6月1日 その2 うちの子だあれ?
PM1:30
近くの駐車場に車を止め、
俺と梅原先生はペットショップ「Love ふぁみりあ」
のドアを開けた。
「いらっしゃいませー。」
店に入ると若いスラッとした女性の声が響いた。
店員さんのはずだが、どうして白衣を来ているのだろうか?
「すいません、ここの店主は今少し出かけておりまして。
私では店主ほど詳しい説明はできないのですが、よろしいですか?」
「あ、別に大丈夫ですよ。
とりあえず猫のコーナーってどの辺ですかね。」
「猫はこのあたりから、ここまでになります。
気に入った子がいましたら、声をかけてくださいね。」
店番を手伝っている娘さんか何かだろうか?
白衣を着てるってことはとなりのクリニックの関係者かな。
まあ、とりあえず猫を見ますか?
「梅原先生、どおし」
「アメリカンショートヘア、サイベリアン、
シャム、スコティッシュホールド、ソマリ、
ヒマラヤン、ペルシャ、マンチカン、
メインクーン、ロシアンブルー•••、
ああ、ここは猫の天国なのか。」
多数の猫達を前にして梅原先生は
すでに別の世界にトリップしていた。
喜んでくれているなら別にいいか。
そうやって俺たちがしばらくボケーッと
猫達を眺めていると
先ほどの女性が梅原先生に話しかけて来た。
「猫お好きなんですね。」
「はい。大好きです。犬に比べて孤高な感じがいいなと思って、
でも少しは甘えてくれる子だと嬉しいなとも。」
「ふふふ、結構あまえんぼな子も多いですから。
良ければ抱いてみます。」
「いいんですか!?」
きゃぴきゃぴ言いながら、二人は猫を抱いたり、
猫トークを繰り広げたりしていた。
完全に置いてきぼりにされた俺が
頭を掻きながらその様子を見ていると
女性は一瞬こちらを見たかと思うと、
梅原先生と俺を交互に眺め、
最後に首を一度縦に振った。
「ちなみに猫を飼われるご予定なのは
もしかしてあちらの男性ですかね。」
「あ、はいそうです。」
良く分かったな。普通は梅原先生が飼いに来たのだと
思うだろうに。
「やはり。それで失礼ですが、
お客様はご家族ですか?」
「はい、そうで」
「違います。単なる、あいつの上司です!」
俺が乗っかろうとすると梅原先生は
即座に否定し、俺の方を「シャー」と
猫が威嚇するように睨みつけて来た。
やはりまだ先ほどの流星でのことが
尾を引いているらしい。
「すいません。上司の方が部下がペットを
飼うのにわざわざ•••、ふむふむ。
ちなみにお客様はどういった子がお好みですか?」
「え、私がですか。飼うのは私ではないんですが。」
「いえ、参考までに。」
女性にそう言われて梅原先生は困惑気味に俺の方を見た。
正直梅原先生目当てで猫を飼おうと思ったから
こちらにこだわりはない。
「私に特に希望はないですから、梅原先生が
お好きなのを言ってください。」
「あちらの方もそうおっしゃっていますし。」
「そ、そうですか?」
まだ困惑しながらも俺たちに
押し切られた先生は自分の好みと
俺の家の条件を女性に話し始めた。
「えっと、先ほど言ったみたいに甘えてくれる
子が良くて、あと一緒に遊んだりできる子が、
それと、清水、お前の家ワンルームなんだよな。」
「はい。12畳あるんでそこそこ広いですけどね。」
「それで一人暮らしなので、あんまりやんちゃ過ぎたり、
トイレのしつけが難しい子は厳しいかなと。」
「ふむふむ。」
「先生、今日からでも二人暮らしをしま」
「黙れ。アパート自体はペットOKなので大丈夫らしいです。」
「毛の長さとか、毛色のご希望はありますか?」
「あいつの机を見る限り片付けや掃除は得意じゃなさそうなので、
あんまり長毛種なのはちょっと。」
「いつでも掃除にき」
「気が向いたらな。毛色は特に希望はありません。」
「ふふふ。なるほど。」
女性はメモをとりながら聞いている。
店主ではないと言っていたが、熱心な人だな。
ちなみに俺の茶茶入れは全て梅原先生に
途中で断ち切られていた。
猫選びの際に俺のおふざけに付き合う気はないらしい。
ちょっと寂しいな。
「そうですね、そういったご希望でしたら例えば」
「久島さん、この子のワクチンの追加接種終わったよ。
なかなか慣れてくれなくて困ったよ。おばさん、まだ帰って来てない?」
「あ、戸津先生、すいません。母さん、どこかで奥さん友達に
捕まっているのか、まだなんです。」
女性が提案をしようとするとドアが開き、
大柄な白衣を来た男性が現れた。
戸津先生?
ああ、となりの戸津アニマルクリニックの
若先生っていうのがこの人か。
で、先ほどから応対してくれたこの女性が
久島さんで、聞いた感じクリニックの助手さんかな。
それで隣の実家を臨時で手伝っていたと。
「お、かわいいお嬢さんがいらっしゃてるんですね。
私、戸津アニマルクリニックの戸津信弘36歳独身です。
是非お近づき」
「何どさくさにまぎれて、お客さんの手握ろうとしてるんですか!」
「始めまして、戸津先生。私、教育を考える会連携担当の清水と申します。
先生、中学•高校の職場体験には今年も是非ご協力ください。」
「ぐへ。も、もちろんご協力させていただきます。」
大分余計な情報を含んだ自己紹介をして、
梅原先生の手を握ろうとした戸津先生に対し、
前方への俺のガードと後方への久島さんの後頭部へのパンチが連携して繰り出された。
戸津先生、俺の嫁に気安く手を触れることは許しませんよ。
「え、あ•••、その子は?」
戸津先生に迫られて少しびっくりしていた
梅原先生だったが、
持っていたキャリーバックの中身を見て
そちらの方に注意を寄せた。
覗き込んでみると、
小さな仔猫がプルプル震えて縮こまっていた。
「この子はですね、うちが以前からお世話になっている
ブリーダーさんから預かった
アビシニアンっていう種類の仔猫なんですよ。
もう3ヶ月、人間で言うと5歳くらいに当たって、
通常なら元気で人懐っこいので、
里親さんの所に行く年齢なんです。
でも兄弟姉妹の中で、
どうもこの子だけ病気がちで、
しかも気弱で
あまり人に懐かないらしく、
困っていらっしゃったんですよ。
だから環境を変えて様子を見ようと
うちでお預かりしているんです。
先ほどはクリニックで
予防接種をお願いしていたんですが、
いつもそんな感じなので、
ちょっとお客様におすすめ出来る状態じゃないのですが。
一応このうろな町には草薙さんや椋原さんっていう
こういう子でも
面倒を見てくれる方がいらっしゃるんですが、
あまり頼りすぎるのも問題ですので•••。」
久島さんはキャリーバックを覗き込むと困った顔をして
首を捻った。
事情を聞いてそりゃ、難しいよなーと思っていた俺だったが、
梅原先生はその子を凝視しており、久島さんにこう尋ねた。
「ちょっと抱かせてもらっていいですか。」
「いいですけど、怖がって逃げちゃうかもしれませんよ。」
「かまいません。」
久島さんの忠告を押し切った梅原先生は、
キャリーバックから出された仔猫をその手に抱かせてもらっていた。
毛の感じは体の上半分はちょっと銀色が入った黒色というか灰色、
さっき読んだ猫の情報誌によると少し濃いが、
「シルバーブルー」ってやつだろう。
さらに部屋の明かりによって部分部分光沢や濃淡が見えるのだが、
これが「ティックドタビー」とかいうこの種類の特徴だそうだ。
ちなみに下半分は上半分より少し薄い色で、目の色はグリーンである。
遠目に見ると黒猫であろうが、近くで見るとかなり綺麗な毛色であった。
元気であるのなら、結構良い値段で売れるのであろうが、
先ほど言っていたように病気がちで、今も先生の腕の中で
不安そうに震えているこの感じではなかなか商品には
なりえないだろうなというのが正直な所である。
そんな仔猫を抱いていた梅原先生は、
じっとその子を見ながら
「大丈夫、大丈夫。」と
呟きながら、優しくその子の頭を撫でていた。
その言葉を仔猫が分かったはずはないが、
徐々に震えが治まっていき、
梅原先生の方を見つめ返すと、
ふいに先生の手をぺろっと舐めた。
「わ!」
「へー、珍しい。
この子が誰かを舐めることなんて殆どないんですよ。」
びっくりしていた梅原先生に
久島さんがそうフォローした。
一応実家で猫を飼っていた経験から
言わせてもらうとこれは仲間や家族に
対して行う行為のようで相手に心を
許しているのを示すものらしい。
梅原先生、母性愛半端ないです!
「そうなんですか。」
「はい。珍しく気に入られたのかもしれませんね。
まあ、大分手がかかる子なのでおすすめできないと言うか、
そもそもお売りする訳にはいかないのですが。」
そう言われて梅原先生はしょぼんとした後、
仔猫と俺を交互に見つめて来た。
先生、その目は反則です。
ええ、ええ、分かりましたよ。
まるっきりの初心者じゃないですから、
それくらいのハンデなんとかしてあげますよ。
俺は戸津先生に猫の状態について聞いてみた。
「ちなみに治療は終わってるんですか?」
「今の所大丈夫ですよ。
ワクチンなんかも打ちましたから、
基本は大丈夫だと思いますが、
これまでも度々いろいろなものに
かかっていますからね。
しかも消化器系も弱いのか、
よくご飯をもどしたりもしちゃうんですよね。」
「まあ、でも猫ってそんなもんですよね。」
「あ、飼われていたことあるんですか。
確かに言えばそうなんですが、
治療費がかさみそうなのがさらに難なんですよね。
もちろんうちを利用してくださったら、
できるだけサービスさせていただいますが、
それでもほどほどの出費は覚悟していただく
必要があります。」
「別にいいですよ。
大して他に使う用事もないですから。
お風呂とかは?」
「この子お風呂は嫌がらないんですよね。
むしろ好きな感じです。アビシニアンは比較的
お風呂嫌いじゃないんですが、その点は扱いやすいですね。」
久島さんも俺の食いつきが良かったためか、フォローに回っていた。
こいつをお風呂に入れてもらうという名目で梅原先生を
うちのお風呂に•••、よし、メリットは十分ある!
「じゃあ、この子いただけますか?
おいくらぐらいですかね?」
「いや、この子お店に出す気はなかったので、
値段の方はちょっと。
正直これからの手のかかり具合を予想すると
お金をいただくのははばかられますので。」
「じゃあ、この子用の餌とか、おもちゃ、
それからキャリーバックなんかも一緒に
買わせてください。それで費用代わりという
訳にはいかないですかね。」
「もちろんありがたいぐらいですが、
本当にいいんですか?」
「問題ありません。梅原先生この子でいいですよね。」
仔猫を抱いたまま俺たちのやり取りに付いていけていなかった、
梅原先生は少しぽかんとしていたが、
状況を理解するとぱあっと笑顔になり、
仔猫をさらになで回し始めた。
「本当にいいのか。良かったな、お前。
うちの子になれるみたいだぞ。
仲良くしような。」
「ふなー。」
頬擦りする梅原先生に対して、
仔猫の方もその頬を舐め返すと
どこか間の抜けたしかしきれいな鳴き声で
答えた。
先生、喜びすぎて「うちの子」なんて言ってますよ。
まあ、将来的に本当に「うち」になるんだからいいわな。
梅原先生のあまりに大げさな喜びぶりに
こちらの思惑はさておき、
連れて来て良かったと素直に思えたのだった。
その後買ったものを車に詰め込み、
仔猫を新品のキャリーバックに入れ、
店を後にした。
帰り際戸津先生と久島さんにこうアドバイスされた。
「時々様子を見せに来てください。
あとその子雌ですから、
3ヶ月程経ったら、
避妊のこととかについて、
相談に来てください。」
「トイレのしつけとかは出来ていますから、
食事だけ気を付けてあげてくださいね。
仔猫用の猫缶でも、3分の1ほどで十分ですから。
体を丈夫にする成分が入った固形の方の餌も
一緒にあげてくださいね。
じゃあね、いい子にしているのよ。」
見送ってくれた戸津先生と久島さんにお礼を
言って、俺は車を発進させた。
仔猫はバックの中ではあるが、
助手席の梅原先生の膝の上である。
さて「うち」に帰りますか。
ちなみに俺たちと入れ違いで
店主さんが帰って来たようで
「おかあさんの言う通りだった。
一緒に来た人に色々聞いていたら
上手く話が進んだよ。」
「ほほほ。宇美も成長したわね。
でもあの子も相性のいい人が
見つかってホントよかったわ。
のぶちゃんもそろそろ自分の相性の
良い相手に気づいて欲しいんだけど。」
「え、そんな人どこにいるんですか?」
「残念だわー。ホント残念だわー。」
店主さんも含めて何か漫才が始まっているようだった。
今度来る時はあの店主さんにも話を聞いてみよう。
さて、この子の名前を何にしますかな。
女の子か。
俺はそんなことを頭に浮かべて、
車があまり揺れないように気を付けながらも、
アクセルを踏み込み、スピードを上げていった。
新たな家族が出来ました。
とにあさんの久島さんと戸津先生を
がっつり使わせて貰いましたが、
大丈夫でしょうか?
問題がありましたら、
遠慮なくご連絡下さい。
次話で仔猫の名前を出しますね。
あと梅原先生とにゃんにゃんします。
どういう意味かはお楽しみに。
追記:桜月りまさんに
後々のお話で挿絵を描いていただいたので、
この子の毛色の設定を
少し変更しました。
撫でると色の違いが分かる感じです。