終・スリフトの依頼⑧
蒼碧の海震――使用すれば魔力によって大津波を呼び寄せる水属性の中でも高難易度の魔法である。
二つの魔方陣から発現した魔法――ベルガザールの終焉の大火と俺の蒼碧の海震。共に内包する魔力は一般的な魔法とは比べ物にならず、その破壊力たるや天変地異の如し。お陰で俺なんかは残った魔力のほぼ全てを使用したぐらいだった。
降り下ろされる紅蓮の刃、それを弾き返さんとする蒼き巨壁。二つの魔法は空中で激突すると激しく、強大なエネルギーの奔流を生み出し――そして反発しあった。
「ッ!?」
反発だと!? その現象を前に背筋を冷たい汗が伝った。
本来炎属性の弱点である水属性で対抗すれば炎は水に圧倒されて然るべきなのだが、反発しあうということは魔法自体の力は同レベル。つまりは属性の弱点を補う程に彼我の魔力に差があったということだ。
だが、事態はそう単純に片付けられる話ではない。
俺とベルガザールの間で、互いに退くことを知らない二つの魔法は魔力を放出しながら燻っている。とりあえず俺は今一度魔力を魔方陣に込めた。が、全くと言っていいほど状況は変わらない。
「クッ!」
押しきれねーか! 微動だにしない敵の魔法に歯噛みする。
そう、ここから先の戦いは魔方陣を通して更なる魔力を魔法に送り込み、相手の魔法を押しきるというつまりは術者同士の根比べになるのである。
賢明な方なら早々に理解されたかもしれないが、今現在魔力がほぼ空っぽの俺は魔力を追加することがとても難しい。
況んや再びピンチに。
そして次第に押され始める俺の魔法。まるで迫り来る壁に圧迫される様な感覚が魔方陣から伝わってくる。
「――クソッ!」
元々勝つ気、というか戦う気すら無かったが、ここまで来ると勝ちたいという気持ちも湧くし負けたくないと思ってしまう。
それでも現実は何よりも現実的で、色々な意味で押し潰されそうになった。でもここで俺が折れれば子供達が危険に晒される――これが今俺のモチベーションを支える唯一の動機である。
「グッ……」
一段とベルガザールからの圧力が強くなった。やはり奴はまだ余力を残しているようだ。いよいよ万事休すかもしれない。
すると俺の動機が一人立ち上がった。
「先生! 僕も一緒にやる!」
「一緒って……何するつもりだエルリック」
「僕の魔力を先生にあげるんだ!」
「ッ!? あげるって――」
此方の質問に答える間も無くエルリックは俺の体に触れる。そしてそっと目を閉じた。
「――いくよ」
「え、ちょ……」
エルリックの体が突然輝き出し、淡い緑色のオーラの様なものが小さな体から溢れ出てくる。それと同時に体の奥から力が湧いてくるのを感じた。しかも止めどなく。
「うぉ、お、おぉぉぉぉおッ!」
「――ップハァ……ハァハァ、もう、無い、や」
「ハハ、ありがとなエルリック!」
俺はエルリックから貰った魔力を惜し気もなく魔法に送り込んだ。するとどうだろう、押し潰されそうな感覚は突然消え、逆に押し込む感覚が伝わってきた。
いける!
「ぅおらぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
俺は今一度、渾身の力を以てして全ての魔力を魔方陣へ送り込んだ。
すると次の瞬間――終焉の大火と蒼碧の海震は耳を劈く様な爆発音を伴いながら目映い閃光を発し、一気に霧散したのだった。