6月17日 その3 彼の手管vs彼女の意地
PM4:00
走り続けること30分ほどで土曜日に来た
小屋に到着した。
「はー、さすがに少し疲れたな。
清水大丈夫か?」
「はー、あー、んあー、なんとか。
まあ、週末のデスロードに比べたら
随分ましですから。」
流石に息づかいが荒くなっている梅原先生に
気遣われた俺は、
息をぜーぜー吐きながらも
なんとか答えた。
全身に疲労はあるが疲れきってはいない。
とにかくこの前来た時の3分の1以下で
これたのだからそれでよしとしよう。
「あ、お疲れ様です。
タカさん、このお二人がそのエキスパートの
方なんですか?」
「おうよ。
うろな中学校の梅原先生と清水先生だ。」
「清水と申します。よろしくお願いします。」
「賀川さんいつもありがとうございます。」
「ああ、梅原先生と例の新任の先生ですか。
でも梅原先生、私の名前は賀川じゃなくて、
時貞なんですが•••。
ああ、もうそんなことはどうでもいいです。
彼女またしんどそうなんです。
早く説得して病院に連れて行きましょう!」
濃い緑の大きな水玉が散っている制服を着ている若い男性は
こちらに挨拶した後、そう俺たちを急かした。
ずいぶん宵乃宮さんのことを心配しているようだが、
親しいのだろうか?
前田さんも何かニヤニヤしているようだし、
この騒ぎが終わったら色々突っ込んでみるか。
病状の回復にしても、その後の社会への参加にしても、
支えてくれる人間は重要だからな。
「分かりました。梅原先生、ちょっと
こっちの荷物も持ってもらえますか。
とりあえず話をしながら応急処置と
診療の準備をするので補助をお願いします。」
「わ、分かった。頼んだぞ。」
俺は身軽になるとこの後の作業のイメージを
もう一度頭に叩き込み、ドアを開いた。
ユキちゃん、お覚悟!
中に入るとタオルケットにくるまった髪も肌も真っ白な
高校生くらいの少女がネグリジュ姿で
横たわっていた。
息が荒く、かなりの高熱であるようなのに、
血色があまりよくない。
低血糖気味なのだとしたら早急に水分と一緒に
栄養剤をとらせないと。
それだけだったらいいんだけど。
「何度言ったらわかるんですか!?
私はここで母を待ちます。
だから放っておいてください•••」
彼女は半死半生の体でありながら
大きな声でこちらを追い払おうとするが、
体の辛さからか声が尻すぼみになっていた。
苦しいはずなのに良い根性してるじゃないか。
気に入った。
やはり何としても助けてやる。
こういう相手に対して直球勝負はダメだよな。
いくなら思いっきり変化球でだ。
無間封頼殺パターンB、召し上がれ。
俺は頭の中のスイッチをカチッと切り替えた。
「そんなこと言わずに」
「オーー。アイタカッタヨー、ヨイノセンセー!!
ワタシ、アナタノダイファンデース!!!」
「「「「「はあ?」」」」
優しく諭そうとした梅原先生を遮り、
俺は両手を広げてエセ外国人風の口調で
一気にベッド側まで詰め寄ると
宵乃宮さんの手をとった。
うん、やはり手先が冷えきっている。
さっさと処置しよう。
宵乃宮さんを含めた俺以外の4人は
俺の奇行に唖然としている。
すいません、敵をだますには
まず味方からなもんで。
「ウメハラセンセー、カバンから
スポーツドリンクと栄養剤、ソレと
ストローダシテクダサーイ。
栄養剤コマカーク砕いて、
スポーツドリンクにイレターラ、
ストローさして持って来てクダサーイ。」
「一体なんだそのキャラ!?」
「早くしてクダサーイ。
さっさとこの子に糖分トラセターイのです。」
「意味不明だが、指示は了解した。
ちょっと待ってろ。」
梅原先生の指示は半分キャラを崩しながら行う。
先生が準備している間に、混乱する宵乃宮さんに
体温計、血圧計、心電計など各種計器類を取り付けていき、
ノートパソコンを起動させて、各種計器とリンクさせていく。
ネット状況もOK。これならすぐにでも病院にいる
院長の診察が受けられそうだ。
「おい、俺たちはどうしたらいいんだ!?」
「オフタリーはカバンに入っている簡易布団を
広げて、担架を組み立てておいてクダサーイ。
布団に寝かして処置したアート、
布団ごと担架に乗せてハコビマースから。」
「布団と担架ですね。タカさん担架お願いします!」
「賀川の、あれで分かったのか?まあいい、担架だな。」
状況を飲み込み始めた二人にも
手伝いをお願いしておく。
すると「担架」や「運ぶ」と聞いて
宵乃宮さんがぐずり出した。
「な、なんか、勝手に進んでるけど。私、行かないです」
「イヤー、ヨイノセンセー、ベリープリティーネー。
センセノ、ジョウネツテキナ、フデヅカーイカラ、
ハゲシーイ、ヒトヲ、ソウゾーシテイタノニ、
シロクテ、ハカナークテ、マルデ、
モリノ、フェアリーネ。
オー、タマノヨウナ、オハダ、ファンタスティック!」
「手、さすらな……何、このヒト、何してる人? 幾つも重なってるよ?」
いや、血行を良くしないと。
賀川さん、そんなに恨めしそうな目で見ないでくださいよ。
梅原先生も妬かないで♡
というかこの子なんかトリップして触り返して
きてるんだけど、大丈夫かな?
ホント芸術家って人種は底がしれないよな。
とりあえず気を逸らせたみたいだからいいけど。
「清水、これでいいか?」
「グッジョブです。
サア、ヨイノセンセ、チューチューシテネ。」
「ちょっと、人の話を、
むぐ、ちゅーちゅー。」
「では梅原先生、ちょっと彼女見ておいて
くださいね。」
「分かった。」
よし、これで栄養•水分補給と共に
時間が稼げるだろう。
今のうちにオンラインメディカルコントロールの
準備を完了させてしまおう。
院長先生の指示がないと
容態がまずくなった時に
対応出来ないからな。
よし、彼女の全身状態、
パソコンとのリンク完了。
これで向こう側にも十分な
情報が送れるはずだ。
よし、そろそろ院長先生を呼び出すか。
「宮崎先生、少し早くなりましたが、大丈夫でしょうか。
情報はそちらに転送されていますか?あとカメラ映像も。
•••良かった、全部大丈夫と。
それではお願いします。」
俺はうろな総合病院の宮崎院長を呼び出すと、
オンライン通信を使って宵乃宮さんの
遠隔診療を開始した。
「やはり肺炎が主ですか?
あと低血糖による貧血や脱水症状も
見られると。ではすいませんが、やはり
救急車の方もお願いします。」
「大丈夫ですよ。すでに向かわせていますから。
バス停『うろな家』前が車が入って行ける限界ですよね。
そこからの案内誰かできますか?」
「高原直澄っていうのがそこで待機していて、ここまでのルートを
教えているので、案内してもらうよう救急隊員に伝えてください。
こちらも準備が完了次第、向かいます。」
「分かりました。そのように伝えておきます。
救急隊員の連絡先もお伝えしますから、連絡を取り合ってください。」
「ありがとうございます。高原の連絡先も教えますんで、伝達お願いします。」
院長の診察結果、病状はそれなりに重症だが、
動かしても大丈夫そうであることから、
この後運び出して、途中で救急隊員に引き渡すことに
なった。
直澄と俺の端末は情報連結モードにしてあるから
すれ違うことはないだろうが、気を付けよう。
ただ担架を使うから来る時の険しいルートが使えず、
移動に時間がかかるのが玉に傷だ。
とにかくさっさと搬送しよう。
「じゃあ、いきましょうか?
前田さんと賀川さんで担架の前後お願いします。
梅原先生は宵乃宮さんの横についてあげてください。
私は後ろから道を照らしますから、何かあったら教えてください。」
「おうよ。というかこの子『宵乃宮』っていう名字なのか?
賀川の知ってたか?」
「いや、ずっと『よいの』さんだと思ってました。」
「『よいの ゆきひめ』は彼女のペンネームです。
彼女の本名は『宵乃宮 雪姫』と書いて『よいのみや ゆき』です。」
俺は彼女の名前が書いてあるメールの本文をスマホに表示させて
二人に見せた。
賀川さんはそれを見てぽーっとしながら
「雪の姫で『ゆき』か。かわいらしくて
でも気高さも持ち合わせていて。
すごく彼女らしい名前ですね。」
と呟いた。
「今はそんなこといいだろ。ユキ大丈夫だからな。」
「ちょ、本当に連れて行くの?
嫌だって言ってるの、お願いだからやめて」
梅原先生に着替えさせられ、
うろな中学校のジャージ上下を着た
宵乃宮さんは無理矢理上半身を起こすと
なんとか抵抗しようとした。
「ユキ、無理をするな。」
「お願いだから、言うことを聞いてくれよ。」
「嬢ちゃん、わがまま言うなって。」
3人が必死になって宵乃宮さんをなだめるが、
彼女の目の力はまだ消えてはいなかった。
母への想いはそれだけ深いということか。
「ねえ、宵乃宮さん、お母さんの言っていた
うろなの海を見てみたいとは思いませんか?」
「ど、どうしてそれを!」
「いや、それっぽいこと雑誌の紹介文に
書いてあったから。
すごく綺麗ですよ。
あなたの描いた海の絵はすばらしかったけど、
想像のものを描くだけじゃなく、実際に目で見て描くと
また違った味わいが出ると思いますよ。」
直澄からの情報が役に立ったようだ。
森の中に住んでいる彼女の最近の作品に何故か
海をテーマにしたものが少なくなかったから、
半分はそこからの当て推量だけども。
恐らく1年ほど前、お母さんとの最後の会話辺りで
そういった話が出て来たのだろう。
「元気になったらそこの賀川さんが連れて行ってくれますよ。
それにうろなは西にはいろんな謂れがある山があるし、
南の工場地帯なんかもいい味だしているんですよ。
もちろん学校や商店街など町の人たちも描いてくれると嬉しいな。
この場所は整備しなおしてアトリエとして使えるようにしたら
いいんじゃないですか。
町で見たものをもとに、ここで色んな作品を描いて、
それが世に知られれば、結果的に
お母さんの情報も得られやすくなると思いますよ。」
「そんな、でも、わたしは•••」
彼女はついに震え出してしまった。
お母さんをここで待つということが
一人きりの彼女を何とか支えていたのだろう。
それを崩そうとしている以上
彼女の受けているショックは計り知れない。
ここまでやった以上は責任を持って
お母さんを探してあげないとな。
仮にお母さんがすでにこの世にいないとしても。
「じゃあ、行こうか。
タカさん、賀川さん、ユキを布団ごと担架に。」
梅原先生の指示で二人が宵乃宮さんを持ち上げようとした
瞬間だった。
宵乃宮さんの体が、カクッと前に倒れ込んだかと
思うと、計器類がアラートを鳴らし出した。
どうやらこの大騒動はまだまだ終わりではないらしかった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
清水、はっちゃけてます。
しかしまだまだ彼のターンは終わりません。
作者様の許可をいただいたので
もう少しユキちゃんには頑張ってもらいます。
桜月さん、ご指摘いただいた部分は変えましたが、
大丈夫でしょうか?
その他の点についても気づいたことがあったら
いってくださいね。
それでは次回清水が危ない橋を渡ります。
いい子は真似しちゃダメだぞ。