続・スリフトの依頼⑤
子供達の足取りは軽い。特にエルリックは迷い無く歩を進めている。言うなればちゃんと音のする方へ進んでいるか心配になるほどに。何せ俺としてはこう歩きながらだと土を踏む音や服が草木を掻き分ける音で先程の音が全く聞こえないからだ。
俺は額に玉を作っている汗を拭い、とりあえず来た道を忘れないように木に印を付けて歩くしかなかった。本当に大丈夫なのかしらん……。
そんな他人の心配を他所にエルリックは淀み無く進んでいく。フィリアもアベルもエルリックに何の疑念も持っていないようだ。本人達は意識していないだろうが、この三人の結束というか絆というか――そう言った人と人との繋がりを著す様な言葉に関しては全てにおいて『固い』と答えられる気がする。
そんな小さな背中を見つめながら、自分には果たしてその様な友人がいるかどうか――少し不安になってしまったりした。
「先生~」
突然エルリックが振り返った。考えていたことが考えていたことだけに思わずドキッとしてしまった。
「ど、どした?」
「こっち!」
言ってエルリックは緩やかな坂道を下り始めた。それを見て喉元まで「おいおい」と言葉が出かかったが、ふと一つ考えが頭を過った。
俺達が目指す場所はクラッススの滝――より正確に言えばその滝壺。滝壺はもちろん滝が上から落ちてきた先というか何というか、つまりは『下』にあって然るべきものである。
そう、俺が目指していたのはクラッススの滝であって滝壺ではなかった。しかし目的地は滝壺――未だエルリックの進む道が正解かどうかはわからないが、俺はとんでもない間違いをしていたかもしれない。
「よし、わかった。気を付けて進もう」
「はいッ」
再びエルリックを先頭に歩き出す。
しばらく歩くとあの『ドドドド』という音が――今度ははっきりと聞こえてきた。さすがにここまで聞こえると迷いは無い。緩やかな坂道を足早に進んだ。
滝壺に近付いているのだろうか。肌に触れる空気が湿っている。天パーだったら間違いなくうねるレベルの湿気具合だ。俺はじっとりと濡れる頬を拭った。
「先生!」
と、先行するエルリックが大きく手招きした。もしや――心が小さく弾んだ。
「はいは――ッ!」
エルリックを追って目に飛び込んで来たのは大きな――滝というには明らかにスケールの大きな自然の姿だった。こりゃ滝じゃなくて瀑布だな、と思ってみたり。
しかし驚きはそれだけに終わらない。クラッススの滝、の滝壺のまわりに群生する雪幻草の美しさたるや一面銀世界と見紛うばかりの光景だった。
「キレーイ!」
フィリアは女の子らしく感激しており、アベルもエルリックも女の子の様に感激していた。
斯く言う俺もその一人。雄大というか壮大というか――大自然の強大なエネルギーをまざまざと見せつけるクラッススの滝と、淑女の様に静かに佇む雪幻草の美しさが相まって、一枚の絵画を思わせるその光景に言葉を失ってしまった。
しばらくの間、滝が流れ落ちる轟音だけが辺りを支配していた。
そして大自然のエネルギーとマイナスイオン――この世界にも有るかわからないが――をたっぷり堪能した俺は子供達に声をかけた。
「よし、依頼をこなしちゃおう」
「はい!」
三人の返事が綺麗に重なる。滝の力を分けてもらったのだろうか――その返事は力強く感じられた。
ともかくこれで目的地にも到着し、スリフトの依頼である雪幻草も採集できたわけだし、残すところは俺達が帰るだけである。
ここでふと思ったことが一つ――ゲーム等では大抵こういう雰囲気になるとボス的な敵やらモンスターが現れるのがセオリーなのであるが……さすがにここはゲームの世界ではなくリアルの世界。そんなことはないだろう。いや、こういう考えが浮かぶことが案外フラグを立てることに繋がるのではないのか。
とまぁ尽きぬ不安を抱えながら俺達は下山を始めたのだった。