第七話−ケビンの嫉妬−
翌日の朝になるまで、僕はぐっすり眠り込んでしまっていた。 軽く十二時間は寝ていたことになる。 起きあがると、窓の向こう側にある屋根でミャアミャアと鳴く声が聞こえた。 もしかして……!
僕が急いで窓を開けると、そこには昨日ジェシーから貰った猫がいた。 きっと、昨日僕が窓を開けっ放しにしたまま寝ていたせいで、猫が勝手に部屋から抜け出したんだ。
「レンディ、起きたのー? また窓が開けっ放しになっていたわよ、まったくもう」
驚いた。 母さんがドアの向こう側で、急にそう言ったからだ。 まさか、猫のことがバレているんじゃ……?
……だが、その後、母さんは特に何も言ってこなかった。
きっと母さんは、僕が眠りにつき、しかも猫が出て行ったあとで窓を閉めたんだろう。 よかった……猫が部屋を抜け出す前に、母さんが窓を閉めにきていたら、母さんに猫のことがばれてしまっていたかも知れない。
***
ハロウィンの日の今日も、いつもどおりに授業があった。 とは言っても、1コマだけだ。
それ以降は、校内でハロウィンのお祭り。 しかもお昼で解散だ。 午後からは、たくさん遊べる。 何年か前から、校長先生が生徒と先生のふれあう機会が増えるようにと、毎年行っている行事である。
学校の皆は、さまざまなお化けの仮装をして、学校中を練り歩く予定を立てている。
授業が始まる前から、クラスメイト達はみんなハロウィンの話題で終日持ちきりだった。
パーティに誘うだの、誘われただのったて。 去年まではハロウィンのことなんてとくに気にも留めていなかった。 ただ、みんなの話をボーっと聞いているだけ。 僕がパーティに誘われたことなんて、これきしなかったんだ。 ……でも、今年は、違う。
建て付けの悪い教室のドアをひとりの女の子がこじ開けて中へ入ってきた。 ジェシーだ。 しばらくあたりをキョロキョロと見回しているかと思いきや、何の迷い無もなく僕のところに近寄ってきた。
「今日学校が終わったら、私の家ね」
ジェシーは用件だけ伝えると、すぐに立ち去ろうとした。 しかし、僕は気になることがあったので、ジェシーを引き止めた。
「ね、お菓子でも持っていく?」
「お好きにどうぞ」
ジェシーは"もちろん持ってきてくれるのなら、光栄だわ"と言うような相槌を打ち、仲間のグループのところへ加わっていった。
そんな彼女は早速仲間の女子達から「おあつーい」などとはやし立てられていた。 しかし、彼女は「絶対そんなんじゃないって!」と頑なに否定している。 僕はそれを見て、なんだか複雑な気分になった。
……彼女は僕のことをどう思っているんだろう? 女の子からパーティに誘われたことなんて、前代未聞だからどう対応したら良いのかわからない。 ただ、されるがままに事を運んできたけど、本当にこれで良いのかな……
「おい、レンディ。 お前、意識あるかよ?」
うっかりぼーっとしていたら、僕の顔を誰かがグイッと覗き込んできた。 一瞬、ピントがぼけて誰だかわからなかった。 けど、声でわかった。 ケビンだ。
「……何?」
「別になんでもねぇーけどさ」
ケビンが鼻声で答える。
「なんだよ」
ケビンは僕の前から立ち去ろうとした。 しかし、すぐさま振り返って眉をひそめて僕に問い詰めてきた。
「ずっと前から気になってたんだけど、お前とジェシーって一体どんな関係?」
一番答えに困る質問だ! でも、ケビンは真剣に何かを探るような顔をしている。
僕はなんて返事をしたら良いのかわから無くて、しばらくもじもじしていた。 すると、ケビンが「早く答えろよ!」と急かしてくるので、ジェシーがこちらを見ていないことを確認し、僕は小さな声で答えた。
「友達だよ」
しかし、ケビンはいいやそんなハズないといったような態度で、「おいおい、冗談だろ?」と反論した。 それを聞いて、僕はだんだん躍起になってきた。
「だから、ただの友達だって!」
「じゃあどうしてこの前ジェシーの家にあがりこんでたんだよ」
……何故知っている?!
僕は、少し思考をめぐらせてみた。
―――ああ! あの時、周辺をよく確認して置けばよかったんだ! まず朝は、人が少なかったので、いればすぐに目に付くだろうから可能性が低い。 だが、夕方帰るときには、沢山の人に見られた。 きっとあの中にケビンがいたんだろう……。
「どうせパーティでもするんだろ? お幸せに」
ケビンは僕に皮肉っぽくそう言った後、どこかへ行ってしまった。
「パーティはするけど……違うって。 誤解だよ。 ケビンこそ何?」
ケビンを引きとめようとしたが、僕の声は彼の耳に入っていないようだった。
あれは間違いなく嫉妬だ。 ……別に僕がジェシーのことをどうおもっているというわけではないのに。 もしかして、ケビンはジェシーのことを気にしていたのか?
たった一コマの授業が終わった後、皆がハロウィンのお祭りで盛り上がっている中、僕だけは何故かハロウィンのこと以外で頭の中が持ちきりだった。 ほとんどはジェシーのこと。 それと、ケビンのこと。
あんなケビンを見たものだから、ジェシーに誘われているパーティになんて行く気がしなくなってしまった。 でも、ジェシーがせっかく誘ってくれたパーティを断るだなんて、もったいない。
お昼ごろ、僕はジェシーと二人きりでパーティを抜け出して、廊下で話し合いをしていた。
「レンディったら、そんなことを気にしていたの?」
「うん……」
「そんなの気にしなければいいのよ! 最低ね。 ケビンって、はっきりしない子だわ」
するとジェシーはケビンなんて眼中に無いかのように鼻で笑った。 驚いた。 ジェシーはケビンのことを気にも留めていなかったのか。
ジェシーは続けた。
「私達、ただの友達じゃない」
そうじゃなかったら一体何? とでも言うような表情を僕に向けてきた。
本当に、友達じゃなかったら、今までなんだったんだろう。
ただの友達……そうだよ! 僕たちはただの友達同士じゃないか! 周りの目なんて気にしなくていいんだ。 普通に、友達のように振舞えば……
僕の心は彼女に言われた一言でだいぶ楽になった。 さっきまでの複雑な気分は一体なんだったんだろう? まるで嘘のようだ!
「そうだよね……」
僕がそういい終わった途端、いつもの巨人のうめき声が響いた。
「とにかく、このパーティが終わったら、忘れないでね!」
帰りざまにジェシーはそう言って、仲間のところへ戻っていった。
暇だ。 もともと体力が無いせいもあってか、僕は酷い睡魔に襲われた。
あ。 あそこに腰掛けがある。 丁度良いや。 少しくらいなら寝ても平気さ……
そのまま僕はこくりこくりと寝入ってしまった。
遠くの方で誰かの話し声が聞こえた。 話しているというより、一方的にメッセージを伝えているようだった。 その内容はこのようなものだ。
「疑いがあれば、自ら進め
真実はいつも灯台下暗し」
目がさめた後も、その言葉はずっと頭の中に渦巻いていた。 これまで、夢をちゃんと思い出せたことなんてあっただろうか? それでも、さっき見た夢だけは何故か特別な気がして、ずっと覚えていた。
パーティが終わってから家に帰るまでの間、僕は何度も夢で聞いた言葉の意味を考えていた。
疑いとは何のことだろう? ケビンに対する気持ちのことかな。 でも、僕はジェシーのことを友達と思っているだけで、別にケビンのことを遠ざけようだなんて考えてはいない。
その前に、ケビンの気持ちだってはっきりしないじゃないか。
今朝なんて、聞くだけの事を聞いておいて僕の質問には一言も答えてくれなかった。 ケビンはきっと何か隠し事をしているんじゃないか? ケビンのことについて、知りたい。 けど、あえて聞かないでおこう。 変にリップと接触したら誤解を招くだろうし、時間が解決してくれるかもしれないから。
そんなことを考えながら、家に着いた。
早速自分の部屋に戻ろうとしたら、ある変化に驚愕した。 不意にうしろからどぎつい声が頭に突き刺さった。
「あんた、猫を隠してたね?」




