第五話−ハロウィーンパーティの手伝い−
「へ?」
僕はマユをくねらせ、ジェシーの顔を見直した。
「貴方、知識は沢山もっていても、経験が足りなさ過ぎるわ」
彼女はまるで僕のことを見下しているかのように、鼻を高くしてそう言う。
僕は彼女が何を言いたがっているのかさっぱりわからなかった。 知識はあっても経験はない……?
そのことを何度も頭の中でめぐらせていたらあっというまに一日が過ぎてしまった。 ハロウィーンまであと十五日はある。
しかし、そうこうしていたら、ハロウィーンの前日になってしまった。
今日は日曜日だ。 僕は朝早くからジェシーのうちへたずねた。 パーティの準備をするために。
「まさか、本当に来てくれるなんて思ってもいなかったわ!」
ジェシーは両手をあごのところで合わせ、目を輝かせた。
「僕が嘘をつくとでも?」
僕は、玄関先でジェシーの家族である父や母に歓迎された。
実は三日前に、ジェシーの家の手伝いをしたいと僕がせがんだのだ。 そのときは、ジェシーは習い事(どうやら彼女は空手を習っているらしい)で家にいなかったが、代わりに取り合ってくれた彼女の母親が、僕の頼みを聞いてくれた。 ジェシーには、あとで連絡しておくと言っておいてくれたし、その返答も申し分ないものであった。
パーティに出るだけでは、ずうずうしい感じがするではないか。
「今日、キミが手伝いにきてくれたことには感謝してるよ」
ジェシーの父さんがにこやかに、そう言ってくれた。
母さんも、父さんの横でうんうんと言っている。
ジェシーの母さんは、父さんの左肩に手を当て、寄り添うようにこう言った。
「じゃあ、早速準備をはじめましょうか? パパ」
「そうだね。 ママ」
父さんは母さんの髪をなで、ひたいにキスをした。
そのとき、何故か僕の中ではやきもちとも妬みともいえない、泣きたくなるような感情がこみ上げてきた。 僕の家族だって、昔はとても幸せだったんだ。 そう、父さんが死ぬまでは。
ジェシーが僕の顔色をうかがっている。 僕は、ジェシーに何か言われまいとすぐに気を取り直して、父さんに何を手伝ってほしいか、聞いた。
すると、ジェシーの父さんは、僕にテーブルを出すのを手伝って欲しいと頼んできたので、僕は父さんの指示に従い、父さんのあとについていった。
僕等がテーブルを出している間、ジェシーとその母さんは、ジャック・オ・ランタンを作り始めていた。
台所の片隅に積まれていたビッグ・マックスやアトランティック・ジャイアンツなどといった品種のおばけかぼちゃをキッチンテーブルの上に運び、包丁とスプーンで顔を作ったり中身をくりぬいたりしている。
僕はどちらかといえばインドア派だから(もう自覚済みだ)、体力を使うテーブルの仕事よりかぼちゃをくりぬいてるほうが良いと思った。
それにしてもジェシーのうちは何故だか落ち着く。 白熱灯の光でうすぐらく照らし出された居間は高級な別荘のようで、リラックスするにはもってこいだろう。
僕は、ときどき父さんに、「指を挟まないように気をつけて」などといわれながら、居間に白くてでかいテーブルを一台、運んだ。
「さ、あともう二つあるぞー」
……すべてのテーブルが運び終える頃には、ヒイヒイと息が上がっていた。
「大丈夫か?」などと父さんに指図されたりしたが、僕は「まだ大丈夫」といって、へこたれずに頑張った。 テーブルの次はいす運びだ。
いすは全部で八つある。 丁度、ニ番目のいすを運んでいるときに、僕はふと疑問に思ったことを父さんに投げかけた。
「子供達って、いつも何人くらい来るんですか?」
父さんは、よいこらしょっといすを二台いっぺんに持ち上げながら僕に返事した。
「いつもニ〜三十人くらいかな? 私の家には、近所この達だけじゃなくて、地元の子供会や教会の子も来るからね」
「にぎやかそうですね」
すると父さんはレンディに視線を落としてにこやかにこう言ってくれた。
「レンディ君も大いに楽しむと良い。 ジェシーも喜んでいるよ」
僕も笑顔で答えた。
そうこうして父さんと会話しているうちに、作業がだいぶ片付いた。
それを見計らってか、ジェシーの母さんは「今日の仕事はこれできりあげ!」と言ったので僕は家に帰ろうとした。 が、ぼくが玄関先に差し掛かったとき、ジェシーの母さんに「ついでに、お茶でもしていかない?」と引き止められたので、僕は母さんの言葉に甘えてジェシーのうちでお茶をご馳走にされることになった。
「悪いですね」
「いいのよ。 これは、手伝ってくれたお礼ね」
「す、すみません」
ジェシーのお母さんはとても良い人だ。 だが、僕は人のうちでお茶をすることなど、本当に久しぶで、ついあせって口数が減ってしまった。
ジェシーの母さんは「じゃあ今から支度してくるから、そこのテーブルで待ってて」と僕に言い、台所へ向かった。
台所では、ジェシーの父さんも母さんの手伝いをしている。
僕はジェシーの母さんに指示されたとおり、居間のテーブルのいすに腰掛けた。
するとどこからとも無く、ジェシーが現れた。 ジェシーは徐に僕に近づき、小さな声でささやく。
「ねえ、見せたいものがあるの」
「何?」
「いいから、部屋にきて!」
何のことだかよくわからず、あへ? という顔をしている僕をひっつかんで、二回へと続く階段への廊下へ引きずり出された。
そして、薄ら寒い階段をジェシーと二人で黙々と上って行く間、僕は「ねえ、どうしたの?」と何度か質問したが、ジェシーは「ちょっとね」と答えるばかりでなかなか質問に答えてくれなかった。 と、いうのも、ジェシーの部屋かと思われるドアの前でしばらく待たされた後に彼女が真相を教えようとしていたからだった。
「今日、下校途中に偶然話し掛けてきたおじさんから貰ったんだけど……」
僕が部屋のドアの前で暇をもてあまして髪の毛を人差し指にくるくる巻きつけていたら、ジェシーが扉の向こう側から出てきた。 腕には、ブルブルと震える生まれてもまないであろう小さな三毛猫が抱えられている。 三毛猫といっても、白・黒・灰色の毛で覆われた少し珍しい三毛猫だ。 意外なプレゼント? を目前に、僕は息をのんだ。
「レンディは猫アレルギーじゃないわよね?」
「そうだけど」
「じゃあ飼ってくれる? パパやママは、二人とも猫アレルギーだから。 このままいつまでも私の家に置いておくのも忍びないし、だからといって、捨てるわけにもいかないの。 だからレンディの家で飼って欲しいんだけど」
「え! 僕のお母さんもなんていうかわからないよ」
女手ひとつで僕のことを育ててきた母さんが、猫を飼うことを許してくれるだろうか。 エサ代なんかは、きっと僕がバイトして稼ぐことになるだろう。でもバイトなんてして良いのだろうか……? 僕の学校では校則でアルバイトが許されていない。
「おじさんは言葉巧みだったわ……だから、どうしても断ることが出来なかった。 エサはもう買っておいてあるし、あとで猫と一緒に届けるから! だから、お願い……!」
あまりの突然の出来事に、僕はためらったが、ジェシーは切実そうな目で語りかけてくるので、彼女の言っていることを聞き入れざるを得なかった。
「別に、いいけど……でも本当に、飼って良いかどうかは、僕の母さん次第だからね?」
「もう電話してあるわ」
「え、嘘?!」
まさかそこまで手が込んでいるとは思いもせず、僕は仰天した。
「嘘よ」
ジェシーはクスクスと笑って、さっきとは打って変わった明るい表情になった。
「とにかく、ありがとう……! 時々レンディのうちに様子を見に行くわ」
僕に猫を飼って欲しいと言っていながらも彼女がこの三毛猫を大切にする気持ちは変わっていないらしい。 だが、少し後ろめたい気持ちもある。
「じゃあ、この猫、どうするの?」
「籠を持ってくるから、そこに入れて持ってかえって」
「わかったよ。 でもバレないかな?」
「心配なら、あとで裏庭に取りにくるといいわ。 籠に入れて待ってるから!」
そうやって会話しているうちに、ジェシーの母さんが「お茶が入ったわよ」と階段下で僕たちを呼んでいるので、ジェシーは慌てて猫を自分の部屋に連れ戻した。 僕は元気よく、「はーい、今行きます!」と、言って、駆け足で階段を降りていった。