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第八話−猫を抱えて−

「ただでさえ、ろくにやってけもしないのに、そんな野良猫を連れてきてどうするつもりさ?!」


 母はものすごい剣幕で僕を怒鳴りつけてきた。 猫は可哀相なことに、母に首元をつかまれて宙につるし上げられている。 ミャアミャアと悲しそうに鳴いていた。

 フローリングに散らかっているティッシュの山と、鼻を突く異臭で、僕が学校に行っている間に何が起こったのか、なんとなく予想できた。


「違うんだよ! これは……その……」


 僕が言い訳をする前に母が釘をさす。


「黙りな! とにかく、うちじゃ猫は飼えないんだよ!」


 猫じゃなければいいの? ……そう言いたいのも山々だったが、僕は黙って母の話を聞いた。


「そこらじゅうに巻き散らかした糞もあんたが全部始末するのか? 病気になった時だって、あんたが病院に連れて行くんだよ」


「そんな……」


 だめだ。 どうしても許してくれそうに無い。 最後に母は、とどめの一言を付け加えた。


「自分で面倒を見られそうに無いんなら、さっさと捨てちまいな。 まったく、これから仕事に行こうとしていたら、これなんだから。 今日は遅くなるから、ご飯は自分で用意してね。 あと、ちゃんと窓は閉めておくんですよ」


「はあい」


 その後、僕は母さんと目もあわせずに自分の部屋に戻っていった。 猫は母さんからあずかった。

 最悪な気分でジェシーの家に行くことになるなんて……。 猫は"ニャアオ"と僕を慰めるように部屋の隅で鳴いた。

 今日はとことんツいてない日だ。 猫のことがばれてしまうなんて。

 おまけにケビンにも目をつけられている。 もうこのまま部屋に引きこもってしまいたい気分だった。

 だが、せっかく誘われたパーティをドタキャンするのも悪いと思ったから、一旦事が収まったあと、僕はパーティに行くための仕度をした。 そして部屋を出る前に、きちんと窓を閉めておいた。 母さんが家からいなくなるんだから、今度こそ空き巣に入られたときは、一巻の終わりだからね。


 パーティでは、仮装はしなくても良いことになっていたから、ジーパンに格子模様のシャツを羽織った。 特別に持っていくものは無かったが、パーティにただ参加するだけなのはずうずうしいと思ったので、お土産にお菓子をいくつか、"お気に入りの黒いリュックサック"に詰めていくことにした。 それと、緑の青のチェック柄の籠を持って……。


 メインストリートから一本道をそれた閑静な住宅街に、ジェシーの家がある。 僕の家からは、歩いて三十分くらいだ。 いつもどおりにジェシーの家のハーブで飾られた小さな木製の門をくぐりぬけようとしたら、一番会いたくない人物と出くわしてしまった。 ……そう、ケビンだ。


 ケビンはジェシーの家を囲っている白いベニヤ板でできた柵に寄り掛かって、携帯電話を片手に誰かを待っている様子だった。 彼は、僕の存在に気がつくと、彼は携帯を閉じてポケットにしまい、いつもの鼻が詰まったような声で話し掛けてきた。


「お前、ジェシーのうちに何しに来てるんだよ?」


 僕は思わず息を飲んで、その場に凍りついた。


「パーティだよ。 君の言ったとおりの」


 僕がパーティに来ているということは、ケビンが勝手に言い当てたはずだった。

 しかしケビンには、何故かそれが理解できていないらしく、まるで汚いものでも見るかのように鼻に皺を寄せて僕をにらんできた。


「……」


 しばらく、気まずい雰囲気が漂う中、その重々しい空気に耐えながら僕はあたりをキョロキョロと見回した。 すると、ジェシーが玄関口のすぐ右脇にある窓からこちらの様子を伺っていることに気づいた。

 僕が必死でジェシーに目で訴えると、彼女は状況を理解してくれたらしく、相槌を打ち、すぐさま玄関へ向かって走っていった。

 まもなく、玄関を降りる足音が聞こえてきた。 不意にトビラが開かれ、中からジェシーが現れる。


「レンディ! それに……ケビン? 一体、どうしたの?」


「僕は知らないよ」


「ケビン? 俺はケビンじゃねえ」


 ケビンじゃない? どこをどうみたってケビンじゃないか。 その出っ歯やそばかすだらけの顔!

 しかし、ジェシーは僕の予想をくつがえすがごとく、何かを思い出したかのようにこう言った。


「そうだ、おでこを見せて」


 するとケビンが、前髪をあげて、徐におでこをさらけ出した。


「ああ! ケレックじゃない? 来てくれたのね!」


 ジェシーが両手を握り合わせてそのケレックとやらを歓迎した。


「勘違いするなんて酷いぜ。 ちなみに……こいつは誰?」


 どうやらケレックという男は、僕のことを知らないらしい。 いかにも「こいつは誰?」と言った視線を僕に向けた。 するとジェシーがケレックと僕の間に割って入ってきた。


「ごめん、言うのを忘れていたわ。 ケレック、この子はクラスメイトのレンディよ」


 何がなんだかさっぱりわからない。 僕はうつむいてしばらく黙っていた。

 すると、ケレックが僕の顔をものめずらしげな面持ちで覗き込んできた。


「へぇ〜。 俺、ケレック。 ケビンの双子の兄だ。 よろしく」


 ケレックが僕に手を差し伸べてきた。


「ぼ、僕、レンディって言います。 レンディ・クローズ……よろしく」


 ケビンとは違う人だとわかると、あがり症のせいか緊張して吃音だらけだった。 僕はおどろおどろしく握り返した。


「こんなところで立ち話もなんだから、家に上がらない?」


 そうか。 さっきジェシーがおでこを出して、といったのには、ケレックのおでこには、ケビンにはないであろうほくろがあったからなんだ。 いつもは前髪でかくれているから、そのまま出てこられたら、どっちがどっちだか見分けがつかない。


「ジェシー。 その……ケレックとは、一体どんな?」


 申訳無さそうに僕が聞く。


「そういえばレンディーには、まだ言ってなかったわね。 ケレックとは習い事仲間よ。 それに……もう家についていたんなら、ドアを開けて入ってきてもよかったのに」


 ジェシーが右隣にいるケレックと僕に目線を向けながら、そう言った。


「俺は、時間ぴったりのほうがいいんだ」


「ところで、ケビンはどうしているの?」と、僕。


「あいつは家で不貞寝してるよ。 きっと、恋の病だな。 一応誘ってみたんだけど、聞く耳をもちゃあしない」


 ケレックは「本当に残念だ」とでも言いたそうにハハンと苦笑いした。

 でも、ケビンがきていたとしたら、今ごろどんなことになっていただろう? 想像したくない。


 ジェシーの家にはさまざまな人々が集合していた。 ざっと十人くらいはいるだろうか。

 僕はパーティのセットがされたリビングに向かうまでの間、五〜六人くらいの見知らぬ人々に挨拶された。

 パーティのために用意されたリビング。 それはそれは、すばらしいホームパーティそのものだった。

 テーブルの上には、ジェシーの母さん特製、かぼちゃの生クリームケーキが中心に置かれ、その周りにはシャンペンやワインなどといった飲み物のボトルやグラス、チキンソテー、甘いお菓子が置かれていた。 個人のパーティだとは思えない。 ジェシーの家って意外と金持ちだったんだ……。


「親戚やパパとママの友達も来てるの。 ちょっとうるさいけど、気にしないでね」


 と、ジェシーは人ごみを掻き分け、僕とケレックにパイナップルジュースの入ったコップを渡してくれた。 こんなこと話に聞いていない。 パーティに誘われているのは僕一人だけかと思っていたのに!

 予想以上に盛り上がりそうだ。 大いに楽しみたい。 けど、ひとつ、ジェシーに話しておくことがある。



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