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6月8日 家族の温もり

AM5:30


ああ、目だけ、

いや、意識だけは醒めてしまった。


元々今日は剣道部の朝練に付き合うという

話だったのだが、

昨日の時点で死にそうだったから、

梅原先生に行けないと謝っておいたんだよな。


そう言っておいてよかった。

今朝も全く体が動きそうにないし、

恐ろしく気分が悪い。


あの大騒ぎの後、

鹿島と二人なんとか

形を取り繕って、

ほどほどに協力という感じで

終わらせたはずだが、

その記憶さえ曖昧だ。


本当なら梅原先生から

色々追求があってしかるべき

だったろうが、

俺があまりにしんどそうに

していたからか、

帰りの電車でも何も聞かないで

いてくれた。


正直あの時点で聞かれたら

何を口走ったか分からなかった

から助かったよ。

あの事件の話や俺の過去の話なんて

梅原先生にあまり聞かれたくはない。


本当はそれは誠実な態度とは

とても言えないのだが、

少なくとも俺には彼女にそれを

今は話す勇気がない。

それを話してしまって

今までと同じ仮面を被っていられる

自信がない。


ああ、病気でやはり気弱になっているようだ。

昨日の夜も食欲がなくてなんも食べてないし、

なんか腹に突っ込むか。

そもそも梅雨にごはんあげないといけないし。

昨日俺ちゃんと晩ご飯あげたっけ?

忘れてたらホントごめん。


ああでもとにかく体が重い。

もう一眠りして、

少しでも調子がよかったら

その時にしよう。


俺は自然と意識を手放し、

その時なったガチャっという

音には意識を十分に向けられなかった。











近くで誰かの声がする。


「高原すまんな。

練習の手順は大体分かるだろうし、

細かくは部長に聞いてくれ。

特に見て欲しい相手は

やはり新入りの稲荷山と芦屋だな。


それぞれ恐らく武術の

達人クラスに指導を

受けていたようで、

かなりイイものを持っている。


それぞれの

長所と短所についてお前なりに

分かった点を教えてくれ。

私の感じた部分とはまた違う所が

お前の難剣相手なら出てくるだろうからな。




ん?清水のことなら、

手当はしたから心配するな。


あのバカ服も着替えずにベットに

倒れ込んで寝たせいで、

汗で体が冷え切っていたみたいなんだ。

先ほど何とか起こして体を拭いてやった後、

着替えさせたから大丈夫だ。


体調についても食欲はあったようで、

お粥は完食したし、スポーツドリンクも

飲み干していたから大丈夫だろう。

一応解熱剤も飲ませたから、

安静にしていれば大丈夫だ。



え、心配しているのはそこではない?

・・・な、こ、このエロ小僧!

何で病人相手に妊娠するような不埒な

行為に及ばなければならないんだ!!!

大体身体接触自体

体を拭いてやった時だけだ。


何を驚いている?

それで襲われなかったのかって?

土気色の顔をした病人にそんな元気があるか!

ただ拭いてやった時には

軽口の一言ぐらい叩くかと思ったら、

『ありがとう』としか言わないし。


その時の感想!?

そりゃ、ひょろい癖に

体つきはがっしりしてるなとは・・・

って、何を言わせとるんだ!


全くどうでもいいところばかり清水に似てきよって。

あいつに同年代の友人が出来るのは悪くないと思ったが、

あの息する悪影響め、考え直す必要がありそうだな。




他には?

何というかいつもと違って素直というか、

何か甘えている感じだったな。


お粥を食わせようとしたら、

『熱い』とだけ言って食おうとしないから

どうしたのか聞いたら、

『フーフーして』とか言い出す始末だ。

ふざけているのかと思ったら、

目はうつろで多分、幼児退行して

母親か姉に甘えている

つもりだったのだろう。


ああ見えて末っ子らしいし、

一人で病気になって心が弱っていたんだろう。

仕方なく吹いてから食べさせてやったら、

お気楽な笑顔で『おいしい』とか

言い出したんで正直気が抜けたがな。




何だかなー。

何かあいつの”本当の笑顔”を始めて

見た気がしたんだ。

いや、別に普段の微笑みや

何かをやろうとするときのにやっというゲスな笑みも、

別に作り物っていう訳ではないんだろう。


たださっきの飾り気のない笑顔を見せられると

どうもあいつが普段無理をしているような

気がしてならないんだ。

私たちの見ているいつも何かを裏で考えている策士の顔は

実はあいつの精一杯の虚勢であって、

本来のあいつは”素直で裏表のない人間”なんじゃないのかと。


いや、普段のあいつがダメだってわけでは決してない。

むしろ世の中をわたっていくためにあれだけの

ポーズを作り上げたのは賞賛に値すると思っているよ。

それを辞めろなんて言う資格は私にはもちろん、

誰にもないと思うんだ。




でも辛い時にくらい弱い自分を出したって

いいんじゃないかと思うんだよ。

父上に絶えず『強く、強く』と言われて

育てられてきた私には、

逆に自分の”弱さ”を大切にする人間でなくては、

本当の意味で”強く”なんてなれないように

感じられるんだ。


よく『弱気を助け強きを挫く』なんていうが、

あれは本当は他人に対する義侠心を示せとか

いうことではなく、

自分の内面に対する心構えなんじゃないかと

考えているんだ。


ああ、どこかで聞いたことがある?

もしかしたら稽古の時に話したことがあるのかも

しれないな。

私はお前たちに敵を倒す前に、

己を大切にできる剣士になって欲しかったからな。




話が逸れたが、今更こいつに生き方を変えろなんて

言えないから、せめて信頼できる人間にくらい

ちゃんと甘えられるようになってほしいんだよ。


え、だ、だからそういうことを言うなといっとるだろう!!

別にこれは愛の告白なんかじゃない!!!

先輩として後輩を心配しているだけだ!




全く、人が真面目に話をしているのに

茶化しおって。

まあ、でも長話に付き合わせて悪かったな。

稽古の方よろしく頼む。


ら、来週の予定か。

ちょっと今手が離せないというか、

”清水が私の膝に頭を乗せて寝てしまっているので”

動けないんだ。

そろそろ私もこの体勢は辛いんだが・・・。


おい、高原、何が『お幸せに』だ!

コラ、聞いてるのか、勝手に切るなーーー!」






叫びとともに声は聞こえなくなった。

さっき話していたのが誰と誰なのか。

一体何を話していたのか。

意識が沈んでしまっている俺にはよく分からない。

夢のようなぼんやりとした世界にいる俺にとって

全ては幻のようであった。

何か大事なことを色々言っていた気もするが、

目が覚めれば完全に忘れてしまっているであろう。




ただ頭の温もりを感じながら思い出したことがある。

父さんが亡くなる直前、

俺を膝の上に乗せて頭を撫でながら、

こんなことを言っていた。




「ワタル。

弱い、困っている人を助けられる人になりなさい。

そしてできれば、

寂しく、辛い時に頼ることのできる誰かを見つけてください。」




いつも笑っている人だった。

それでいてどんな辛い時も、

ついには自分が死ぬ時でさえ、

決して弱音を吐く人でもなかった。

怒られたことも、説教をされた覚えも殆どない。

小学生で死に別れた俺にとって、

正直印象の薄い父親であった。




しかしだからこそ、

あの人の最後の願いを叶えられる人間になろうと

骨になってしまった、もの言わぬあの人を見て、

心の中でそっと誓ったはずだった。




俺はあの日の誓いを、

とんでもない日々の中で忘れてしまっていたのであろうか。

それとも心の奥底にそっとしまっていたのだろうか。

やはり良く分からない。




ああ、何故だろう。

この頭の温もりを感じていると

父さんがどこかで微笑んでいる気がするのは。


俺が目指し、それでいて全く辿り着くことができていない、

あの人の”強さ”と”弱さ”にもう少しで手が届きそうに感じるのは、

やはり幻想にすぎないのであろうか。


分からない。

何も分からない。

でも何かが分かった気もする。







しとしとと降る雨の冷たさの中で、

俺はただ優しい温もりに抱かれたまま、

夢幻の世界をさまよっていた。


もうすぐ梅雨が終わる。


その温もりが去り、目が覚めた時に、

弱まった雨足から俺が感じるのは、

多分それだけだろう。

それだけで今は別にいいだろう。

シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。


うーん、清水もの凄いオイシいシーンを逃してしまっている、残念!

っていう話にしようと思っていたらえらくセンチな後半に。


まあ、そろそろ父の日だってことでいいですかね。

小説上の父の日には梅原と父親の話をしようかな?

さて日曜日の話で次の週の予定を書いたら水曜ぐらいまでぶっとぼうかな、

と言ってスピードが上がらなかったらごめんなさい。

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