっかりした奴らだし、上手くやるだろう。
その後萌ちゃんとの懇談が終わったら、
帰りに流星で飯でもおごってやるか。
そんなことを思いながら、
俺は違反にならないギリギリの
スピードで木下先生に借りた
バンを走らせた。
PM4:26
「あー、何とか間に合いそうだけど。
高校の先輩達の発表殆ど終わっちゃいそうじゃない。」
「中学時代から結構有名人だったらしいから
確かにちょっと聞きたかったね。」
「嘘八百の高城にフルムーン香月だろ。
鬼小梅が、自分の教え子の中でも5本の指に入るくらいに
面倒な連中だったと言ってたぞ。
正直あまりかかわり合いになりたくないんだが。」
俺たちは車を駐車場に置くと、
急いで病院の院内学級に向かっていった。
院内学級には子ども達だけでなく、
保護者や他の入院患者、
病院関係者も見に来ているようで
なかなか盛況なようでっあった。
「う、大分緊張して来たよ、香乃子。」
「だ、大丈夫よ。こ、このくらいなんてことないわ。」
「はあー、別に目立ちたくねえのに。」
さすがに3人も少し緊張気味なようだ。
まあ、高校生達も緊張しながら
やっているだろうし、
その姿を見たら落ち着くだろう。
「ほら、中に入るぞ。
まだやっているみたいだしラストだけでも
見学させてもらおう。」
入り口の院内学級の先生に挨拶を
してから中に入れてもらった。
さてさてどんな内容をやっているやら。
なになにプログラムでは内容は『オオカミ少年』か。
まあ、嘘をついちゃダメだという訓辞的な内容だし、
こういう場面にはちょうどいいよな。
今回高校側の引率は田中先生らしいし、
無茶なものにはならないわな。
実際に中に入ってみるぞ、
「頑張れー」とか「いいぞー」
みたいな声が聞こえて来た。
ん?オオカミ少年に応援すべき部分などあったか。
オオカミが来たと嘘をつきまくった羊飼いが、
本当にオオカミが来た時に町の人に信じてもらえず
羊を全部食べられてしまう話だろ。
なんでこんなに盛り上がっているんだ。
3人を先導して
どうにか内容が分かる場所まで出てくると
何故そんなことになったのか、分かった。
うちの生徒達は
「さすが高校生。ちゃんとオリジナルに変えて来たのね。」
「うん、すごい殺陣だよね。」
「というか朗読はどこにいったんだ?」
との感想。
確かにスゴいんだが、これは•••。
横目で田中先生を探すと
口をあんぐりと開けて、
真っ白になっている彼女を
発見した。
何か心労をおかけしてばかりですいません。
田中先生をそんな風にしてしまった
高校生達のオオカミ少年?はいよいよ
ラストを迎えていた。
「ぐふ!羊神拳だと。
忌々しい羊飼いめ。そのような力を隠していたとは•••。
このオオカミ大王をわざとおびき寄せるために、
町の人間達を遠ざけていたというのか•••」
「ふふふ。それだけではないよ。
彼らを遠ざけていたのは、
愛しい羊君との逃避行を
カモフラージュするためさ。
君たちの死体が転がっていれば、
嘘つきの羊飼いと羊が一匹いなくなって
いたとしても、食われてしまったのだろうと
思われて終わりさ。
つまり本当の『エサ』は羊ではなく君たちだった訳だ。」
「なんということだ。
貴様の嘘は俺たちだけではなく、
町の人間達をも2重にだましていたというのか。
自分の目的を果たすためとはいえ、
人間の意思の何たる恐ろしいことよ。
む、無念。」
バタン!
オオカミ役の着ぐるみを着た男子生徒が
床に胸を押さえながら倒れ込んだ。
どうやらさっきまで羊飼いとオオカミが戦っていて
羊飼いの勝利に終わったようである。
しかも完全に「嘘をついた方が勝ち」みたいな結論になってるし。
そして最後羊飼いの格好をした女子生徒が堂々と観衆に向けて宣言した。
「ふ、良い子のみんなには、少し難しい話だったが分かったかな。
大事なことは自分の大切なものを守るためならば、
嘘をつくことを恐れてはいけないということだ。
人になんと非難されようが、
自分の心の中にある願いを大切にしてくれたまえ。
そう、私の羊浩二君への愛のようにな。
君たちの真摯なる嘘が卑屈な真実に打ち勝つことを祈っているよ。
それではどこかでまた会おう。
アディオス!!!」
そうまるで女性劇団の男役のように言い放つと、
彼女は傍らにいた羊役の男子生徒の
腕を取り、半ば引きずるように舞台袖へはけていった。
それに対して引きずられて行く男子生徒は
「誰が、羊浩二ですか!僕は綾瀬浩二です!
というか高城先輩、全然始めの予定と
ちがうじゃないですか!
どんだけ自分の嘘を正当化したいんですか、あなたは!!
香月先輩も何気分出して
『オオカミ大王』とか名乗ってるんですか!
ああもう、いい子のみなさん、
嘘はだめですよ、本当に!!!」
と必死になって弁解を試みていた。
ただし観客からは万雷の拍手と共に
「羊飼いのお姉ちゃんかっこいいーー」
「羊神拳強えーー」
との声援や
「羊君、お幸せにーー」
などの野次が飛ぶばかりである。
さすが梅原先生をも手こずらせたという問題児達。
ボランティアも一筋縄ではいかないか。
まあ、メッセージとしては完全な変化球ではあるが必ずしも
ダメな内容ではないし、別に良いか。
流石に苦笑いしている人たちも多いけど、
病院に明るい話題は十分振りまけたようだな。
ではうちの生徒達は真面目な朗読をすることで
上手くバランスを取りますか。
俺はポカンとしている文芸部の生徒達に
声をかけると、彼らの出番に向けた
準備を整えていった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
前に予告していた病院での朗読会と
中高文芸部の交流を一緒にやってみました。
深夜さんまたまた中学文芸部の3人お借りしました。
問題があればご連絡ください。
シュウさん、高校文芸部の3人に出演していただきました。
初めて彼らを使わせていただきましたが、
かなり筆が乗って、結構無茶させてしまいました。
設定とずれとかありましたら、言ってくださいね。
長くなってしまったので、
萌ちゃんとのお話や
ユキちゃんのお見舞いは次話にしようと思います。
ではよろしくお願いします。