第一話−530からの救出−
"530"という魔の数字が書かれた袋は、
僕の母の手にかかればどんなものだろうと飲み込む怪物に変身するのだ。
「ここに山ほどある本を、どう片付けようかねえ?」
そう言ったのは僕の母で、毎度のごとく、嫌と言うほど、"捨て魔"の性格を見せ付けてくる。
イングランドのとある小さな田舎町の穏やかな昼下がりを台無しにするにはもってこいの、かしましい声とともに……。
「ちょっとまって!」
僕の意見なんか聞く耳を持た無いかのように、母は、容赦なくなんでもかんでも片付けてしまう。 だから、僕が大切にしてきた"本"でさえ、脇に抱えたでっかいポリ袋のなかにつめこもうとするのだ。
まったく、不愉快極まりない! だが、今回ばかりは、自分達にも責任がある。
どこから手をつけてよいのかわからない沢山の本と……それに混じるガラクタども。
僕の部屋は、弟と一緒に使っているから置かれている物の数は半端じゃなく多い。
本は、ほとんどが僕のものだが、ガラクタは大概の場合弟の所有物だ。
本は本棚に納まりきってないし、ガラクタは部屋から足の踏み場を無くしている。
僕は、ちらかっているガラクタを足で避けながら、しぶしぶ本棚の整理に取り掛かった。
本棚は全部で五つある。その中の三つは、僕の日記が占領している。
この文を読んでいる君はこんなことを疑問に思ったはずだ。
「どうしてこんなに日記が多いのか」って。
理由はただひとつに決まっているじゃないか。 そう、日記を書くのが大好きだからさ!
今でも日記をやめていない。 一ヶ月でニ冊は使うかなぁ……。 それも、かれこれ5年位前から続けているものだから、ざっと百冊以上はある。
「そうだ」
僕はひらめいた。 この日記、話の一番わかってくれそうな人のところへ持っていこう。
そして、一緒に読もう。 そうすれば、この日記をとっておいてくれるに決まっている。 大事な思い出なんだもの。 まずは日付の古い順に……本棚一架分!
……とはいっても、抱えきれないほどの日記がある。 が、まだ良い方かもしれない。本棚は横一列文しかなくて、幅は一メートルくらいだ。
よいこらしょっと、日記を持ち出す僕を見て、母は、「何をしようとするのか」とでも言いたそうに、弟のガラクタを拾いながらチラチラと横目で覗いてきた。
実は母さんは、僕が学校に行っている間は、パートで働かなきゃいけないし、夜間は内職をしているほど忙しい人なんだ。すべては父さんが作った借金を返すために。
父さんは研究者だが、なかなか成果をあげられないでいる。 でも、僕はそんな父を応援している。 なぜなら……
「ちょっと下に行ってくる」
僕は母にそういいつけて、日記を足元にばらばら落としたりしながらも、なんとか部屋から日記を持ちだした。 部屋のドアからでたところに、白い手すりのついた右へ続く廊下がある。 そこを左に突き当たったところにリビングへとつづく階段が降りている。
リビングには、一番話のわかってくれそうな、ある人がいるんだ。
その人に、僕が起こした奇跡の恥さらしをしようと、胸をワクワクさせながら僕は階段を降りていった。