才崎さんと鎖鎌⑤
破力――それは魔力と対を為す力。魔力が魔法の源であるならば、破力は破動と呼ばれる技の源になる。攻撃魔法、補助魔法、回復魔法――魔法が大まかにこの三つの種類に分類できるように、破動も三つの種類に分類することができる。
破力をもって敵を撃ち破る『剛破動』。
破力を纏い身体を強化する『錬破動』。
破力を体に還元し傷を癒す『柔破動』。
しかし魔法と決定的に異なる点は、剛破動を除く二つの破動が対象と出来るのは己のみだということ。そして破動を使いこなせるようになれば一対一、更には接近戦にて無類の強さを発揮できるようになる――これが才崎さんに教わった破力に関する基礎知識だった。
しかし才崎さん曰く『基礎知識はあくまで知識。講師たる者知識のみに終ること勿れ』だそうで――まぁ、実際はこんな堅苦しい言葉遣いではなかったが、ともあれ今ばかりは講師ではなく一生徒として才崎さんに師事する。
そんな俺に才崎さんは錬破動を中心にトレーニングするよう指導した。というのも錬破動は身体能力を向上させる破動――それを基礎部分でも会得できたのなら、才崎さんが帰った後もフィリアの組手相手を務めることができるから、ということだった。
もう『流石』という言葉しか出てこない。今だけでなく将来を見据えての的確な指導――感服である。俺も講師として三人を指導する際は是非とも見習わねばならないと思った。
そうそう、話し忘れていたがこのトレーニング――そんな生半可なものではない気がするが――にはもちろんアベルとエルリックも参加した。そしてここで新たな発見があった。アベルは問題無く破力の扱い方をマスターしていったのだが、エルリックは魔力の扱い方が苦手なフィリアよろしく、破力がまったくと言っていいほど苦手だった。そう、彼はフィリアとは真逆――魔力が極端に強いせいで破力がからっきし、という生粋の魔導師タイプだったのだ。
ここでふと気付く。というか今まで気付かなかったが、戦士タイプのフィリア、魔導師タイプのエルリック、そしてどちらもそつなくこなす万能型のアベル――と皆それぞれ個性を持っていたのである。
お恥ずかしい話ではあるが、正直最初あの三人を『子供』という括りで考えていたせいで、皆同じような、というか個性というものをまったく考えていなかったのだ。それこそ同じように育てれば同じように育つだろうと思う程に――。
だが、彼等には間違いなく個性があった。にも拘らずそれに気付かないでフィリアに魔法の習得を無理強いをしていたと思うと本当に申し訳なくなる。そしてそれを教えてくれた才崎さんには本当に心から感謝だった。
才崎さんのトレーニングは彼女の指導の下恙無く進んでいった。それもこれも才崎さんがわざわざミルメースに宿を取り朝から晩までトレーニングをしてくれたからに違いない。
彼女も自分の仕事があるだろうに――そう思うとこのトレーニング、どんなに厳しくても耐えて耐えて耐え抜くことこそが何よりの恩返しになるのではないだろうか。
そう、たとえ才崎さんの鎖鎌が飛んでこようと。いや、飛んでくるだけならまだしも鎖の先端に付いている分銅が側頭部に直撃しようとも――いやいや、もう鎖鎌の鎌部分がサクッと脇腹に突き刺さろうとも……。
あの――いつも思うのだけれど、何故『鎖鎌』なのだろうか。本当にそれは必要なのだろうか。才崎さんの素敵な笑顔だけでも俺は頑張れるのに……。
本当に危ないですから――錬破動で体がちょっと丈夫になってるって言っても刺さる物は刺さりますから。
しかしそんな思いが伝わるはずもなく――今日もブンブンと才崎さんは鎖鎌を振り回している。
優しさと厳しさを併せ持つという意味で『飴と鞭』なんて言葉があるが、俺の辞書には『才崎さんと鎖鎌』と上書き保存しておくことにした。