第二十一話−魔術師の棺桶−
「魔術師になります!」
生きるか死ぬかの瀬戸際で、僕が下した決断はそれだった。
大丈夫、彼のいう事に従った。 これで死は免れただろう……。
帰れる。 帰ったら、いつものように母さんが”おかえり”といってくれて、温かいごはんにありつけるんだ。 自分の部屋で、漫画が読める。 好きなだけ、ジェシーとおしゃべりだって、できる……
少なくとも、そのナイフが、僕の首元で鋭い刃を立てるまでは、そう思えた。
「では、新世界の住人の証として、古き世界のお前に死を与えよう」
事が起こるまでは、息をつく間もなかった。
冷酷に触れるものは、一瞬にして、僕の首を切り裂いた。
それと同時に、一気に血が噴出し、流れ出る。
ドロりドロり。 ああ……僕の血だ。
……でも、首がとれていないだけまだマシか? いや、そんなワケない。
だって、生暖かい血が次から次へと溢れ出ていくんだよ? 肩や胸をゆっくりと伝って行くのがわかるじゃないか。
誓を立てれば、生かされるなんて、ただの思い込みに過ぎなかったんだ……
あったかいな、僕の血。 体がフワフワしてくるよ。
ああ……僕は死んじゃうんだ。 好奇心が呼んだ悲劇で。
気のせいかな……さっきからひどく体温が下がっているような気がする。 体から血の気が引いていくみたいだ。 まるで、貧血を起こしたときのように。 いや、貧血だったらまだ可愛い。
だって、このままじゃ確実に失血死するもの。 手を縛られているから血をとめることもできない。 目隠しをはずせない。
だだひたすら、絶望感にかられるばかりだった。
間も無く、意識が遠くなってきた。
まっしろの世界が、目の前に広がる……
その瞬間、僕の意識は無くなった。
それからのことは、覚えていない。
ずーっと長い間、無意識の世界をさまよっていたみたいで。
ここは地獄かな。 それとも天国?
目を開けたつもりなのに、何も見えないや。
それに、埃臭い。
ん……? 埃臭い?
埃臭いってことは、鼻が利いているということか?
いや、僕は死んだはずだ。肉体はもう無くなった。 五感だって、当然……あれ? 使える。
真っ暗だけど、まぶたを開けている感覚はある。
鼻から息を吸っているから、埃臭さだってわかる。
それに、かすかだけど聞こえる。
僕の心臓の音……
僕は生きていた!
嬉しくてたまらず、つい飛び起きようとしてしまった。 しかし、ガンとおでこを何かにぶつけてしまったので、そうは行かなかった。
でも、痛みがわかる。 夢じゃない!
おでこを打ったことが嬉しい事だなんて、流石に言えないけど、今の僕にはそれが奇跡にも換えられないほどの嬉しさだった。
そのありがたみを充分にかみ締めた後、ふと疑問を感じた。
何故おでこをぶつけたのか?
僕は、手探りであたりを確認した。(そのとき、手をふさいでいた縄が解かれていることには気づかなかった)
どうやら、あたりは、固い壁で覆われているみたいだ。 とてもせまっ苦しい。 まるで棺桶の中にいるかのよう。
いや、実質上、僕は棺桶の中にいるんじゃないか?
さっき、起き上がろうとして、おでこをぶつけたのはそのせいだったに違いない!
それに、さっきは焦ってて気づかなかったけど、手を縛っている縄や目隠しははずされている。 これなら抜け出せるじゃないか!
でも、ちょっとまて。
棺桶の中に入れられたって事は、僕は死んだってこと? ……でも、僕は死んでなんかいないぞ?!
棺桶のふたなら、押し開ければきっと外に出られるけど、外に誰かがいたらどうしよう。
まさか、お葬式の最中に棺桶のふたがひとりでに開いて僕が出てきたなんていう展開になるなんてことはなかろう。
棺桶から、まるでおはようと言わんばかりの様子で起き上がり、僕はきょとんとした顔で「みんなどうして泣いてるの? 誰も死んでなんかいないじゃないか」っていう。
そう、奇跡的に僕は死んでなんていませんでした! めでたしめでたし……プっ。
いや、もしかしたら、もう埋葬済みだったりして!
そんなきつい冗談考えながら、そっと前の壁(皆さんから見たら、上にあたるのだろうけど)に手を押し当てた。 ギィと鈍い音を立てながら、ゆっくりと壁が持ち上がってゆく……。
よかった! まだ埋葬されていない!
こうなると僕がまるで吸血鬼にでもなったみたいだな。 いや、本当に死んでいたのだとしたら、本物の吸血鬼なんだろうけど。
ところで、僕は魔術師になれたのだろうか……?
魔術師と吸血鬼は遠い昔、親戚だったんじゃないかという変な妄想が頭によぎる。
だとしたら、僕はバンパイア・マジシャン? か、格好良い……
ふたを開けると、外の空気が棺桶の中に一気に流れ込み、のどの奥が冷やされた。 それと同時に寒気が走った。
でも、なんて新鮮な空気なんだろう。 外の世界がこんなにも明るいなんて。
と、言うか明るすぎて、暗闇になれていためにはちょっとまぶしかった。
僕がしばらく目をシバつかせていると、一人分の拍手する音が聞こえてきた。 一体誰だ?
棺桶のふたを開けてから10秒くらいたち、外の明るさになれてきたころ、その人物が誰なのかわかった。
「よくやったな。 おめでとう、レンディ君」