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第零話−中夜のエスケープ−

この物語はフィクションです。登場する地名、団体名などは実際のものとは一切関係ありません。


 自信も無いのに、プレッシャーばかりが頭の中を掠める。 どうしろというのか。 私には所詮、何も出来るわけが無いだろう。


 ある男との面会を交わしてから、私は旅立つこととなった。 目的は、消して軽いものではない。

 ”引き返すことは出来ない。 覚悟をしろ” と、彼には言われている。

 私は最初で最後の、いや、もしかしたら史上初の行動を起こした人間になるかもしれない。


 そんなプレッシャーを背負って、私たちは旅立った。


 最初に行き着いたところは、ロンドンだった。 懐かしい空気が……漂っている。


***


 ビルの明かりも消え始め、大都会の息吹は次第に静かになってゆく。

 午前二時を回った駅前商店街。 誰もいなくなった繁華街を急ぐ足音が聞こえる。

 それは一人分。

 道路はたに続く、店の明かりも消え、不気味な風鳴りの音と、草木のゆれ動く気配だけが、この街を支配する。


 そして、月の明かりすらない闇に光るのはただひとつ。

 足音に続く、懐中電灯のせんこう……。



 それが何かを追いかけている。 懐中電灯のほそい光がぐるぐると回り、まるでサーチライトのように、犯人を探す。

 商店街を過ぎたところで足音は止んだ。 ここは駐車場だ。


「逃げたって居場所はわかってるんだぞ!」


 懐中電灯を持っているのは警官の男である。 男は宙に向かってそう叫ぶと、懐中電灯を駐車されている自動車に向け、次々と中を模索し始めた。

 男の表情はまるで鬼気迫るかのようでもあるが、何かにおびえているようでもある。


 男の息づかいは次第に粗くなってゆく。 暗闇の中を一人で歩いていくことに不安を覚え始めたのだ。 しかし、男は突き進む。ターゲットを捕まえるために。

 駐車場のちょうど真中まできたところで、不意に銃声が鳴り響いた。



 それを聞くなり、男は後ろを振り返る。

 奴は車内からこちらを狙っているのかもしれない。 が、背後には誰もいなかった。 整然と車が並べられているだけだ。


 しかし、もう一度向き直ると、そこには白い顔の、自らの背丈をはるかに越す何かが待ちかまえていた……!


 男はあわてて、銃をかまえようとしたが、銃口が白い顔に向く前に、頭を黒い何かでおおい被された。 きっと奴の手だ!


 圧迫するような頭痛と息苦しさで男は混乱した。 指先が、音を立てて顔面に食い込み、頭がい骨が悲鳴をあげる。 少しずつではあるが、確実に宙吊りにされている!

 足元の感覚がなくなってきたのが、その証拠だ。


 しかし、もう両足とも地面につかなくなったかと思ったところで、急に右に投げ飛ばされた。 

 男は一番近くにあった赤い車のボンネットとドアの間に叩きつけられ、それと共に嫌な音が響いた。


 あまりもの激痛に言葉が出ない。 きっと、さっきの衝撃であばらが2本は折れただろう。

 そして、男はもうろうとした意識の中で見た。


 白い顔は、自らの持ち物であろう、黒いアタッシュケースの中から一本の杖を取り出し、男に向け、何かを唱え始めた……。


 男には彼が何をしゃべっているのか、理解できなかった。

 この世の言葉ではないだろう。

 イかれているのか? それともただの幻想か?


 ……いや、ヤツはイかれてなどいないし、言葉も幻想なんかじゃない。

 次の瞬間、白い顔は杖の先から男の視界を真っ白にさせた。 強い光で目はくらみ、男は気を失った。


 男が起き上がるころ、白い顔は消えていた。

 それまでの記憶は無いものとされたのであろう。

 男は何一つ覚えていなかった。




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