第十三話−父さんの日記1−
……今週一杯は外出禁止……。 そんなことを言われたって、リトルとの約束は、どうすれば良いんだ。 そうだ。 僕は昨日、一週間後にリトル・ビニーと再会する約束をした。(今日を入れてあと六日しかない)
おかげで、学校に着いてからも、リトルビニーのことが頭から離れることはなかった。 授業が全部パーになる。
いくら、ふだんから居眠りばかりしているとは言えど、これでは、流石にまずいと思った。
普段から、授業中は別の世界に旅立っている(あくまで意識が)僕だが、今日はいつもに増してぼーっとしている。
ケビンがいくら「おい、まぬけのレンディ!」等とちょっかいを出してこようと、僕はそっちのけでリトルビニーについて行くか行かないかだけを考えていた。
「どうしたの? 今日は元気が無いみたいだけど」
理科室へ行く途中で、ジェシーが話し掛けてきた。
「うん……ちょっとね」
僕はそう告げてジェシーを追い越した。彼女には話したくない。
仮に話したって、彼女は真面目だから知らない人には着いていかないほうが良いって言うに決まっている。
好奇心が丸つぶれじゃないか。
しばらく進んでいくと、僕がいるところより十メートルほど前方でケビンが三人の友達に囲まれて「俺、ラテン語が得意なんだよね〜」などと自慢げに話しているところに出くわした。
するとケビンは、まるで僕が後ろにいることを悟っていたかのように、振り替えった。
そして、僕と目が合うと、素っとん狂な声で話し掛けてきた。
「おい、レンディ。お前が英語以外に喋れる言葉ってあったっけな」
「レンディは日本人じゃなかったの?」
「じゃあ日本語喋ってみろよ」
するとケビン集団はガハハと盛大に笑い飛ばしてきた。
あいつらは僕が勉強ができないことを知っててからかってくる。本当に立ちが悪い。
だのに、気まぐれで僕に絡んできては遊びにつき合わせたり……一体何がしたいんだ。
「馬鹿!」
衝動が口をついて出た。僕は振り返らずに、早足でケビン達を追い越して理科室へ向かった。
理科の先生が教団を前に、演説している。珍しく僕が必死でノートを取っていると、突然、視界の端に丸められた紙くずが飛び込んできた。
ふと紙くずの飛んできた方向に視線を泳がせると、どうやら犯人はリップのようだった。
リップはケビンとは正反対の、ぽっちゃりとした体系に、刈り上げた短い黒髪だ。
さっき、ケビン集団に(もちろん、リップもいた)からかわれたせいで機嫌が悪かったので、つい邪険になって答えた。
「なんだよ?」
するとリップは口の動きだけで僕にメッセージを伝えてきた。
「い い か ら、
読 ん で み ろ っ て」
最初は彼がなんと言っているのか、わからなかった。
僕には、"いいからよんでみろって"が、"いいあら おんでみおって"としか捉えられなかったんだ。
すると、リップはそのことを察したのか、本当に小さなヒソヒソ声でメッセージに音を乗せた。
「いいから、読んでみろって!」
そっか、さっきの口の動きはそういうことだったのか!
僕は、早速、丸められた紙くずの皺を伸ばそうとした。しかし、たたまれた皺を開きかけたところで不意を打つように理科の先生に指名された。僕は慌てて、リップから渡されていた紙くずをポケットにしまいこんだ。
「レンディ君、これはあくまで雑談だが、蒸気機関車の出現を予言していたのは誰だかわかるかね?」
そんなマニアックな知識はいくらオカルトが好きな僕でもわからない。畜生、知識不足だ。
「わかりません」
すると、意外な人物が僕に代わって、答えを言い上げた。
「サン・ジェルマン伯爵じゃないですか? 先生」
理科の先生は、まるで邪魔者が入ってきたかのようにさっと振り向き、声のしたほうへ視線を向ける。 聞き覚えのある声だ。
「おおなんと。よくご存知だ、ケビン君」
しかし、理科の先生は邪魔者ではなかったかのようにあごをさすり、猫なで声でケビンを誉めた。僕は、このわざとらしい誉め方が大嫌いなんだ!
……しかし、どうしてケビンがそんなことを知っている?
クラスの皆は、ケビンが突然博識な真面目君になったかのように、彼に対して驚きと尊敬のまなざしを投げかけている。とは、言っても一部のケビン集団がほとんどだ。普通の子達は、「意外だなあ」という感じである。
しかし、ケビンが先生の質問にきちんと答えたなんて……雪でも振るんじゃないか?
なんてったって、ケビンは今まで先生に指名されたとき、一度として真面目な答えをいったことが無い。
理科の先生は続けた。
「キミ達は歴史の裏に隠された真実を、今、垣間見ることができるぞ? ククク」
先生は口の縁を不気味にゆがめると、一度咳払いをした。
「サン・ジェルマン伯爵は、不死身の男として有名だった。 そして彼は芸術家であり、一流の科学者でもあった。彼は自らを四千年以上も生きていると言い、未来を予言したり多くの歴史的人物とも関連していた」
「そんなの嘘に決まってる」
クラスのどこかから野次が飛んだ。
「これはあくまで伝説だよ、ジェシカ君」
理科の先生はそういうと、鼻でフフンと笑った。
ジェシカというのは、ジェシーの本名だ。
そのとき、クラス中が大笑いした。 一方、ジェシーは決まり悪そうにうつむいて、先生に聞こえるか聞こえないかの音量で悪態をついている。
理科の先生はそれを無視して続けた。
「彼は今も生きているのではないかと、一部の研究者の間ではうわさされている。しかし、それが本当かどうかなんて、誰も証明したことが無い。
ただ、一ついえることは、何時の時代にも、突然、その赤い服を着た男が現れ、未来を予言していくということだ。
多くは危険の予告だがな……」
ここで巨人のうめき声が鳴り響いた。
クラスの皆は一斉に教科書を片付け、教室へと帰っていった。
しかし、僕は途中でリップに話し掛けられていたから最後までノートを取っていなかったので、ノートの続きを取っていた。
先生が理科室の寮に戻ったことをいいことに、僕はリップから渡されていた紙くずを広げた。
紙には、こう書かれていた。
”ケビンって、最近様子がヘンじゃん?”
教室に戻ったあと、紙に返事を書いた。
”もしかして、僕よりオカルトが好きになってるってこと?”
理科の次は、歴史の授業だった。歴史の授業は、いつも教室で行われている。
リップは僕の席から数えて、左に二つ進んだ席に座っているので、左隣の子に手紙を送ってもらいながら僕らはやりとりを続けた。
”よく知らないけど、ケビンの兄が関係してるらしいんだよね”
”それって、ケレックのこと?”
”何で知ってんだよ!”
と、リップが書きかけたときである。
先生がこともあろうに、リップの右隣を通りかかったとき、立ち止まった。
リップの書いている手紙が、先生の視界にはいってしまったらしい。
僕の席からでは何が起こっているのか、よくわからなかったけど、話し声だけは聞こえた。
その内容はこうだ。
「授業中にこういうものを机に出しているとどうなるかわかっているね?」
穏やかに、しかし厳しく歴史の先生はリップに指摘する。
一瞬、リップはためらった後、渋々紙くずを先生に渡した。
「これは、授業が終わるまであずかっておきますから」
先生は紙くずを顔の前で自慢げに揺らした後、ポケットの中にしまいこんだ。
リップは「ドンマイ」とでもいいたそうに、同意を求めて僕に目配せしてきた。顔が引きつっている。
僕も、ぎこちない笑顔で返した。 きっと引きつっていただろう。
放課後、リップはすかさず僕に、どうしてケレックのことを知っているのか尋ねてきた。
パーティのことを話したら、リップは驚いてケビンのいる方をチラと見た。
「あいつ、何も言ってなかったぜ?」
「え、そうなの?」
するとリップは少し考え込んで、こういった。
「……どうもおかしいんだよ。最近。ケレックが関係していることは確かなんだ。
あいつがケレックから何かしらの影響を受けたんだと思う。兄ちゃんっ子だからね」
「ケレックはオカルトが好きなの?」
「さあ。 オレはオカルトになんて興味ないから。
でも、ジェシーはあの時、よく言ったと思うよ」
リップはそう言うと、ふくよかな頬を吊り上げてにやりと笑った。