5月30日 天敵にして心の師匠
AM11:30
今日は梅原先生が部活動の指導で外出できないため、
学校回りは一旦お休みである。
昨日、一昨日は放課後出かけるため
昼食の時間も惜しんで仕事を早めに
片付けていたが、今日はその必要がない。
しかも4時間目と5時間目が空きコマに
なっているためにゆっくりと昼食を
楽しむことが出来るのだ。
今日は梅原先生が最近通いつめている
というビストロ『流星』に行ってみようと思う。
若いマスターでありながら料理の腕は確かと
聞いているから、その味自体ももちろん楽しみではある。
しかし俺が一番気になるのはそこではない。
そう、その「若い真面目そうなマスター」
っていうのがどんな奴であるのか、
それを偵察に行くのが今回の主目的である。
梅原先生が最近通いつめている原因として
そこで夜一人で飲みながら
学校での愚痴をそのマスター相手に
ぶつけることができるからだと
風の噂で聞いたことがある。
その愚痴の主な原因が
俺であることも。
俺は声を大にして言いたい。
梅原先生、なぜ直接俺を
詰ってくれないんですか。
その怒りを拳に込めて
俺をどついてくれればいいじゃないですか。
そんなにその黙って聞いてくれるという
真面目なマスターがいいんですか。
憎い、そいつが憎い。
・・・いかん、いかん。
ヒートアップしすぎて
血の涙を流しそうだった。
”マゾ清水”はギャグになるが、
”血涙の清水”はホラーでしかないだろう。
これ以上俺の評判が下がることはない気が
するが、怖がられるのは本意ではない。
まあ、とにかくその『流星』という店に
ランチを食べに行き、
店の雰囲気、値段帯、料理の質、
そして葛西拓也とかいう若造(俺より年上らしいが)
の真贋を見極めてやろうじゃないか。
大したことのないやつだったら問題ない。
もし俺の計画の障害になるようだったら、ふふふ。
葛西、お前の短い人生もここまでかもな。
俺はスマホに表示されたビストロ『流星』
への道を進みながら、
どこまでもどす黒い笑みを浮かべていた。
PM0:30
食事も終わって食後の紅茶と
マスターがサービスで出してくれた
デザートを食べながら俺はがっくりと
うなだれていた。
うわー、俺この人に絶対勝てないだろ。
何この人、聖人?修行僧?
めっちゃ真面目な上に
人の話を実によく聴いてるし、
会話の返しが優しさに溢れている。
それでいて自分の仕事に対しては
すごくストイックで、
そのこだわりを生産者にも愛されているらしい。
さらにそのことを当然のことと思うような
思い上がったところは一切なく、
感謝の心に満ちている。
俺が梅原先生の話を聞いて
遠まわしにイヤミを言っても、
全て受け止めてしかも肯定的に
捉え直しているから、
途中からめちゃくちゃ心が痛くなってきた。
俺が愚痴の原因である清水だということを
隠して聞いているというのもそれに
拍車をかけている。
料理の味は俺の舌でわかることなど
大したことではなかろうが、
洋食の基本だろうと思って頼んだ、
カレーのうまいこと、うまいこと。
この旨みとまろやかさは
絶対ものすごいしっかり仕込んで
作ってるよ。
本人の性格が料理にも実に出ている。
この人将来世界的な料理書評本の星とか
とっちゃうんじゃないか。
店の雰囲気もシックでありながら
とても気楽な気持ちでくつろげるし、
値段も決して安くはないが、
この料理のレベルとしては
良心的というか破格だろう。
立地さえよければ大繁盛しておかしくない。
あー、誰かに紹介してー。
はっきり言おう。
この人梅原先生の好みドンピシャだし、
将来有望すぎる。
なんでこんな場末でやっているのかは
もっと突っ込んだ話を聞く関係に
ならないとダメだろうが、
俺この人のことさらに知ったら、
本気で身を引きたくなってきそうだ。
もう認めよう。
俺はこの人と戦っても勝てない。
他の女性ならいざ知らず、
殊、梅原争奪戦に関しては、
この人が参戦した時点で俺は終わる。
町長がなんぼのもんだ。
最大級の天敵がこんな所にいたじゃないか。
だがしかし悲観する必要はない。
この好人物はとりあえず梅原先生を
どうとも思っていないようだし、
元より浮いた話に興味がある訳でもなさそうだ。
そう、そもそも勝負の土俵に載ってさえいないのだ。
ならば手段はいくらでもある。
そうこれは「卑怯」と呼ばれるような手段である。
しかし「正々堂々」とした勝負において
俺がこの人に勝てる可能性が0に等しい以上、
俺にできることはそれしかない。
今まで俺は目的のためなら手段の善悪など
気にもしていなかったが、
今回に関しては非常に胸が痛む。
でもそれでも、梅原先生のためなら、
ああ、その梅原先生がもっとも嫌うであろう、
「卑怯」な手段を使わなければならないなんて。
こんな気持ちになるのは、どうしてだろう。
やはりこの人が相手だからか。
ああ、俺の汚れ切った心に澄み切った光の
ように染み渡る、あの笑顔、その優しさ、
そして至高の料理。
葛西さん。
俺はあなたに対してこんな醜い
仕打ちしかできないことのせめてもの
お詫びとして、あなたのことを今後
心の中では「葛西先生」と呼びます。
あなたこそ、俺の心の師匠だ。
ですから今回だけはこんな大嘘を
つく俺をお許し下さい。
「マスターすごく美味しかったです。
もし良かったら明後日のお昼、私の”彼女”を
連れてきてもいいですか?
彼女もきっとこのお店を気に入ってくれると
思いますので。」
俺は自分の顔が引きつっていないという自信が全くなかった。
いつもなら軽く言える冗談が、
まるでガンであることを本人に隠さなければならないという
ような、もの苦しい嘘であるかように感じられた。
先生、俺には嘘でも”勝ち逃げ”することしか
できないんです。
あなたに「梅原先生にはすでに相手がいる。」
と思ってもらう他ないんです。
本当にごめんなさい。
「本当ですか?
嬉しいな。是非お二人でいらしてくださいね。」
葛西先生は俺に対して何の疑いも持っていないような、
清らかな笑顔でそう告げた。
うおー、心にクル。
俺はなんて罪深いことをしてるんだ。
こんな純真な人に対して・・・。
ああー、明後日梅原先生と俺が
恋人であると嘘をつきとおすなんて、
この人の前で本当に出来るのだろうか。
いつもの俺はどこにいってしまったんだ。
店を出ても、俺の悩みは晴れなかった。
恐らく葛西さん自身がそこまで聖人君子で
あることなど実際はありえないだろう。
先程までの考えは殆どが俺の妄想に
過ぎないことは俺にも十分、分かっている。
それなのに何故この罪悪感が
消えていかないんだ。
こんなこと今までなかったのに。
なぜなんだーーー!
俺の悩みはこの日の夜
完全に疲れきって寝てしまうまで続き、
午後の授業や仕事は全くさっぱり手につかなかった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
他の作品も以下のURLや「うろな町作品一覧」リンクからどうぞ♪
あれ、土曜日に清水と梅原で綺羅ケンイチさんの
「うろな町、六等星のビストロ」の舞台である、
ビストロ『流星』へ行く振りの短い話の予定だったのに、
なんでこんな話になっているのだろう。
本文にある通り今回のお話は清水の勝手な妄想ですので、
葛西さんの本心や本質とはかなりずれている可能性があります。
とはいえ、やはり気になるという部分がありましたら、
遠慮なくご指摘ください。
まあ、簡単な話清水があんまり調子乗ってるんで、
ここらで天罰を加えてやろうと私の深層心理が囁いたのかもしれません。
31日は高校に行く予定なので、できるだけ今日中にアップしますね。
コラボ作品URL
http://ncode.syosetu.com/n7017bq/