才崎さんと鎖鎌②
――もしもし?
この美しい声……間違いない。いや、間違いようが無い。これはまさしく――。
「さささ、才崎さん?」
――はい。お久しぶりです~。お元気でしたか?
「も、もちろんです」
こんな緊張久しぶり。声が上ずって恥ずかしいったらありゃしない。
――今どちらにいらっしゃるんですか?
「あ、今はミルメースという街にいます」
――あら、奇遇ですね。私もです~。
何!? いや、何ですって!? こ、この街に貴女が!? 今すぐ会いに行きます!
なんて言えるわけもなく――。
「そ、そなん、すか~」
我ながらアホみたいにテンパっていやがる。
――あ、よかったらお茶でもしませんか?
「ッ!?」
危ない。込み上げる感情と一緒に鼻血まで出そうになってしまった。俺はすかさず返事をする。
「ももももちろんでふ!」
――では、今から三十分後に――。
と、待ち合わせの場所を指定して才崎さんは電話をお切りになられた。
どうしよう。これってデートじゃないか? やばい、いきなり喉が渇いてきた。しかし額からは大粒の汗が溢れてくる。
「どうしたの?」
すまないルカ。今キミに構っている暇はないんだ。
「べ、別に? あの、ちょっと出掛けてくる」
「あ、そ。行ってらっしゃい」
「う、うん。行ってきます」
言って俺は部屋を飛び出した。
待ち合わせの喫茶店に到着。予定より五分早い。よし、自分を落ち着かせるには丁度いい時間だ。
しかしまぁ緊張する。星の数ほどの女性と妄想の中でデートしてきたが初めての経験である。だが「落ち着いていけば大丈夫」と数少ない実践経験が後押ししてくれた。
そうこうしている内に五分が過ぎ予定の時間になった。しかし才崎さんの姿は未だ見えない。俺はそわそわと辺りを見渡した。すると通りの向こう側で人々がざわめいているのがわかった。何事かと視線を移すと人垣の間から一人の女性が姿を現した。
おや? こんなとこに女神サマ? いやいや、そんなはずは無い。この世界は神の寵愛を無くしてしまっているのだから。
「弐鷹さーん」
あぁ、あれは俺の女神サマだったか。
才崎さんが美しい髪をなびかせながら此方に歩いてくる。街行く男性は皆釘付けだった。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たとこですから。じゃあとりあえず入りましょうか」
才崎さんは「はい」と頷き、俺と共に喫茶店へ入った。
店内は美しい木目の木々を基調としており、木の良い香りが漂っている。
俺達は窓際にある二人がけのテーブルに座った。目の前に才崎さんが座っている。しかもこんな近く――手を伸ばせば触れてしまえる程の距離に……。夢ならばリアルに醒めないで欲しい。
店員にコーヒーを二つ頼むとそれとなく才崎さんが話を振ってきた。
「お仕事はどうですか?」
「まぁぼちぼちやってます」
才崎さんは「良かった」と優しく微笑んでくれた。なんかもうそれだけで満足だったりする。
それからしばらく他愛もない話――何故才崎さんが此処にいるだとか、最近の塾長はどうだとか、繋がりの無い一話完結型の話に花を咲かせた。
そして話が一区切りし、しばしの沈黙が俺達を包んだ。才崎さんはコーヒーを一口――唇を湿らす。それは一枚の絵画の様に美しく、思わず見とれてしまった。
そんな俺の視線を感じ取ったか才崎さんがスッと顔を上げる。俺は視線が合う寸前に慌てて窓に目を逃がした。まるで恋に恋する思春期の子供の様な行動を取った自分が可笑しかった。
窓の外は柔らかい陽射しに満ち、道行く人々の笑顔が見える。ただそれを眺めているだけにも拘わらず、心が癒されていくのがわかった。
テーブルの真向かいからカチャッというコーヒーカップを置く音が聞こえた。それに引かれるようにして俺は視線を戻す。すると自然と彼女と視線が重なった。お互い照れからなのかクスッと笑った。
「あ、ところで弐鷹さん――」
「はい?」
「生徒さんはどうですか?」
おそらく彼女自身普通の質問をしたつもりだったろうが、今日初めて才崎さんの質問に対して言葉が詰まってしまった。