スリフトの依頼
早いもので才崎さんにトレーニングを付けてもらって一週間が過ぎていた。破力の使い方に始まり簡単な武道まで教えてもらい、予てからの懸念材料であった肉弾戦についてある程度は戦えるようになった。更には当初悩みのタネとなっていたフィリアについて、才崎さんに「もう大丈夫」と太鼓判を押してもらうことができた。これで今思い浮かぶ限りの悩みや問題は解決――本当に何から何まで、全て才崎さんのお陰だった。
そして訪れる別れの時――。
「本当にお世話になりました」
「いえ、同僚として当然のことをしたまでですから」
「ありがとうございます。でも本当にもう帰るんですか? まだお礼らしいお礼も出来てないのに」
「お礼だなんて……あ、じゃあ一つお願いが――」
才崎さんは恥ずかしそうに頬を赤らめた。一つと言わず何個でもどうぞと言いたくなる。
「――何なりと」
「あの……また遊びに来てもいいですか?」
「何を仰るんですか。いつでも何度でも大歓迎ですよ!」
「フフ、ありがとうございます」
言って彼女は笑顔を残し帰っていった。
あぁ――何だろう。胸にポッカリ穴が空いたような……何とも言えない虚無感が湧き上がる。
「先生?」
「あ、あぁ。何だいエルリック」
「才崎先生また来てくれる?」
「ああ。また来たいって言ってたよ」
するとエルリックは「良かった」と小さくはにかんだ。そうだ――また会えるのだ。これは今生の別れではない。そう思うとふと心が弾んだ。我ながら単純なヤツだと笑えてきた。
「さ、今日も頑張ろう!」
「おー!」
子供達の返事は今日も元気だ。
「んじゃちょっとギルド行ってくる」
「ん。いってらっしゃい」
才崎さんがいなくなると、そこに待っていたのはいつもの日常。俺はしばらく顔を出してなかったギルドへ向かった。
妖精街を抜けてキシュルマン大通りを東へ、二つ目の交差点を南下し更に右折。そうして見えてくるのがギルドの豪奢な扉だ。
全身を使い扉を開ける。僅かな隙間からでも分かる内部の活気――相変わらずの賑わいだ。中に入ると受付へ向かった。受付にはオーナーでもあるエルフのプリシラが他のギルドメンバーと話していた。
「こんにちは~」
「あらショウじゃない。ってか一週間も何してたのさ」
「それは秘密ですよ~」
「ハハハ、じゃあ今度呑んだ時にでも聞くよ。あ、そうそう――そう言えばショウ宛に依頼が一件来てたわよ」
言ってプリシラは一枚の依頼書を俺に手渡した。
一応言っておくと、本来ギルドの依頼は掲示板に貼り出され、メンバーが自由に仕事を選ぶ――というのが一般的で、名指しで仕事の依頼が出されるというのはほとんど無い。もちろん仕事ぶりが優秀で、ある程度の知名度が有るのだったら無い話ではないが。
つまりこれからも分かるように、ギルドメンバーになって一ヶ月も経ってない俺宛に仕事の依頼が来るなどあり得ないと言っても過言ではないのである。
しかし事実として俺宛に依頼が来ていた。世の中には随分と物好きがいるものだと思いながら依頼書に目を通す。で、依頼主は――と、依頼主欄を見てみるとそこには懐かしむ程昔ではないが、久しぶりに見る名前があった。
「あ……スリフトさん」
「なんだ、知り合いかい?」
「ええ。あの、あれですよ――俺が一番最初に報告した仕事の」
「あぁ、はいはい。荷物の受取人の」
「そうです――じゃあ、まぁ行ってきます」
「あいよ。しっかり稼いできな!」
プリシラはグッと握り拳を俺に突き出してくる。俺は「はい」とその拳を自分の拳で小突きギルドを後にした。