才崎さんと鎖鎌
時――それは過去から現在、未来へと途切れず、留まらず流れていく不変のもの。そして不変であるが故に絶対。況んや森羅万象、天地万物に抗う術は無く、その流れに身を委ねる以外の選択は――無い。
斯く言う俺も抗う術を持たない時に身を委ねし者の一人。時の流れを意識し、抗うこと無く己が身を静かに委ねる。
しかし、時折意識し忘れてしまうこともあり、ミルメースに居を構えてから気付けば三日が過ぎていた。時の流れとは斯くも恐ろしいものか――。
「何朝から難しい顔してんの?」
キッチンで朝食の支度をしていたルカが此方を振り向いて訊ねてきた。
「……いや、この三日間何してたんだろうなってね」
「覚えて――ないの?」
俺はコメカミを押さえながら苦笑いする。別に覚えてないわけではない。ただ記憶が朧気なだけだ。この三日間――本当にあっという間だったのだ。
「まぁ、昨日に限らず一昨日も朝から仕事行って、夜はぐでんぐでんになるまで酒飲んで帰ってくればそうもなるわよね」
「…………え?」
「だってそうじゃない。ってか昨日何時に帰ってきたか覚えてる?」
えっと……待てよ。仕事上がったのが六時で、その後プリシラさんやらギルドのメンバーと飲みに行って――。
「……覚えて……ない」
「ハァ……夜中よ夜中! 何時もへったくれも無いわよ!」
そうだったか――なるほど。道理で頭がかち割れんばかりに痛いわけだ。というかルカ――もう少し声のトーンを落としてくれると助かる。
「で、今日は仕事入ってんの?」
「……ちょっと待ってくれ」
俺はよたつきながらも壁に掛けられているスーツからギルドノートを取り出した。そしてペラペラと予定表を見てみる。今日は――と。
『子供達に直接指導!!』
うん、今日は仕事は入っていないようだ。いや、これも仕事のうち――いやいやいや、そもそもこれがメインの仕事だろう。と、一人ツッコミを入れながら頭を掻いた。
ここで注釈を入れておくと、現在あの三人には魔法の特訓をしてもらっているのだが、俺は当面の生活費を稼ぐべくギルドで仕事をしているため基礎部分に関してはルカに任せている。
しかしさすがにそれでは俺の存在意義が無くなってしまうため、今日はギルドの仕事でなく子供達に直接指導することにした――と朧気であやふやな俺の記憶は答えた。
「今日はあの子達に直接指導みたいだ」
「なら早くご飯食べてさっさと特訓始めなさいよ」
「はいはい」
「はいは一回! 子供達起こしてきて」
「……はい」
渋々返事をし、将来のルカの旦那さんにエールを送りつつ子供部屋へ入った。
子供部屋では小さなシングルベッドが三つ並んでいる。夜はもちろん三人決まったベッドで寝るのだが、朝起こしに来るとサッカー日本代表も驚くポジションチェンジが行われており、一つの枕に三人でプレスを掛けるシーンなどよく見かける。
「朝だぞー」
返事がない。ただのし――寝坊のようだ。まぁここに住んでから毎朝のことである。ここでいくら声を出しても起きないのは認識済みだ。
俺は三人が団子になっているところまで歩み寄ると、まずフィリアを肩に乗せ、その後アベルとエルリックを脇に抱える。そしてダイニングへ戻り一人ずつ椅子に座らせる。
ここまで来ると大抵エルリックがご飯の臭いにつられ――。
「おふぁょほ~せんへい」
と挨拶してくる。アベルとフィリアはそれにつられる形で朝の挨拶をしてくる。まぁ、これがほぼルーティン化しているのは間違いなかった。
「さ、ご飯食べたら顔と歯磨いて特訓だぞ」
「は~い」
三人は半分夢心地なのだろう。明後日の方向を向いて返事をしてきた。
朝食も終わり、一通り朝の身嗜みを整えると街の外へ。外と言っても外壁周辺ならモンスターも出ないし、遮る物も無いので特訓には持ってこいだ。
「さて――みんなどれだけ魔法使えるようになったかな?」
「僕は二つ覚えたよ」
「僕は……一つ」
「…………」
おや? フィリアだけ何も言わない。
「どうしたフィリア?」
「…………まだ」
「まだ――どした?」
「まだ……覚えてない」
あれま。ルカの教え方でも悪かったのだろうか。
「ハハハ、気にしない気にしない。今日頑張ろう」
フィリアは力無く頷いた。
俺としては、そんなに不安がらなくても――と思ったが、いざ特訓を始めるとフィリアの暗い表情の意味がよくわかった。
俺も最初魔法を覚えるのには苦労したが、それでも魔方陣はそれとなく読めたのでそこまで辛いという記憶は無い。きっとアベルもエルリックも俺と同じで、然して辛い思いはしていないはず。しかしフィリアに至ってはまったくと言っていい程魔方陣が読めないのだ。加えて言うなら魔力の使い方も今一つ理解しきれていない様子だった。
だからと言ってそれらを理解させるにも、俺自身わからないという感覚がわからないせいで理屈をもって説明することが出来なかった。
しかしとりあえずは特訓をせねば話は進まない。俺はほぼマンツーマンでフィリアに付き特訓をしたのだがその結果は芳しくなく、仕方ないので翌日、翌々日の仕事を急遽キャンセルしてフィリアの特訓に付き合った。
「……難しいか」
「……うん」
それでもまだフィリアが魔法を使えるようになる気配は無く――無情にも時だけは流れていく。そして何の結果も見出だせないままミルメースに居を構えて一週間が過ぎていた。
やはり俺の教え方が悪いのだろうか。しかしアベルやエルリックを見ている限りそんな様子は無い。だがフィリアも歴とした力を持つ子――出来ないはずがない。
俺は講師として初めて壁にぶつかった気がした。誰かにどうしたらいいか教えてもらいたい。そんな考えが頭を巡る。
するとそんな思いが何処かの誰かに届いたのか、ここしばらく鳴りを潜めていた俺の携帯電話がけたたましく鳴り響いたのだ。慌てて携帯を手に取る。ディスプレイには登録していない番号が表示されていた。一体誰なのだろうか。
「もしもし?」
――もしもし?
電話の向こうから聞こえてきた声に俺は思わず言葉を詰まらせた。