才崎さんと鎖鎌④
俺の記憶が確かなら――リンゴを片手で握り潰すために必要な握力は八十キロ以上。
今の光景を巻き戻してもう一度見てみよう。才崎さんがリンゴを掌に乗せて、握る。で、潰れる。うん、確かにそうだった。そうだったけども……。
「じゃあフィリアちゃんもやってみよっか」
「ってストーーーーップ!」
離れて見守るつもりでいたが思わず横槍を入れてしまった。まぁ、それだけ今の光景が衝撃的だったのだが。
「どうしました?」
「いや、あの、才崎さん。今のは一体――」
「フフ、ちょっと待ってて下さいね。後でちゃんと説明しますから」
言って才崎さんは新しいリンゴを一つフィリアに手渡した。もうそのリンゴが何処から出てきたかツっこむ気力が湧かない。とりあえず今一度見守ることにした。
才崎さんはフィリアに二三アドバイスの様な言葉をかけた。俺はそれがよくわからなかったが、フィリアはコクコクと歯切れよく頷いている。特訓中に見られなかった反応だ。
「じゃあやってみよっか」
才崎さんに促されフィリアはリンゴに集中する。俺達取り巻きは固唾を飲んで見守っていた。
「ん!」
フィリアの力む声が聞こえ、それと同時に「メキッ!」という音が聞こえてきた。
マジかい――。
俺達取り巻き一同は才崎さんとフィリアの間を覗き込む。するとそこにはフィリアの細く小さな指が食い込んだリンゴの姿があった。やはり今の「メキッ」という音は指が食い込んだ時のものだったようだ。しかしまた、何でフィリアはこんなことが出来たのだろうか。
「フフフ、どうです弐鷹さん。フィリアちゃん凄いでしょ?」
「いや、凄いも何も――驚きですよ」
俺は感心しながらフィリアの頭を撫でた。フィリアは俺を見上げニッコリと微笑んだ。久しぶりに見たフィリアの笑顔だ。
「フィリアちゃんは私に似てるみたいです」
「え? それはどういう――」
「えーとですね――」
と、才崎さんは顎に指を添えて話し始めた。
「フィリアちゃんが今使った力は魔力ではありません。彼女の使った力は所謂気功や闘気と言った類いの力です。この世界では破力と呼ばれているみたいですけど」
「は……りょく?」
「はい――撃ち破る力で破力。魔力と対を為す力を言います。魔力と破力――これらは一方が強力であれば一方が弱まるというトレード・オフ――所謂二律背反の関係にあるんです。一般的にこの二つの力はバランス良く備わっているのですが、フィリアちゃんで言えば破力が強すぎるために魔力が極端に弱くなってしまったみたいですね」
「へぇ……破力ですか。初耳です」
しかしこれでまた一つ賢くなった。すると俺の肩に座るルカが――。
「私もだわぁ……」
っておいおい。
「何でルカが知らないんだよ。キミもこっちの住人でしょうが」
「悪かったわね。ああいうのも魔法の類いかと思ってたんです~!」
ものの見事に開き直りやがった。ルカが破力について詳しかったらこんなに悩まずに済んだかもしれないのに――。そう思うと何となく釈然としない。
「フフ、妖精族は魔法と深い繋がりのある一族と言われているのでルカちゃんが知らなくても無理はないかもしれませんね」
まぁ、才崎さんがそう仰るのならそうなのでしょう。フン、命拾いしたなルカよ。
「ところで弐鷹さん。その様子ですと破力に関しては何の基礎も無いと考えてよろしいですか?」
「あ、ハハハ、そうですね……」
「どうでしょう、しばらくフィリアちゃんの特訓を私が付けるというのは」
「え!?」
願ってもいない申し出だった。俺が破力の使い方を知らない以上フィリアに特訓を付けるのは難しい。俺は即座にお願いした。
「フィリア、しばらくはこのお姉さんが先生だ。しっかり勉強するんだよ」
「はい!」
どうやらいつものフィリアに戻ったようだ。弾ける様な笑顔がそこにはあった。
「あら? 何か勘違いしてません、弐鷹さん」
「え?」
「弐鷹さんもしばらく破力について学んでもらいますよ」
「……マジですか?」
「はい、マジです」
才崎さんは優しく微笑んだ。しかし何故か背筋がゾクッと震えた。