現実逃避も楽じゃない⑤
俺の体を温かい風が包み込んでいく。何が起こっているか判然としないが、何か素晴らしい事が起きているに違いない。
「さぁ! 仕上げよ!」
妖精さんの元気な声が聞こえた。すると足下から温かい風が巻き上がり、ついでに俺の頬もそっと撫でていく。しばらくすると風は次第に弱まっていき、そして止んだ。気付けばべったりとしたスーツの感触は消えており、変わりに真新しい布の感触があった。
「さ、目を開けていいわよ」
「あぁ、はい……」
俺は言われるまま瞼を持ち上げた。そしてゆっくりと体の方へ視線を落としていく。そして視界が新たなコスチュームを捉えた。
「……こっ、これは!?」
「どう? 気に入った?」
得意気に俺を見る妖精さん。いや、いやいやいや。ちょっと待とうよ妖精さん。白の半袖シャツに濃紺のジャージ。そして左袖には『弐鷹』の文字。これはもしや……。
「高校ん時の体操着?」
思わず首を傾げてしまった。しかしこの無駄なフィット感と袖の刺繍が疑いようの無い現実を俺に突き付けてくる。
「そうよ?」
当然と言わんばかりに妖精さんは答えた。
この感覚……例えるなら、そう。母親が珍しく自分に買ってきてくれた服が物凄いダサかった時の感覚と同じだ。何よりも「折角俺のために」という言葉が先を行くため文句が言えない。
「ど、どうも」
「いや~気に入ってもらえたようで何より。ってか防御力もさることながら機動性までも考慮に入れた優れものよ」
機動性とかぶっちゃけどうでもよい。いや、考慮してくれたことは素直に喜ばしいことであるが、何故によりによってこの青春に彩られた体操着をデザインとして選んだのか。
「まぁデザインには苦しんだけど、お兄さんの記憶に由ると昔そんな服着てたよね?」
記憶を読んだのか? ってか読んだらもっと良いのがあったでしょうに!
「ふんふん、良く似合ってる」
いやぁ、そうかしらん。正直信じがたいが、まぁ褒められるのはキライじゃない。
「で、お兄さん名前は?」
随分と唐突な話の切り出しである。文脈なんて気にしない、そんな気概が感じられた。
「あ、あぁ。俺の名前は弐鷹翔って言うんだ」
「ふーん……じゃあショウって呼ぼう」
妖精さんはニコリと笑った。おっと、思いがけず素敵ではないか。恥ずかしながら視線を反らしてしまった。まさか身長三十センチの女性にときめいてしまうとは。
「私はルカ。ルカって呼んでくれてかまわないから。仕事は一応本の妖精やってます。でもまぁ色々手広くやってるから細かい事は気にしないで。よろしくね」
言って妖精さん、否ルカはその小さな手を俺に差し出してきた。
「よ、よろしく」
俺は中二よろしく頬を赤らめながらその小さな手を慎重に指でつまんでシェイクした。
斯くして弐鷹翔――夢見る二五歳――はファンタジー性溢れるお友達ができたのだった。
ってか妖精も仕事だったとは……。