終・スリフトの依頼②
再び雨の音。しとしとしとしと――今は優しい音を奏でている。
それを差し引けばスリフトの依頼を済ませ山道の木陰で休んでいた時と大差無い。しかしあの時と違うことが一つ。それはもちろん間接的ながらもあの『魔王』と邂逅したことだ。
腰を下ろして休んでいるとあの光景が目に浮かんできた。無惨に殺された護衛達、恐怖に怯え逝ったあの紳士、そして辺り一面を覆う真っ赤な血の海――死臭立ち込めるあの場所に遭遇したことは果たして偶然だったのだろうか。はたまた何か意味が有ったのだろうか――だとしたらそこは神のみぞ知るところかもしれないが。
とまぁそんな事を徒然なるままに考えていると雨は次第に弱まっていき、それからしばらく降った後止んだ。
雨上がりの空――雲の切れ間からは夕陽が射し込み虹が姿を現した。それは何とも幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「よし、じゃあもうちょっと進もうか」
俺の指示を子供達は素直に受け入れてくれ、俺達は再びミルメースへ向けて歩き出す、が――。
「グォォォォォオオオオッ!!」
ッ!? 俺は思わず子供達を抱き寄せ体を硬直させた。
ウソだろ……何でこんなとこにいる? 奴に姿を見られた記憶なんてないぞ?
心の中で必死に心当たりを探す。しかし答は一向に見つかる気配もなく、あるのはただ魔王がここまで来ているという事実だけだった。
「せんせ――」
「シッ」
口を開こうとしたエルリックを黙らせる様にきつく抱き寄せる。そして一つ深呼吸をすると辺りを見渡した。
左右に前後ぐるりと一周。しかし魔王らしき影は見当たらない。となると――俺は木の枝からゆっくり顔を覗かせ空を見上げた。
「…………………ッ!」
雲と雲の間から溢れる陽光を背に、黒い翼を羽ばたかせながら地上を見下ろしている者がいる。そして直感が俺に「奴が魔王だ」と告げてきた。
「グォォォォォオオオオッ!!」
魔王は咆哮を上げると共に突然急降下してきた。
バレた!? 俺は咄嗟に子供達を背中に回し声を張り上げる。
「走れ!!」
三人は一瞬戸惑いを見せたが直ぐ様走り出した。俺もガッツリ立ち向かう気などさらさら無い。だからとりあえず目眩ましにフレイムバウンドを一発かますとすかさず逃げ出した。
しかし――。
「小賢シイッ!」
え?
「死ネィ人間!」
誰が喋ったのか理解する前に俺の体は突然宙を舞った。そして背中に走る耐え難い激痛――。
「ぐぁぁッ」
吹き飛ばされたお陰で子供達に追い付くことができたが、果たしてそれが喜ばしいことなのかは定かではない。
「先生!」
エルリックがすかさず回復魔法をかけてくれた。
「イチチチッ……ありがとうエルリック」
言って俺は起き上がるとゆっくり後ろを振り返った。そこには俺達ヒトに似て非なる存在があった。
人と同じ四肢はあるが全身は黒く、背中には大きな一対の翼が生えている。頭のこめかみ辺りからはそれぞれ一本ずつ角が生えており、途中湾曲して天を衝く様に伸びていた。ダラリとぶら下げられている両手の爪は長く、鋭利な刃物を思わせる形をしている。そして瞳は炎の様に赤々と俺達を睨み付けていた。
僅かばかりの沈黙が辺りを支配する。だがそれを破ったのは他でもない魔王だった。
「フン、今ノ一撃ヲ耐エタコトハ誉テヤロウ」
この声――やはりさっき殴られた時の声はこいつので間違いない。
「――お前、魔王か」
という俺の問いに対して目の前に立ち塞がるヒトならざる者はニヤリと笑って見せた。