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第十話−仮面の男−

 四つ目の信号を曲がったところで、急にあたりの景色が変わった。

 かすかに草の匂いがする。

 振り返ってみれば、街の明かりはだいぶ遠かった。

 シルヴァニア公園を目前にした恐怖をあおるように、うめく森からの風が、僕の顔を、髪をなでつける。


 僕はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めてシルヴァニア公園のゲートをくぐった。

 公園内に一歩足を踏み入れた途端、じめつく土を足を取られて転びそうになった。

 しかし、落ち着いて地面を踏みなおすと、澄んだ木や水の匂いが、一気に僕を静寂の世界へと誘う。

 帰って来れそうにないのではないかという不安に刈られそうになりながらも、僕はシルヴァニア公園の中へと突き進んだ。

 鳥たちはきっと寝静まっていのるだろう。 時々、虫の鳴きがするが、それ以外は風が木の葉に埋もれて僕を見ながら小躍りする音しか聞こえない。


 いつもなら、こういう森に入っていくとき、必ずといっていいほどカラスに襲われる。

 何故だかわからない。 きっと僕の黒髪のせいだ。よく黒いものに反応するとか言うじゃないか。


 でも夜でよかった。 夜なら何だって(カラスだって)眠っているだろうから、安心だ。


 しかし、この森の中は街を歩いていたとき以上に寒い気がした。 ポロシャツ一枚を羽織っているだけではさすがに手がかじかんでくる。 寒さが、孤独感を一層引き立てた。


 シルヴァニア公園内を照らす街灯は、数えるほどしかない。

 街灯と街灯の距離が等しくなく、道の曲がり角を弱弱しく照らしているだけで、足元がとても不安定だった。


 暗く湿った公園内で、街灯以外に頼れるのは月の明かりだけだ。 街灯の光が極端に少ないためか、月の明かりが木々を黒々と輝かせていた。 これで明かりが無かったら、不気味そのものだろう。 いや、今の状況だって、十分に不気味かもしれない。


 だって、対になってならべられている黒っぽい四人がけの木製のベンチに置き去られた帽子が物言いたげに僕の事を見ているし、それに、後ろから誰かつけてきてないか心配で……。 何度も振り返ったけど、そこには同じ景色があるだけだった。だから、もしかしたら同じ道を何度もぐるぐる回っているんじゃなかって思えてきて、ますます恐怖感にかられることになった。


 でも、今更引き換えそうだなんて、考えていられない。 もうここまで来てしまったんだ。 ここで引き返したら、待っているのは母の小言だけだろう。 友達に自慢するための武勇伝はとっておきたい。


 暗く湿っぽい道を標識に従ってひたすら進んで行くと、三番目の角を右に曲がったところで大きく開けた場所にでた。 ここがひだまり広場だ。 今まで緊張してこわばっていた体がふっと楽になった。 胸をなでおろす気分だ。


 だが、夏休みにケビン達と夜遊びに来て以来、僕はこの広場に、いや、この公園自体に近づいていない。 久しぶりに見た光景だ。

 さび付いた遊具が、人影を装ってたたずんでいる。 広場の中心には、柱のような朱塗りの時計があって、それ以外には特に何も無い。 ただ、日が差すだけの広場のように(だからひだまり広場というのか)開けているだけだった。


 待ち合わせの男は……まだいなかった。 僕は、広場の中央にそびえ立つ朱塗りの時計台のところで待つことにした。 "リトルビニー"という謎の人物(と、言ってもメールアドレスにそう書いてあっただけだが)を待つ間、僕はいろいろなことを考えた。


 ほんとうに彼と会えるのだろうか?此処まで来て、ただのいたずらで終わってしまうのだろうか……いや? もしかしたら誘拐されたり殺されたりなんてことだってありえるかもしれない……


 と、思いかけた瞬間である。 僕の前方三十メートルほど離れた木陰から、ぬるりと巨大な男が現れた。 彼は、てっぺんのへこんだ焦げ茶色の革でできたカウボーイハットを被り、足元まである黒いトレンチコートを着ていた。 そして何より印象深かったのは、顔面に付けている白い仮面。 左の頬の部分には、赤い下向き矢印の先が描かれている。

 遠くから見ていたときではそう強烈な印象もなかったが、近くに迫ってきたとき、その男の恐ろしさを実感した。 なんといったって、自分を見下ろすように歩いてくる。 身長が二メートル近くありそうだ。 それに……手には黒いアタッシュケース。 007のつもりか? 何が入っているかなんて、想像できない。

 男は、僕の目の前まで来ると、じろりと見下ろしてきた。

 僕の口からは直感的な疑問が飛び出した。


「誰だよ」


 男は僕に目だけ向けた。 目は左側しか見えなかった。 右側は陰になっていて、よくわからない。 しかし、片目だけでも充分に訴えかれられるようなものを感じた。 ひどく見下したような形相で、僕のことをしばらくにらみ付けると、不意に仮面の下で口が動いた。


「まずは、お前から名乗れ」


 低く、鷹をくくったような声だった。 だが、どこかで聞いたことのあるような気もした。 とても恥ずかしくて親しみのあるような……。

 それはさておき、この男が本当にリトルビニーなのか? どこをどう見たってリトルなんかじゃない! 大男じゃないか。 名乗るならビック・ビニーだ。 僕は自分の名前を名乗る前に相手を確認した。


「リトルビニーと言うメールアドレスでメールをよこした人物を待っているんだ」


 しかし男は僕の話を聞かずに、同じ質問を繰返した。


「お前が誰だと言っているんだ! わからないのか、え? 小僧」


 マスクの下から覗く目が怒りを示している。

 素直に答えた方が良さそうだ。 僕は渋々答えることにした。


「僕は……レンディ・クローズ」


 すると男は顎をさすってしばらく考え込んだ。

 男はひとりで「やはり……」などと、ぶつくさ言っている。


「おい、お前。 それが、本名か?」


 男はまるで僕のことを探るように問いかけてきた。

 しかし、ここで変に馴れ馴れしく「うん」とか「そうだよ」と返したら、さっきと同じように噛みつかれるに違いない。

 僕は出来るだけ丁寧な言葉を使うようにして答えた。


「本名ですけど。 あなたこそ名乗ったらどうですか」


 なれない言葉遣いに、思わず舌を噛みそうになる。

 しかし、彼は大人らしくなれた丁寧語で僕に返してきた。


「いかにも。 私はお前も知っている通り、リトルビニーだ」


 彼はそう言うと、左胸ポケットから名刺を取り出し、丁寧に僕に差し向けた。 まるでどこかの企業社長と挨拶でもしているようだ。 これが大人の世界なのか。 僕は戸惑いを覚えながら名刺を受け取った。 ……書いてある内容に、思わず目を疑った。



[全米魔術師協会]登録ナンバー01278965

二等士官 リトル・ビニー(以下、携帯アドレス)


 僕は笑いをこらえつつ、真面目なふりをして名刺を見ていた。 ……こんなのふざけてる。 きっとハロウィンのせいで頭がのぼせてしまったのに違いない。


「今日お前をここに呼び出したのはほかでもない。 お前がこの先に立ちはだかる最悪な運命から救われるためだ」


 男は大真面目にそう言ってのけた。

 絶対イかれてる。 この男。 運命? そんなものがこいつにわかるのか?

 そもそも呼び出した理由が理解できないってば。


「へぇ……。 それで、何をしてくれるの?」


 でも実は、すごくおびえていた。 僕はそれがわからないように、わざと大きい態度で彼に臨んだ。 しかし、彼は僕よりもさらに大きい態度で言葉を返してきた。


「私は何も手をださない。 ただ、この先にまっている最悪な運命から逃れられたいのなら、協力してやるだけだ」


 彼はそう言って、うなずく。


「何を言っているのかわからないよ」


「では、一週間の猶予をやろう。 それで、決断を下せ。 私についてくるか、こないかをな」


 僕は疑問に思った。 仮に"ついていく"といった場合、どんなことをされるのか?

 まさか変な悪徳商法ではあるまい。 ほら、よくあるじゃないか。特別なところに呼び出して、浄水器かなんかを買わされるとか。 確かこれはアポイントメントセールスっていうんだよね。  だとしたらクーリングオフしなきゃいけないことになる前に、回避する必要がある。

 僕は一応、リトル・ビニーに確認を取った。


「仮に、貴方に付いていくとしたら……?」


「それは、そのときになってから教える。 今のお前では何も信じてくれないだろう。 すべて計算どおりにさせてもらう」


「それって、どういう……」


 この男は僕の心の中まで計算済みなのか。


「まあ、いい。 今日は遅いだろう。 こんな時間に呼び出すのはすこし気が引けたんだが……他の用事があって忙しくてな。 今日しかなかったんだ。 すまん。 一週間後、今日と同じ場所に夕方六時だ。 いいな?」


「……わかったよ」


 すると男は後ろを振り向き、背中を向けて手を振り、別れを告げた。すると、気づいたときには僕の前から消え去っていた。

 あまりに突然の出来事に、僕は男の姿が見えなくなったあとも、しばらく唖然としていた。

 はっと我に返ったとき、この男を信用していいのか? という疑問がポツリと頭に浮かんだ。


 その後、僕は急ぎ足で家路を辿った。



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