第十六話−魔王の日記−
レンディが寝ている間、マグレガー家(ケビンの家)ではちょっとした騒動が起きていた。
「ケビン、お前、面白そうな本持ってるじゃん」
そういったのは、ケビンの双子の兄、ケレックだ。
ケビンが居間に入ってくると、ソファーでくつろいでいるケレックが、ケビンの持っている本に目をやった。
黒い表紙に、白い五芒星。 レンディから訳してほしいということで預かった品だ。
「俺の下僕からもらったものだけど」
ケビンは、家でレンディのことを下僕と呼んでいる。あまりに悲惨な呼び方だ。しかしケビンの家では誰も、その呼び方を指摘したりしない、変わった家族なのだ。
一家そろってレンディのことを憎んでいるワケではないが、レンディの家のようにそれほど金持ちでもない家に対しては、動物も同然の扱い方である。
「ま、これは兄さんが読んでも手に負えないと思うよ」
「なんで?」
「フフン、ラテン語なのさ。 それもぜーんぶ!」
「げっ。 俺はそういうの苦手だ」
「俺が今から訳してくるから! クククッ。内容が楽しみだぜ」
ケビンはそう言って、自らの部屋に戻った後、ラテン語に関する資料を机上に並べ、早速日記の翻訳に取り掛かった。
ええと? まず、一日目。大部昔だな。
今から5年以上前だ。内容は……”何もしなかった。”
何もしなかっただと?! 二日目は……同じ内容だ! 何もしなかったんなら、わざわざ日記に書かなくてもいいのに! ばっかじゃないの?
しかし、ケビンがそう考えていられるのも、最初のうちだった。
日記の翻訳を進めていくうちに、信じられない記事を目にすることになる。
丁度一番のページだった。あと、数枚白紙のページが残っているが、字が書かれているのは、このページで最後だった。
”私は扉を開くことに成功した! これからは人間の皮を脱ぎ捨て……”
……え?!
”永遠の存在になるのだ”
そのとき、ケビンの頭の中には、とても恐ろしい事が思い浮かんだ。
まさか、ずっと前にじいちゃんが言っていた伝説は本当だったのか?
ケビンのじいちゃんは、もう死んでしまったが、地元では有名な魔術師だった。
そんなじいちゃんは最期にこんなことを言っていた。
”何年か後、もしくはもう既に、人間が魔王になって、夢魔たちを操り、夢の世界を支配する”と。
これはあくまで伝説上の話だが、ネットで調べてみたところ、いつか一人の魔術師がその伝説の現実化に取り組もうとしているとのことらしい。
さらに、人間の魔王は、人工的につくったなんらかの装置で夢の世界に無理やり入り込んだというウワサだ。
そいつは普通の夢魔と違って、肉体の状態で夢の世界にいる。肉体の状態で夢の世界にいるなんて、絶対におかしい。夢は人の精神で構成されている世界だ。なのに……。
機械の故障か何かか?
( それにしても、その装置が、日記の中で”扉”と、例えられているのだとしたら、間違いない。
この日記の著者は扉を開いて魔王になった張本人だ!
でも、一体だれが……? そもそも、何故こんなものがレンディの手に渡っていたのだ?
あんなやつが、持っていたって、何の意味も無いじゃないか。魔術師の家系でもないくせに。
おっと、言い忘れていたが、俺の家系は先祖代代から続く魔術師の家庭なんだ。
魔術師といったって、理解不能な儀式だとか、よくわからないおまじないでヒーリングするのが仕事だが……。)
そう考えているうちに、ケビンはこの前ケレックがいじくっていた”あるもの”を思い出した。
一階に下りたとき、たまたま牛乳を飲んでいるケレックを見たので、彼に”あるもの”のことを聞いてみた。
「ブフ!」
ケレックは鼻や口から白い液体がこぼれてこないように、そでで口元を拭いてから、よくもそんなこと聞いてくれたなといわんばかりに、うなって返事をした。
「あんなものが欲しいって、正気か?」
「正気も何も、俺は見せてもらいたいだけだ」
「捨てちまったさ、あんなもの。持ってたってなんの価値も無いからな」
その瞬間、ケビンはショックのあまり言葉が出なかった。 捨てちまっただと?!
お前こそ正気か?
ケビンはすぐさま、家中のゴミ箱をあさった。ケレックは「おかしい奴だな」とはき捨てて、自分の部屋に戻っていった。
”あるもの”を探した。しかし、いくら探しても……無い、無い。無いったら無い!
探している間、せわしく家の中を駆け回っていると、母や父に「何をしているの?」と言われた。
事情を説明したところ、二人とも顔を合わせて「とんでもない!」と言って、ケビンと一緒に”あるもの”を探し始めた。
母は、”あるもの”を探している間、何度も「まったく、あのこと来たら……本当に魔術を信じない子なのね。 それよりも、この前逃がしてしまった使い魔がまだいれば、簡単に済むことなのに」と、ぼやいた。
俺の家は魔術師の家系だから、もちろん使い魔だっている。しかし、その使い魔が居なくなってしまったからには、自力で”あるもの”を探さなければ!
”あるもの”を探し始めてたらしばらく経ったとき、ケビンは台所の生ゴミが捨ててあるゴミ箱の底でそれを発見した。
”あるもの”は生ゴミの汁でひどく汚れ、鼻にツンとくるような悪臭を放っていた。
「うっ……あったよ、ここだ!」
ケビンがそう叫ぶと、たまたますぐそばにいた父が、「それ、まだ使えるか?」と不安そうな顔で言った。
「たぶん、この臭さがなんとかなればね」
ケビンは、鼻とあるものの端っこをつまんで、いかにもそれが臭そうなそぶりを見せた。
”あるもの”を綺麗にしたあと、俺は自分の部屋に持って帰って、内容を確認した。
”あるもの”とは、これが書かれた茶色い紙切れのことだった。内容はこうだ。
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〜後継者専用権利書〜
後継者名 :_________
保護者及び管理者:_________
有効期限 0X年11月8日
《概要》
この権利書は、魔術師における後継者
決定のための重要書類である。
後継者を希望するものは、英国魔術師
教会に上記を記入の上提出する。
既に魔術師としての参入儀礼を行って
いないものは、あらかじめ申し出る。
この書類を提出した後、英国魔術師教
会の一員としての新名の儀式を実施す
る。希望の魔法名がある場合は……
<以下略>
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ケレックは、もともとマグレガー家(ケビンの家)の新しい魔術師として後継する予定だった。
しかし、ケレックは端から魔法だとかそういったものを信じない主義で、魔術師になるだなんて、天と地がひっくり返ってもしない男だ。
ケレックがこの権利書を放棄した理由はもう一つ有る。
正式な場で魔術師になった場合、英国魔術師教会から特別教育を実施されることになる。
月に一回の講義に参加するだけなのだが、それを面倒くさがってケレックは魔術師になることを放棄した。
ケレックはケビンとは正反対の勉強嫌いだ。
ケビンはプライマリーの時に既には、ラテン語がベラベラだったし、魔術に関することにも詳しかった。
それが学校で評価されれば、今ごろ大学に行っててもおかしくないくらいだが、魔術に関する教育など世の中ではほとんど認められていないのがそれの難点だった。
魔術なんてモノは、信じるか信じないかでその価値観が大きく変わってきてしまう。
ケビンのように、関心があれば、努力次第で才能を開花できる。
しかし、ケレックのように最初から何もしようとしなければ、何も起こらないままなのだ。
じいちゃんが言っていたことが本当なら、夢魔がケビン達をいつ襲ってもおかしくない状況にある。
( だとしたら早く魔術師になって、その魔王が操っている夢魔をやっつけないと!
後々には、魔王に会って、話をつけよう……
でも、他の魔術師がやっつけてくれているとしたら? そうだとしたら、俺は協力したいと思う。夢魔に襲われて家族を無くすかもしれないから。 家族は、絶対に守りたい。)
ケビンはその時、魔術師になることを決心した。