第十四話−父さんの日記2−
家に帰ったあと、自分の部屋が異様に片付いているとに驚愕した。
原因はもうわかっている。
僕は急いでリビングー向かい、母に文句を言いつけた。
「ねぇ、母さん! 僕の部屋、勝手に片付けないでって言ったじゃないか!」
しかし、母はソファーに座って、りんごの皮をむきながら極めて冷静な面持ちで答えた。
「あら、レンディ帰ってたの? あんたの部屋は片付けておきましたからね。
ああ、そうそう。 こんな物がでてきたんだけど……」
すると母は立ち上がり、テレビの上に置いてあった本を手に取った。
どうせ、またくだらないものだろ、と思いながら、僕はその本に目をやった。
……不気味な本だ。表紙は真っ黒。真中には、白で五芳星の模様が大きく描かれている。
「たぶん、あの人がつけていた日記だと思うのよね」
母はそういいながら、日記のページをパラパラとめくり始めた。
「あの人って?」
「あんたの父さんよ」
母は首を回しながら答えた。
「それ、日記なの?」
「でも、詳しい内容はさっぱり。 まったく、あの人が考えていたことなんて、常人には理解できないわ。 ラテンなの語かしら。 あんたも、読んでみる?」
そういうと母はパタンと日記を閉じ、僕に差し向けた。
「え……うん」
日記は、一・五センチくらいの厚さで、結構な重みがあった。
僕は、部屋に戻った後、その日記を読んでみることにした。
……しかし、僕にもその日記の内容がわからなかった。
ローマ字だけど……見たことの無い単語ばかり。普通の英語とは違っている。
とりあえず、自分なりに訳してみよう。ラテン語だったら、学校でも少し習った。
それに、なんてったって、父さんの日記だ。
あの父さんが……
一体どんなことを日記に書いていたんだろう。とても気になる。
――翌日――
僕は、昨日の晩の遅くまで日記の翻訳に努めていた。
そして、学校に来てからも、日記の訳を行っていた。おかげで眠いの何の……。
でも、父さんの書いた日記だと思うと、眠ってなどいられなかった。
早く内容を知りたい!
ときどき、先生に見つかりそうになるから、教科書の下にしいては、こそこそと翻訳。
しかし、いくらラテン語の辞典で探しても乗っていない単語ばかりが頻出してくる。
おかげさまで、授業が三コマ目になっても、一ページ目すら訳せていなかった。
まともに授業を受けたときとは違う意味で、頭が疲れる。
次の授業が移動教室のとき、皆が移動し始めているにも関わらず、一人で日記の内容とにらめっこをしていると、たまたまケビンが僕の脇を通りかかった。
不意に彼が話し掛けてきた。
「おい、レンディ。 お前何さっきからコソコソやってんだよ」
「翻訳だよ」
すると、ケビンは下を向いている僕の頭におでこをくっつけて、日記の本文を無理やり覗いてきた。
「おいお前、いつからラテン語なんて読めるようになったんだ?」
ケビンは自分が他の誰よりもラテン語が得意だと言い張っていたから、僕が急にラテン語が読めるようになったのかと思い込んだらしく、しばらく僕のことを、信じられない、といったような目つきで見てきた。
しかし僕は、
「ねえ……その……さ、この日記、なんて書いてあるのかわかる? 僕、いまいちラテン語とやらがわかんなくて」
と、本当のことを言った。実は、学校で習っておきながらも、僕には半分も理解できていない。
すると、ケビンは、時計を見るために振り返った後、こう言った。
「なんだよ、わからないで翻訳してるのか? とにかく、今は時間が無いから、後でな」
ケビンは急ぎ足で教室を出て行った。
昼休み、たまたま空いていたジェシーの席に座り込んで、僕に話の続きを持ちかけてきた。
「例の本、見せろよ」
僕はケビンの前に、日記を出した。すると、ケビンは日記の表紙を見るなり、両手で、日記をうばとって、くらいつくように眺めた。
「これって……」
彼は驚きを隠しきれず、口からは狂喜の声が漏れていた。
そして、中をあけると、鬼のような目で吟味し始めた。
そんなにその日記が珍しいものなのかと、不思議そうな目で僕がケビンのことを見ていると、不意に彼が僕に問い詰めてきた。
「こんな本、どこで手に入れたんだよ?」
「どこでって、僕の母さんが家で見つけたものだけど」
すると、彼は予想もしなかった言葉を口にした。
「俺にくれよ」
つい、僕は拍子抜けして、ケビンにもう一度聞き直した。
しかし、彼は同じ事を言うばかりで、本のことしか眼中に無いらしい。
「じゃあ、借りるだけでも!」
とうとうケビンは必死になって僕にねだりこんできた。
僕の気持ちは揺らいだ。昔から、強く言われると断りきれない性格ではあった。が、今回ばかりはそうやすやすと許されることではないだろう。だって、父さんの日記だ。
身内の遺品を他人にやすやすと貸し出すなんて……でも……
「訳してくれるんなら、いいよ」
「わかった、じゃあ明後日返すよ!」
「頼むね」
普通に喋ったつもりだけど、ひそかに言葉の裏には念をこめていた。絶対に返して欲しい。
その時、何故ケビンがそこまでしてこの日記を見たがっているのか、わからなかった。
ただ、珍しいものだからとか、興味本位でのことだと思っていた。既に運命の歯車が回り始めていたことなんて、僕は知らないのだから。
その日の夜、僕は妙な夢を見た。
今度はリトル・ビニーではない。もっと、不可解な人物だ。 そう……




