第九話−猫を抱えて2−
「ジェシー……あとで話したいことがあるんだけど……」
「あとで聞くわ」
ジェシーはささっとそう告げて、僕達の前から立ち去った。
このとき、ジェシーはきっと僕が何を話そうとしていたのかを悟っていたに違いない。
僕とケレックの前から立ち去るとき、なんともいえない笑みを浮かべていた。
僕の言いたかったことを察しているかのように。 決して、楽しい意味ではなく。
僕たちはその後、パーティに参加していたジェシーの親戚、パパとママの友達と一緒に楽しく過ごした。
驚いたことに、ケレックのダーツの上手さ! ケレックの放った矢は、親戚の甥や姪では到底追いつけないほど、命中率が高い。 僕も負けじとジェシーと一緒にダーツゲームに参加したが、僕の放った矢は的に当たるどころか、矢が壁に突き刺さるのが落ちだった。 これを見たケレックに「おまえ、ちゃんと弁償しろよ?!」などと、からかわれたのは、いうまでもない。 だが、矢は本物じゃなくて、偽者のおもちゃだ。
ジェシーは一度しか投げなかったが、中心からわずか三センチずれたところに命中した。
皆が皆、的を射るたびに歓声を上げて大いに盛り上がった。
こんなこと、今までに味わったことが無い! ジェシーが先々週辺りに言っていた、「貴方には知識はあっても経験が無さ過ぎるわ」の意味はきっとコレだったのだ。
楽しかったのはダーツゲームだけじゃない! パーティの参加者が皆かわりがわりに、ジェシーの家に訪れた子供達にお菓子を配ったのだ。 子供達は皆、魔女やかぼちゃ、フランケンシュタインや吸血鬼のような格好をして街を練り歩き、さまざまな家々を訪ねていく。
中には、漫画やアニメのキャラクターの格好をした子供もいた。 いや、子供だけじゃなくて大人も楽しんでいるかな。 この国では漫画やアニメが大人気だ。
パーティも終盤に近づき、ソファに寄り掛かって和やかに会話をしていたら、突然、ポケットの中で携帯電話がうなり始めた。 何かと思いきや……メールだ。
送信者のアドレスは……? little-benn……リトルビニー?!
そういえば、今日は十月三十一日!待ち合わせの日だった。
僕は慌てて、メールの内容を確認した。
受信メール001
10/31(月)17:07
送信者:little-benney@abchotmail.com
添付:×
件名:non title
――――――――――――――
日付が変わる前に
シルヴァニア公園の
ひだまり広場に
来い。時間厳守。
---end---
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日付が変わる前ということは、どうしても今日じゃないといけないということか。 どうしてそんなに急ぐ必要があるんだろう?
それにしても、詳しい待ち合わせ場所を知らせるということは、相手が先に待っているかもしれないという証拠だ。
そのとき、"早くリトルビニーという人物の顔を見てみたい"という衝動が僕の頭の中で渦巻いてきた。
「どうしたの?」
ジェシーが僕に話し掛けてきた。
「ううん、なんでもない」
「もしかして、彼女からのメール?」
今のはケレックだ。
「違うよ。 ごめん、僕もういかなきゃ。 急な用事ができたんだ」
「猫はどうするの?」
ジェシーが小声でレンディに話し掛けた。
「やっぱり、あとでいいや」
猫のことなんて頭の中に入るスペースがなかった。 今は、とにかくリトルビニーのことが頭がいっぱいだ。
それに、急がないと! シルヴァニア公園までここからだと一時間ちょいかかる。
家に帰る時間を考えて、できるだけ速く行ったほうがいい。
いや……もしかしたら、家に返されないというワナが……?
(もし、そうだったらどうしよう)
僕の心は既に妙な不安と期待にかられていた。
僕は、リュックに詰めてきたお土産のお菓子をジェシーに渡した後、玄関から飛び出した。
しかし、ドアの部に手をかけようとしていたところで、ジェシーに引き止められた。
「籠、忘れているわよ!」
「ごめん、ありがとう」
ジェシーはきっと僕がジェシーの家についたときから籠のことを黙っていてくれたんだ。
なんだか、逆に迷惑をかけているみたいで恥ずかしい。
僕はできるだけジェシー達と顔をあわせないようにして別れを告げた。 今更猫の話題を持ち出したって、ややこしくなるだけだろうし、ジェシーにはあまり迷惑をかけたくない。 僕はできるだけジェシー達との会話を避けた。
「レンディったら、どうしたのかしら?」
「さあね〜」
ジェシーとケレックが僕を見送った。 その後は、二人ともパーティに戻っていった。
家の玄関を出たとき、吐いた息がかすかに白かった。
外の空気は思ったより冷たく、きりりと澄んでいて、辺りは暗くなりはじめていた。
その中、僕は急ぎ足でシルヴァニア公園へ向かった。
だが、また重い猫の入ったトランクを抱えて長い距離を歩いていくのは、流石にきつい(また人にじろじろ見られるのはいやだしね)ので、途中、自分の家によって、籠だけ置いていくことにした。
僕が自宅にもどって猫の籠を僕の部屋に置き、再びシルヴァニア公園に向かいはじめた頃は、もうじき六時になろうとしている頃だった。
最初は、早く会いたいから、とにかく急がなきゃという思考で歩いていたが、シルヴァニア公園に近づいていくごとに、だんたん、僕の足取りは重くなってきた。
もう街の景色はすっかり秋だ。 紅葉した葉も、枯れはじめている。 昼間はにぎわっていた街も少しずつ静かになり、あちらこちらで店じまいの準備が始まる。 それにのっとられて、僕も帰らないと、という気にさせられるからだ。
だがそれでも、リトルビニーという人物の勧誘に乗る必要があるのか?
答えは、"ある"だ。
どうしても、この謎のメールの正体を突き止めたいと思う。
顔の知らない相手と知り合いに鳴るなんて、ちょっと怖いけど楽しそうだ。
もしかしたら、素敵な出会いがあるのかも! なんて冒険心まるだしで考えてみることもできる。
悪いやつだったら、写メを取って警察に突き出してやればいい。
僕の足取りは再び勢いを取り戻した。 なんと安易な行動だろう。