第十五話−赤い服を着た男−
僕は暗闇の中に立っていた。
真っ直ぐと臨む先には、天井まで続くステンドグラス。
今は夜なのか。外から差し込む月の光を受けて、ステンドグラスから発せられる色とりどりの光が、僕やその周りを照らしている。
ステンドグラスには、丁度中央に、丸い、そこだけ透明ガラスの部分があり、月が丸い窓辺から覗いていた。
満月だ。普通の人なら、満月を見て、いい月夜だな、と感じるだろうが、僕はそうじゃなかった。
何か起こるのではないかと、ソワソワしてたまらない。それがどんなことなのかは、きっと、この先明らかになるだろう。
僕は、ステンドグラスから差し込む月明かりを頼りにしながら、辺りを見回してみた。 すると、前方から、カツンカツンという、静かで、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。それが近づくにつれ、さっきから感じていたソワソワ感が増してくる。
僕より一メートルくらい離れたところで、それは止んだ。月明かりがあるとは言えども、人物の顔がはっきりとわかるほど明るくはない。
それに、足音の持ち主の背後にステンドグラスがあるせいで、人物は逆光により黒いシルエットのように見える。
目を凝らして、よくその人物を見てみると、どうやら男のようだった。
恐ろしげなまでに顔は無表情で、昔の貴族のようにリボンでこげ茶色の髪を後ろにまとめている。
長めのコートに長ズボン。月明かりを受けて輪郭が光っていたから、確認できた。
……この男、全身真っ赤な服を着ている。
そう、赤い服を着た男だ!
僕の中では、彼の正体がのどの奥まで込みあがってきていた。しかし、あと少しというところで、誰だか思い出せない。
しばらく男の姿を眺めていると、彼は手を一振りし、背後にあるステンドグラスの絵をバラバラにした。しかし、驚くのは、その散らばり方だ! 何故か、空は空で、太陽は太陽で、動物や人々も、ちゃんと形を残したままバラバラになっている。
相当器用な割り方か。そうじゃなければ、奇跡だ。
唖然としていると、まもなく、その砕け散ったステンドグラスに変化が訪れた。 空は、隅のほうから、だんだんだんだん、黒や紫色で染まりだし、太陽は眠りにつき、動物や人々は死んでゆく。
そして、各々の部分は、一つにまとまり、それが混ざり合って、一つの塊になった。
その塊は見る見るうちに小さくちぢみ、ゆっくりと男の手の中に収まった。
男は不意に口を開いた。
「これは、今から起ころうとしている事実です」
相変わらず、恐ろしげな程に無表情だ。
「このまま放っておけば、貴方はいずれ救われないでしょう。
しかし、運命を変えるのはあなた自身です」
男はそういうと、手にしていたステンドグラスたちの塊を手でこなごなに砕いた。
その破片は空気中に散らばり、煙に姿を変えたかと思いきや、すぐに見えなくなる。
まるで空気中に溶けこんだ様に…… そして、いつのまにかステンドグラスは元通りになっていた。
この男は魔法使いか?
僕は、しばらく唖然としていると、ガタンと床が抜けたように、下に落ちた。
あっというまに、奈落の底へと落ちてゆく……
その瞬間、僕はベットから跳ね起きた。
「今のは……」
起きてから2,3秒は現実味が無くて、変な気分だった。
深呼吸をして、落ち着いてから、夢で見たことを思い出そうとした。
確か、僕は暗いところにいた。そう、教会の中かな? 確か、僕の前に赤い服の……
そうだ、サン・ジェルマン伯爵だ!
確か理科の先生はあのとき、伯爵は赤い服で現れ、危険を予言していくと言っていた。
でも、今のは夢の中での話だ……。 夢の中で起きたことも有効なのだうか?
しかし、そう考えてみるとぞっとする。 仮に、この世界で伝説上の人物だとしたら、夢の世界では本当だってことなのかもしれない。 いや、これじゃあ考えすぎだ。きっと、何かの強迫観念が形になって現れたのだろう。
そういえば、この前、リトルビニーに 「お前には、この先に最悪な運命が待っている」とか言われていたじゃないか。 きっと、そのせいだ。
僕は、できるだけ、その日に見た夢の内容を考えないようにした。