才崎さんと鎖鎌③
生徒という言葉が耳に届くと同時にフィリアの顔が頭の中に浮かぶ。俺の教え方が悪いせいで魔法を扱えず、いつも明るいあの子を塞ぎがちにしてしまった。そんな事を思いながらも口から出てくる言葉は在り来たりな言葉だった。
「ええ……みんな良い子ですよ」
上手に言えたとは思わない。しかし変に疑われないように言えたとは思う。才崎さんは「そう」と一言答えると再びコーヒーを口に運んだ。何故か罪悪感を覚えた。才崎さんに嘘をついた――否、余計なことを言わなかっただけだ。と、自分の心に言い聞かせる。
「弐鷹さん」
言って才崎さんはテーブルにグイッと身を乗り出した。一気に顔が近くなった。彼女の甘い香水の香りが鼻を擽る。
「は、はい?」
「今、嘘つきましたね?」
「え? い、いや。そんなわけないじゃないですか」
「いーえ、つきました」
いつも優しい才崎さんの瞳がいつになく力強く感じられた。それは俺が嘘をついたことに対して絶対的な確信を持っていると言わんばかりだった。こんなに見つめられて普通に考えれば嬉しいはずなのに、今は何故かとても辛く感じる。俺は結局それに耐えきれず、才崎さんにフィリアの事を全て話した。
その間才崎さんは優しく頷き、時に相槌を入れ、俺の話が終わるのをただ静かに待ってくれていた。そして一頻り話し終えるとまるで肩の荷が降りた様に心が軽くなった。
「――なんかすいません。一人ベラベラ喋っちゃって」
「いえ、そんなことはありません。お陰で弐鷹さんが嘘をついた理由がわかりましたし」
「いや、嘘をついたつもりはないんですけど……でも何でわかったんですか?」
「あら、気付きませんでしたか?」
「……何に?」
「弐鷹さん、私と話す時はちゃんと私の目を見て話してくれるんです。でもさっきは私の目を見てませんでした」
まさかそんなミスを犯していたとは――汗顔の至りである。
「ところで弐鷹さん、そのフィリアちゃんは今どちらに?」
「たぶん宿にいると思いますけど……」
「少しお会いしてもよろしいですか?」
「え、いや、少しも何も全然構いませんよ――けど、何でまた」
「もしかしたら弐鷹さんとフィリアちゃんの問題を解決できるかもしれません」
「えッ! 本当ですか!?」
才崎さんはコクリと頷いた。その瞳はいつもと同じ優しい光を含んでいた。
この後才崎さんの希望もあって、子供達を連れていつも特訓する場所に集合することになった。ルカも何をするか気になったらしく付いてきた。ただ今回は才崎さんを頼ることにしたため、俺とルカは少し離れた場所から見守ることにした。
才崎さんを中心に子供達が集まる。程無くして才崎さんと子供達は打ち解けられたようだった。流石才崎さん、である。
そしてしばらくは子供達と話していた才崎さんだったが、俺の感覚で十分ぐらい経った頃――。
「ねぇ、アベル君とエルリック君はちょっと先生のとこで待っててくれるかな」
と、二人を俺の所へ戻してきた。才崎さんはフィリアの二人きりになる。さて、これから何が始まるのだろうか。
「フィリアちゃん?」
「……なに?」
返事をするフィリアの顔は相変わらず暗い。才崎さんを疑うわけではないが、本当にフィリアは元気になるのだろうか。
「――実は私も魔法使えないの」
「え?」
俺も思わず「え?」と言いそうになってしまった。
「でもね、魔法が使えない代わりにこんなことが出来るの」
言って才崎さんは何処からともなくリンゴを一つ取り出した。そして右手の掌に乗せ――握る。真っ赤なリンゴに細くて白い彼女の指が映えた。
が、次の瞬間――。
グシャッという音と共にリンゴの果肉が千切れ飛び、跡形も無く無惨に握り潰されていた。
それを離れて見ていた俺、ルカ、アベル、エルリック――皆声を失う。そんな中ようやく絞り出した俺の言葉は――。
「………………マジ?」