6月2日 オレに毎日味噌汁を
AM9:00
コンコンコン。
コトコトコト。
まだ夢をみているのだろうか。
誰かが朝食を作っている音が聞こえてくる。
そう言えばお袋の味噌汁随分飲んでないなー。
あの豆腐がべちょべちょに崩れた感じ、
姉貴はいつも文句言ってたけど
俺は結構好きだったんだよな。
「うなー」
猫の鳴き声も聞こえるし、そうだろ。
そういえばオネストのじい様元気かな。
もう18歳ぐらいのはずだから、さすがに
長くないだろうが、
姉貴にはちゃんと看取ってやって欲しいもんだよ。
昔は良く居なくなって泣きわめく姉貴を宥めるために
必死になって町中を探しまわったもんだ。
姉貴の「もう絶対いなくならないでよ。」の涙声に、
さもわかったかのように「んにゃ」と答えていたが、
結局10歳くらいになるまでは逃げ出すことをやめなかったな。
何が「オネスト(honest 正直)」だよ。
あー、昔を懐かしむなんて俺も年を取ったもんだ。
「つーゆー、もう少し待ってろよ。
これが出来たらお前の朝ご飯もやるからな。
まったく、お風呂が好きな猫っていうのも変なもんだ。
まあ、お前が転がり回ってシャワーが跳ねたせいで
どうせ着替えるからと
私もその後シャワーを浴びることになったんだが。」
ん?
もしかしてこれは夢じゃない?
梅原先生が朝ご飯を作ってくれているのか!?
しかも梅原先生シャワーを浴びた?
しまった!脱衣所にはカメラも何も設置していなかった。
この清水渉一生の不覚!!
「しかしお前のご主人様は意味不明だよな。
着替えがないからワイシャツを一枚借りたのはいいんだが、
その近くの箱にこんなフリフリのエプロンが入っていたんだから。
まあ、料理の時にワイシャツにシミがついたらいけないから
助かるのは事実なんだが、どう考えても女物だろう。
他にも女性が着るとしか思えない服が入っていたし、
そもそも昨日の猫耳とか含めてどこで仕入れて来たんだ。
変態だとは前々から思っていたが、
底が知れなくて正直さすがに気味が悪い。
それでいてやるべき時に状況を何とかしてしまう所は
すごいし•••、実際ちょっとはかっこいいんだよな。
あーでも、そもそも私は男の家に泊まったあげく、
昨日から一体何をしているんだろうか。
こんなこと父様に知られたら、
本当に勘当されかねない。
はあー、どうしよう。
よし、魚も焼けた。
まだ塩以外味付けはしていないし、
ご主人様には内緒で少しだけお前も食べるか?」
「うなー」
うおー、今の梅原先生の格好がどうなっているのか
すごく気になる。
ただしなんか俺の変態認定度があがってるー。
まあ、でも褒めてもらえもしたからいいか。
しかもお義父さんについての新情報入手。
やっぱり古風で厳しい人なのかな。
「うまいか?
さてとちゃんとしたご飯もやらないとな。
しっかり食べて大きくなるんだぞ。
しかしこいつ話には聞いていたが本当に朝弱いな。
全く起きる気配がない。
良くこれで朝稽古に遅れもせずに来れるもんだ。
いつか聞いたら『愛の力です。』とか
臆面もなく言っていたが、どこまで本気なのやら。
いったい10歳も年上のこんなちんちくりんの
どこがいいのか?
単にロリコンなだけなのか?」
「違います。
内面の凛々しさと外見の可愛らしさ、
加えて絶えず自分を高めようとするその姿勢、
それでいて人の弱さを暖かく見守るその優しさ、
全て引っ括めて大好きです。
強いていうなら梅コンです。」
「きゅ、急に起きて来て何を言ってるんだ!!!」
なかなか聞き捨てならない台詞が出て来たので、
ソファから飛び起きて
すぐ側にいた梅原先生の手を握りながら
思いの丈をぶつけてみた。
先生はもう少し自分の魅力に気づくべきだ。
しかし•••。
「全く、起きているならちゃんと言え。
盗み聞きなんて良くないぞ。
聞いても全然起きなかったから勝手に
冷蔵庫にある食材で朝ご飯を
作らせてもらったが大丈夫か?
とりあえず顔でも洗って来てから•••
おい!なんで人を凝視しながら静かに
鼻血を流しているんだよ!!」
ごめんなさい、梅原先生。
だってそれすごすぎますよ。
まさか伝説の裸ワイシャツエプロンが
見られるなんて。
今だって先生に襲いかかりそうなのを必死で
堪えているんですよ。
「うなー」
下も履かず(流石に下着は付けているだろうが)
ワイシャツにエプロン姿で悲鳴をあげる梅原先生と
寝癖頭でその手を握りながら彼女をがん見している俺という
意味不明な絵図らに
梅雨の間の抜けた鳴き声が妙にマッチしていた。
「いただきます。」
「どうぞ。めしあがれ。」
俺が顔を洗って来た後で
二人で朝食となった。
ちなみに梅雨は梅原先生の膝が
定位置になったらしく、
だらんと食後の睡眠を楽しんでした。
「梅原先生、梅雨下ろしていいんですよ。」
「別に重くはないし、食事の邪魔をしないなら問題ない。
お前も早く食え。」
彼女は特に気にもせず、味噌汁をすすっていた。
しかしこんなちゃんとした朝食久しぶりに見た。
ごはんと味噌汁に
卵焼き、ほうれん草のおひたしに、焼き魚。
これぞ日本の朝食という感じである。
とりあえず味噌汁から。
「う、うまい。」
何これ!
めっちゃおいしい。
味噌汁なんて最近インスタントすら
まともに飲んでいなかったが、
これは本物だ。
うちの材料でどうやってこの味を出したんだ?
「そうか。口にあって良かった。
煮干しや昆布などでダシをとれれば
さらにうまみが出せるんだがな。
まあ、冷蔵庫や冷凍庫に
あれだけちゃんと食材がはいってるだけ
でも十分だ。
食事の作りがいがあったよ。」
その他の品も非常においしかった。
あんまり料理をするイメージがなかったんだけど、
俺完全に胃袋掴まれちゃいましたよ。
「まあ、母様にしこたま仕込まれたからな。
ただし和食以外は一通りできるというだけで
大して上手ではないよ。
最近は仕事帰りに一人で作って食べるのも面倒だから
夕食はあまり作っていないし。」
それでもすごいでしょ。
というか和食なら自信があるんだ。
今度煮物とか作って欲しー。
何とか今度作ってもらえるように
説得出来ないだろうか。
「梅原先生。」
「ん、何だ?」
「俺に毎日味噌汁を作ってもらえませんか。」
「別に味噌汁くらいならいつでも作ってやるが、
•••、ぶへ。お、おい、清水!
それどういう意味か分かって言ってるのか!!!」
あ、やべ、素でプロポーズみたいな台詞を吐いてしまった。
梅原先生びっくりしすぎて、むせてしまっている。
ある意味本心なんだけど、さすがに行き過ぎだわなー。
なんとかごまかさないと。
「あ、すいません。変な意味じゃなくて、
ホラ、私朝弱いじゃないですか?
実際朝稽古の日はぎりぎりに起きて
何も食べずに学校にいってますし。
ただこれからは梅雨がいるから、
ちゃんと朝ごはんをやってから
いかないとなーっと。
ただ今まで真面目に朝起きていなかったんで
いきなり生活習慣を変えられるか不安で。
それで先生さえもしよければ
起こしに来て朝ご飯作ってくれたらいいなー、
なんちゃって。
いくらなんでもずうずうし、過ぎますよね、
あはは。」
よし、これで
「なんでそんなことしなくちゃならないんだ!」
で終了だろう。
ふー、あぶない、あぶない。
何事もじっくりやらないとな。
昨日や先ほどのことで俺も興奮しすぎていたようだ。
自重しよう。
「そうか。お前朝何も食べてなかったのか。
朝稽古前に何も食べていないというのは問題だな。
それにしばらくは気になるから、梅雨のこと
こまめに見に来てやりたいし•••。」
しかし梅原先生は考え込むようにこちらの言った
戯言を熟慮してくれているようだった。
あれ、思っていたのと反応が違う。
意外と真剣に検討してくれている!
「よし、いいぞ。」
「へ?本当ですか?」
思わぬ答えに身を乗り出して聞き返してしまった?
あれ、冗談のつもりだったのに、ホントにいいんですか!?
「ああ。一人で朝食作って弁当こさえるのも
非効率的だと思っていたからな。
材料費はもってくれるんだろ?」
「そ、そりゃ、もちろん。」
「なら私にとってもメリットはあるからな。
それにこいつの顔を毎日見れるのならそれもいいさ。」
梅原先生はそういうと
穏やかな笑顔で膝の上の梅雨を
優しく撫でた。
ちょっと待って。
こんなに上手くいっていいのか、俺。
もしかしてこれ夢?
または俺明日死ぬの?
「どうしたんだ?
やっぱり迷惑か?」
「そんなことはありません!
是非お願いします!!」
俺は結構大きな声を出して
改めて梅原先生にお願いした。
正直頭がポカポカする。
「うん。こちらこそよろしくな。」
そう微笑む梅原先生の顔を見ていると
なんか生きてて良かったと実感出来た。
AM11:00
「それじゃそろそろ私は失礼するな。
つーゆー、明日また来るからな。
ご主人様のいうことをちゃんと聞くんだぞ。」
「うなー。」
朝食の後片付けをし、
しばし梅雨と遊んだ後、
梅原先生は帰って行った。
「梅原先生、来週の予定ですが、
火曜日商店街、水曜日スーパー、
金曜日ショッピングモールを
回る予定ですが、よろしいですか?」
「分かった。これからが大変だな。
学校以外のことはそこまで良く分かっていない
から、私も勉強させてもらうよ。」
よし、これで来週の訪問も問題なさそうだ。
最後にこれを渡せば•••、
ってなんかすごく恥ずかしくなってきた。
「あと、えっと、先生これを。」
「なんだ?鍵?」
「うちの鍵のスペアです。
私、インターホンで
目が覚めるか怪しいので、
これで入っていただけたらと思いまして。」
「そうか。もらっておくよ。」
そう言って鍵を受け取ろうとした
梅原先生であったが、受け取る直前で固まってしまった。
急にその顔が赤くなっていく。
「なあ、清水。」
「は、はい、何でしょう?」
「よくよく考えてみると
私がやろうとしていることって
結構恥ずかしくないか?
いや、いまさら前言を撤回する気は
ないんだが、急にそんな気がしてきて。」
その通りです。
先生のやろうとしているのは
ほぼ”通い妻”です。
いつもなら適当にごまかせるのに
あまりに都合良く幸運が降って来ているので
まともに頭が働かねー。
それからしばらくの間
二人して無言で固まってしまっていた。
結局梅原先生は鍵を受け取って帰って行った。
「うなー」
「なんか来週も頑張れそうな気がする。
梅雨、これからも梅原先生と俺の
仲を取り持ってくれよ。」
「なーご!」
梅雨を膝の上でブラッシングしながら、
俺はそう呟いた。
梅雨の一際元気な鳴き声が
雨の続く空気の重たささえも
切り裂いていってくれるような気がした。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
梅雨は清水にとって幸運の女神かも。
ということで来週から毎朝梅原先生が起こしに来てくれます。
一応5時半くらいに来て6時半くらいには朝稽古のために出る
という感じにしようと思いますので、
よろしければ朝の遭遇話なんかも書いていただくと。
登校は梅原が先に出て、清水が遅れて出る感じです。
一緒に登校する訳ではありません。
(流石に周りに知られるとまずいということで)
あと、そこまでやっといてという感じですが、
まだ清水と梅原は一応付き合っている訳ではないですよ。
大分二人の距離を縮めましたので、
ここからは寸止めな感じ(笑)で
行きたいと思います。
ということで今後ともこの二人と一匹をよろしくお願いします。