一つ屋根の下②
いまいち状況が掴みきれていないが、そんな俺にプリシラが改めて今回のモンスターの一件を話してくれた。
事の始まりは一週間前――ゲルワードなるモンスターが突如として姿を見せた。そして道行く者を手当たり次第襲っていく。事態を深刻に見たギルドは自らが依頼主となってモンスター討伐の有志を募った。しかし結果は惨敗――誰一人倒すことは叶わなかった。そんな折り、何処からともなく無名の新人が現れ、しかも討伐してしまったと言う。誰が倒したかはこの際関係ない。結果的に街の危険は排除され、市民の安全を守る側としては喜ばしいことだった。
「――というわけ。わかった?」
「ええ、まぁ」
と、答えてみたはいいが未だ実感は湧かない――が、この街の治安向上に貢献したのは確かなようだ。
「ハハハ、期待の新人現るッて感じかね!」
「は、はぁ。頑張り……ます」
俺は苦笑いをして会釈する。
「ま、何かあったら何でも言いな。出来る限りのサポートをさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
言って再び会釈。プリシラも再び笑顔を見せた。
とりあえず用事は済んだので子供達を連れ立ってギルドを後にした。
誰もが微睡む昼下り。天気や気温も相俟って自然と瞼が重くなる。道端のベンチではご老人方が日向ぼっこがてらお昼寝タイムに入っていた。午前中は忙しなく感じたこの街も午後のゆったりとした時間が流れていた。
今日の残りの予定は妖精街にてしばらくお世話になる宿を探すのみ。詰まるとこ時間はたっぷりあるということだ。早く用事を済ませるのも一つの手だが、街をゆっくり見て回るのもありかもしれない。ちょっと皆の意見を聞いてみよう。
「なぁ、これ――から」
ダメだ。皆目が半開きだ。ルカに至っては俺の肩で舟を漕いでいやがる。
思えば今日は朝から動きっぱなしで休んでいなかった。しかもゲルワードとの戦いもあったし……仕方ないかもしれない。となると街見学は後日ということで、早く宿を探すしかなさそうだ。
「ハァ……みんなもうちょい頑張ってくれ~」
子供達は頷いたのかただコックリコックリしているだけなのか微妙な反応を見せた。子供はお気楽で羨ましい――俺はもう一つ溜め息をつくと妖精街を目指した。
妖精街は所謂妖精専用の生活空間。故にその入り口がどこかにある。出来ればルカに場所を聞きたかったのだが、彼女は先程から寝息を立てているし無理矢理起こすのも憚られるので、道行く人に入り口の場所を尋ねながら進んだ。
程無くして入り口は無事見つかり、例によって鏡に見える門をくぐ――る前にルカを起こさねば。このままくぐったら俺、潰されてしまう。
「ルカ、ルカ」
「……ん~?」
「ちょっと起きてくれ」
ルカは大きな欠伸をして俺の肩から降りた。そして鏡張りに見える門をくぐり妖精街へ――。
ミルメースの妖精街はラビリアのそれとはまた雰囲気が違った。やはり基礎となる街の影響があるのか建物は基本的に大きく、ラビリアの妖精街は閑静な住宅街――と言ったイメージがあったのだが、ここはまさに街。それこそ一つのコミュニティとして成り立つぐらいの活気があった。
入り口付近に都合良くベンチがあったため、半分お荷物と化しているルカと子供達を置いて、俺は一人宿探しへ出かけた。
いくつか宿を回り清潔で住みやすそうな部屋を探す。そして何軒か回ってようやく気に入った部屋があった。宿の名前は『幸福絶倒』。女将さん――こっちでもそう呼ぶかわからないが――の名前はジュランという、もちろん妖精の方だ。一先ず交渉してみたところ色好い返事をもらえた。
「ありがとうございます。で……おいくらですか?」
「そうだね~、じゃあ……四万でいいよ」
「よッ――」
ジュランは優しい微笑みを浮かべるが、相場がわからないため高いか安いかわからない。ラビリアのよろず屋を思い出す。しかしなるべく早く皆の所へ戻りたい。思いがけない収入もあったし――。
「じゃ、じゃあ――」
言って契約書にサインをして代金を払った。ジュランはそれを受け取ると部屋の鍵をくれた。俺は部屋に行くと荷物を置き、皆を迎えにいく――まさに孤軍奮闘。そしてルカと子供達を宿へ連れてきてようやく一段落ついた。
しかしそれも束の間……ルカの一言が俺を焦らせる。
「ねぇ、ショウ。ここいくらだった?」
やはりそこは気になるだろう。よろず屋の一件を知る彼女にしてみれば当然の質問だ。
「あ、えーと……こんぐらい」
俺は指を四本立てる。それを見た瞬間ルカの動きが止まった。心臓が口から飛び出しそうな程脈打つのがわかる。
「ふーん。ま、妥当ね」
ルカは納得したように部屋を見渡した。
フゥ――大きく一つ溜め息をつく。鬼姑を持つお嫁さんの気持ちがなんとなくわかった気がした。
まぁ、何にせよ特に事件もなく住む場所が決まり一安心だ。久々のベッドで団子になって寝ている子供達も幸せそうに見える。
一つ屋根の下で共に暮らすことになった三人に、俺は心の中で「よろしく」と呟いた。