5月31日 その3 生徒指導担当の願い
PM4:45
「ですから部活動交流を是非進めていただけたら、
中学生達が高校を目指すモチベーションにも
つながると思うのですが。」
「それはそちらの事情であって
こちらにとってのメリットではありませんよね。
全国レベルの実績があげられるならまだしも
部活動はあくまで余暇的な活動ですから
そこにさらに時間を割くというのはいかがな
ものかと。」
梅原先生がこちらの提案を熱心に説明するものの、
田中先生がそれを表面上は丁寧に、
しかし実質はすげなく切り捨てるという展開が
続いていた。
田中先生は梅原先生の格好に始めは驚いて
ペースを乱されていたものの、
しばらくするとその本領を発揮し、
梅原先生を今までの所ではほとんど寄せ付けないでいる。
正直腹立たしい言い方もあるが、
上司である梅原先生が頑張っている所で
俺が横やりを入れてしまうと、
部下にフォーローされるなんてと
田中先生がさらに攻勢を強めてくるかもしれない。
向こうの春日先生も黙ったままだし、
ここは我慢だ。
「それでは小学校や中学校への
ボランティアや指導体験などは
どうでしょうか?
これは高校生達にとっても非常に
有意義な経験になると思うのですが。」
「果たしてそれ、高校生でやる
必要性があるのですかね?
私はそういうものは大学に入ってから
やった方が、本人達も時間に余裕があり、
加えてそちらの学校さんにとっても
お役にたつと思うのですが。
あ、ただ確かうちの学園生活環境部とか
いう部活がボランティアを行う部活なんですが、
生徒達から”駄弁り部”とか言われて
さほどボランティア活動もせずに暇そうに
しているようですから、彼らに行ってもらう
ということでいいんではないですか?
春日先生?顧問として問題はありませんよね。」
「え、あ、はい、まあ。」
ばっさりとこちらの提案を切っただけでなく、
責任を部下に押し付けやがった。
このクソババア、性格悪過ぎだろう。
あー、流石にだんだんムカムカしてきた。
「もちろんそのことはありがたいのですが、
出来ることならもう少し幅広い生徒さんに
参加していただけると多くの生徒さんが
経験を積むことができると思うのですが。」
「余計なお世話です。
我が校の生徒達は勉学を通じて十分な経験を
積んでおりますから。
そもそもこれからこの町を巣立って行く彼らに
この町での経験がそこまで重要だとは思えませんわ。
こんな片田舎でこそこそ動き回った所で
できることなどたかがしれていますわ。」
だんだん田中先生もヒートアップして来たらしく、
発言の棘が隠せなくなりつつあった。
てか、おい、この野郎。
言うに事欠いて、うろな町自体をバカにしだしたぞ。
なんでこんな奴採用したんだ教育委員会は。
「はっきり言わせていただいて
うちの高校にとって現在のように
うろな中学校との繋がりが強すぎるのは良いこととは
思えないのです。
本来なら町外からもっと優秀な生徒さんを集められる
はずなのに、前町長からの慣例かどうかしりませんが、
うろな中学校からの枠が大きすぎるせいで
そこまで力のない、不良まがいの生徒が入ってきたりも
しているのは本当に嘆かわしい。
梅原先生は生徒指導担当とお聞きしていますが、
本当にまともに指導されているのですか?
クズみたいな彼らを見ていると、
中学校でどのように躾けられたのか、
想像することも難しいです。
あんな状態で放っておいた、
低能な教師の顔がみてみたいですわ。」
ぶちぃ。
てめえ、今なんて言った。
梅原先生がまともに指導してるかだと。
梅原先生が低能だと。
てめえみたいな、頭の凝り固まった行き遅れ小姑に、
梅原先生の何が分かるっていうんだ。
毎日部活の朝練をみながら、校門に立って生徒達に
挨拶をし、遅刻常習や不登校気味の奴はわざわざ
迎えに行ってやったりもしている。
生徒が問題を起こしたら、その場に誰よりも
早く駆けつけて、必死で生徒が迷惑をかけた相手に頭を下げ、
生徒を叱りながらも、粘り強くどうしてそんな
ことをしたのか聞いて、その後の相談にも乗っている。
親御さんから電話があれば、他の先生が全員帰って
しまった後でも、長電話に付き合ってやり、
必要なら夜中であっても家庭訪問に行っている。
そればかりか普段叱り飛ばしている不良連中が
部活や行事で活躍した時には、
まるで自分のことのように喜び、
満面の笑みで奴らを褒めちぎってやっている。
ある生徒なんか、俺学校で初めてあんなに褒めてもらった、
って言ってこっそり泣いてたんだぞ。
そんな先生の頑張りを、
そんな先生の優しさを知りもしないで、
この勉強しか頭にないボケ教師は•••。
ゆるさん、もう我慢ならん。
ガツンと言ってやる。
そう思って俺が立ち上がろうとすると
俺の膝を激痛が突き抜けた。
驚いて机の下に目線をやると
梅原先生が俺の膝を思いっきり
抓っていた。
俺がどうしてかと思い、梅原先生の方を向くと、
先生は横目で
「黙っていろ。」
と俺を制した。
どういうことだ?
このままやられっぱなしで済ますんですか?
俺が不満を隠せないでいると、
今まで田中先生の暴言をただ聞いていた梅原先生が
静かに口を開いた。
「田中先生のご懸念は良くわかりました。
私の指導力不足についても弁解のしようがありません。
謹んでお詫びいたします。」
そう言って梅原先生は机に顔が付くくらい深く
頭を下げた。
先生、なんでこんな奴に謝るんですか?
「まあ、分かればその。」
「しかしご発言の一点については
聞き流すことはできません。
うちの生徒にも、そして卒業生である
現うろな高校の生徒さんの中にも
『クズ』などただの一人もおりません。
その点については今すぐ訂正してください。」
溜飲を下げ、矛を収めようとした田中先生に
対して、梅原先生はあくまで穏やかな声で
しかし絶対にそのまま
放っておくことは許さないという態度で、
毅然と詰問した。
「そ、そこは言葉のアヤですし」
「教師が軽はずみに生徒を『クズ』などと
言うことは言葉のアヤで済まされません。
それこそ、そんな教師は、教師の『クズ』で
あると判断されても仕方のないような行為です。」
「わ、わたし、が、教師として失格だとでも。」
思わぬ反撃に顔を真っ赤にしてうろたえ始めた
田中先生に対して梅原先生は厳しい表情を
崩さぬままさらに発言を続けた。
「正直言って、そんなことはどうでもいいんです。
我々教師の努めは子ども達が現在、そして将来幸せになれるように、
彼らを励まし、彼らを叱り、限られた時間の中で
可能な限り彼らと寄り添うことです。
家族でもない私たちは彼らに対して本当の意味で
責任を果たすことなどできません。
ですから合格点である教師など決して存在しないです。
彼らは将来どこかで、ミスをし、人に迷惑をかけ、
誰かを傷つけるでしょう。
その時に彼らに替わって謝ってやることも、
彼らを諌め、かつ慰めてやることもできない私たちは
みんなつまらないクズみたいな存在にすぎないのかもしれないのです。」
梅原先生はそこまで一気に言うと一呼吸置いた。
先生がそこまで真剣に考えているなんて流石に知らなかった。
それほどの覚悟で教師をやっていたなんて。
「でも同時に私は信じているんです。
今、どんなに勉強ができなくても、
あまりに腕白で周りを困らせていても、
全く人を信じられず自分の世界に引き蘢っていても、
仮にその状態が一生続くかもしれないことが分かっていても、
彼らがこれからの長い人生の中で、
どこかで何か意味あるものを掴み、
いつか人の役に立つ、人を喜ばせる立場になり、
誰かを本気で愛することができるようになる可能性があるのだと、
私は信じているんです。」
先生の生徒達への愛情が伝わってくる。
この想いは実に懐かしい。
ああ、これは姉貴の卒業式での、
あの人の最後のスピーチを聞いた時の、
そしてそれを受け継いだ、
魅力的な先輩達と過ごした、
あの素晴らしい日々の中で感じることが出来た、
大切なとてもあたたかな感情だ。
「私たちは生徒達の可能性に賭けることしかできません。
今苦しんでいる子達だけではなく、
上手くいっている子、良く出来ると言われている子達であっても、
この先いつどんな落とし穴が待ち受けているのか
わからないのです。
私たちはそのとき彼らに手を差し伸べてやることは
決してできないのです。
ですから私たちがすべきことは彼らのことをとことん信じ、
彼らがどんな失敗をしたとしても決して見捨てず、見逃さず、
叱り、励まし続けることなのだと思っています。
そうすることで彼らが将来大きな壁に打ちのめされそうになり、
周りも、自分さえも信じきれなくなりそうになったとき、
一瞬でもいいから私たちとの日々を思い出してくれて、
どんなダメな自分でも信じてくれたちバカな先生がいたなと、
ほんの少しでもいい、かけらのような勇気でいいから持ってくれたなら、
そしてその小さな勇気を手に困難に再び立ち向かってくれたとしたら、
私はこの上なく幸せです。
これが生徒指導担当として、どこまでも至らない私の、
ただ一つの願いです。」
そこまで言って先生は大きく息を吐くと、
少し恥ずかし気に下を向いた。
勢いに任せて想いをぶちまけてしまったのだろう。
その朱色に染まった頬が、いつも以上に
可愛らしく、そして愛おしい。
そうだ。
俺は何をやっていたんだ。
何をバカみたいに怒っていたんだ。
俺のモットーは
いつも冷静に、
それでいて情熱的に、
そして全力でふざけることのはずじゃないか。
梅原先生の熱い願いを聞いて、
その愛に満たされた俺の魂が叫んでいる。
「すべてを引っ掻き回せ。
そして望むものを手に入れろ。」と。
ではいっちょいきますか。
「い、一体何を言ってるんですか。
あなたに教師論を説教される覚えなど
ありません。
もうこれ以上言うことがないなら
これでお開きにして」
「わっははははーーーー!!!」
「ひゃん」
梅原先生に圧倒され、狼狽した田中先生は、
旗色悪しとして退却を試みたが、
俺の高笑いにびっくりして可愛い声を漏らし
硬直してしまった。
この人とっさの状況の変化に弱いんだよな。
こんなことも見えてなかったなんて情けない。
まあ、ここからガンガン行かせてもらいますから、
覚悟してくださいね。
「愛の力にて」
「は?」
「悪しき教育の歪みをぶった切る」
「おい!」
「この不肖清水渉」
「清水、いったい何を」
「やってやりましょう!!!」
いきなり笑い出し、意味不明な口上を述べ始めた俺は、
梅原先生までも混乱させて、
ここからは俺のターンであると高らかに宣言した。
梅原先生、あなたからの愛のバトン受け取りましたよ。
俺の愛も聞けーーーー!!!
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
梅原先生語ります。
田中先生も実はそこまで悪い人ではないので、
あんまり嫌わないであげてくださいね。
そして最後に清水復活。
次話は彼のターンです。
台詞がちょっとパロディっぽいのはご容赦を。