兄貴
ベルガザールとの戦いから一週間が過ぎようとしていた。
あの戦いの後俺達はとりあえず街に戻り、スリフトの依頼を報告すると同時に魔王についての報告もした。
それを受けてギルド・ミルメース支部を束ねるプリシラは周辺地域に有る他のギルドに対して注意を呼びかけなど各種対応を迫られ、いつもお祭り騒ぎのギルドが珍しく緊張感に包まれた。それに伴いミルメースの街自体も緊張感漂う生活を強いられることとなった。
しかし喉元過ぎれば何とやら――その騒ぎから一週間も経たない内に緊張のムードは消え、街はいつもと変わらない活気に満ち溢れていた。
そんなある日。今日も日銭を稼ぐべく俺はギルドの掲示板の前に立っていた。
「さて……今日はどんな仕事があるかしら――」
自分で言うのもなんだが、仕事を探す俺の姿はさながらスーパーに夕飯の買い物に来た主婦の様である。
するとそんな俺に声を掛けてくる人物がいた。
「ようショウ。今日はどこに行くか決めたのか?」
「ん? あぁデュランさん」
デュラン=ファガール――俺と同じ人間族のギルドメンバーで、頭一つ分俺より身長が高く、全体的にがっしりとした筋肉質。肌は赤黒く、肩口まで伸びた黒髪が特徴的な人物だ。
このミルメース支部ではなかなかの古株であり、俺もここに来たばかりの時分はよく世話をしてもらった。一言で言えば良い兄貴分である。彼は仕事ぶりも優秀で、今でもたまに仕事を一緒にさせてもらっている。
ただ、その何倍ものペースで飲みに連れていかれ、その度に潰されているため仕事上がりにはなるべく顔を合わせたくない、とは口が裂けても言えない。
「そんなデュランさんがどうしました?」
「そんな?」
「いえ、何でも」
「まぁいい。お前今日暇なら俺のトレーニングに付き合ってくれないか?」
「トレーニング……ですか?」
はて、どういった風の吹き回しだろうか。普段トレーニングなんて滅多にしないデュランさんが珍しい。
ちなみに言っておくとデュランはこのギルドで五本指に入るほどの実力者で、破力の使い手としてもなかなか有名だったりする。だからこそトレーニングなんてしないのかもしれないが。
「お前、何惚けた顔してんだよ。俺だってトレーニングの一つや二つやってんだよ」
「はぁ……」
「何だその目は。俺を疑ってんのか?」
「いえ、別に……というか何で俺なんですか? もっとトレーニングの相手に相応しい人いるでしょう」
「へへへ、それもそうだけど……お前魔王と戦ったんだろ?」
「ええ、まぁ……あっ! もしかして俺と魔王どっちが強いか知りたいとか言うんじゃないでしょうね?」
「へへへ。正解」
そういえばこの人、強い敵と戦うのが三度の飯より好きだった。そしておそらく今彼の頭の中の構図は、俺は魔王と同等かそれ以上になっており、結果俺を倒すことで自分が魔王より強いことを証明出来る――とか考えているのだろう。
俺が魔王を退けられたのはアベル達と戦ったからで、決して一人の実力でその結果が得られたとは全く思っていない。しかしきっとデュランにはそんなことを言っても無駄な気がする。
目が「お前を逃がさない」と言っている。体が「お前と戦いたい」と叫んでいる。いや――。
「行こうぜ!」
もう本人が口にしていた。
「ハァ……」
一回り以上年は上のはずなのにその目の輝かせようと言ったら子供のそれと大差なかった。どうやら腹を括るしかないらしい。ま、俺としても自分の実力がどれほどなのか知る良い機会かもしれない。
「やんだろ?」
「――いいっすよ」
「へへへへ、そうこなくっちゃな」