スリフトの依頼②
ギルドを出るとそのままスリフトの家へ向かった。正直荷物を届けて以来なので道程が朧気にしか覚えていない。
それでもあーでもないこーでもないと一人で街を徘徊し、三十分かけてようやく目的地に到着した。しばらくぶりだが、未だに外壁は新しく見えた。
玄関に立ちドアをノックする。すると「はい」という男性の声が聞こえ、ややあってドアが開く。中から出てきたのは犬の顔をした男性――犬人族のスリフト本人が現れた。
「ども、お久しぶりです」
「これは弐鷹さん、お久しぶりです。あの――もしかして」
「はい。依頼を出されてましたよね?」
「ええ! あ、見て下さったんですか? ありがとうございます。ささ、とりあえず中へ」
「ではお邪魔します」
俺はスリフトに促されるまま家に入り、ダイニングにある木製のテーブルに座った。その向かいにスリフトが着く。
するとスリフトの奥さんだと言う方――もちろん犬人族――が紅茶を一杯淹れてくれた。俺は話を始める前に一口紅茶を口に含んだ。甘酸っぱい味と香りが鼻を抜ける。これは何の香りだろうか――気分が落ち着くような気がした。
「美味しいですね、これ」
「それは良かった。それはツァンクールの葉を使った紅茶なんですよ」
「へぇ……」
ツァンクール――初めて聞く名前だった。俺はもう一口味わいカップを置いた。するとそれを待っていたようにスリフトが口を開いた。
「今日はわざわざお越し下さってありがとうございます。何分依頼を出すのは初めてで、見ず知らずの方に依頼をするのも憚られたもので指名させて頂いた次第なのですが――ご迷惑ではありませんでしたか?」
「あ、いえいえ。寧ろ指名してくれて感謝ですよ。指名してもらうのはギルドのメンバーとしては光栄なことですから――で、依頼というのは」
依頼書には詳しい話は直接、と書いてあったのでまだ内容は知らないのだ。
「あの……弐鷹さんはセツゲンソウという植物をご存知ですか?」
「セツゲン――いや、すいません。知らないです」
「セツゲンソウとは字で書くと雪の幻の草――雪幻草と書きます。で――雪の様に白い綿を付ける植物なんですが……」
とここまで話してスリフトは言い淀んだ。何とも気になる言葉の切り方だ。
「そのぉ――雪幻草ですか――が何か?」
「ええとですねぇ……それが、少々危険な場所に育つものでして」
なるほど。そう言うことか。だったら遠慮せずにストレートに言ってくれればいいものを。
「僕に採取してきてもらいたい――そう言うことですね?」
スリフトは小さく頷くと申し訳なさそうに頭を掻いた。
「つまり今回の依頼はその雪幻草を採取してくる、ということですか」
「はい。というか本当に申し訳ありません、私に力があればこのようなことは無かったでしょうに――」
「いえ、そのような方のために我々がいるんです。全力でやらさせて頂きます」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! では、あの、早速で申し訳ないんですが目的地の説明を――」
言ってスリフトは慌ただしくテーブルに地図を広げた。地図はミルメースを中心になかなかの広範囲に渡って描かれている。
「随分と広い地図ですね」
「ええ、仕事柄広範囲に移動しますので」
「それで――目的地は?」
「ここです」
スリフトが指差したのはミルメースの西方――徒歩で半日程の距離にあるジェスラー山脈。その東西に伸びる山脈の東部に位置する山奥――の更に奥にあるクラッススの滝という場所で、雪幻草はその滝壺付近に群生する植物のようだった。
聞けば山脈自体は然して遠くはないが、スリフトが言うにはクラッススの滝へ向かうには道無き道を行くしかないらしく、更には生息するモンスターもミルメース・ラビリア間に広がる大草原に姿を見せるようなモンスターとは比較にならない程危険らしかった。しかし初めて指名を受けての依頼――断る理由が無い。
「わかりました。善処します」
「ありがとうございます」
言ってスリフトは深々と頭を下げた。
その後報酬や期限等依頼の詳細を決めてもらい、一通り用事が済んだところで俺はスリフトの家を後にした。