一つ屋根の下
無事荷物を届けた俺達はスリフトに別れを告げ、その足でギルドへ向かうことにした。
初めての仕事は親子の仲違いを修復するというおまけ付きで幕を閉じ、俺は細やかな幸福感と達成感とで意気揚々と足取り軽くミルメースの街を闊歩していた。
しかし道中エルリックが突如として「お腹空いた」と言い出した。出来ればもう少し我慢してもらいたかったのだが、表情と声の張り具合からしてなかなか限界に近いようだ。しかも子供は何かと連鎖反応を見せる生き物――エルリックの発言につられてアベルもフィリアもお腹が空いてしまったようだった。
こうなると此方としては為す術無く諸手を挙げるしかない。仕方ないが予定を変更して近くの大衆食堂へと雪崩れ込んだ。
入店早々料理を頼み、料理はテーブルに運ばれてくるのと同時に消えていく。お腹が空いているとは言え、そこまで食欲旺盛だと圧倒されてしまった。
結局食べたのか食べてないのか判然としない中ご飯タイムは終了、消化の助けとなるはずの食後のコーヒーも無駄足に終わりそうである。子供達は甘い紅茶をデザート代わりに、満足げな表情で食後の余韻を楽しんでいた。
「もう……入んない」
エルリックがお腹をさすりながら喘いでいる。隣のフィリアもさすがに呆れ顔だ。アベルは美味しそうに紅茶を啜っている。と、そんなアベルと目が合った。
「ハハ、満足した?」
「うん、お腹一杯。ねぇ、先生」
「ん?」
「これからまた旅する?」
「ハハハ、アベルはまた旅したいのか」
アベルはコクリと頷いた。どうやら旅を気に入ってしまったようだ。だが今のところその予定はない。
あ、待てよ。そう言えば子供達にまだ今後の予定を話してなかったか。だからと言って説明して理解してくれるだろうか。
俺達の目的はあくまでも魔王を倒すこと――その魔王が自ら此方に出向いてくれれば何の問題もないが、そんなことはなく、やはり自分達で情報を集めて討伐しに行かなければならない。とすれば、街が大きい程自然と情報量も多くなるだろうと考え、だからこそラビリアより大きなミルメースにやってきたのだ。
と、ここまで考えてふと思う。多分理解しきれないだろう、と。というわけで胸の内に留めておくことにした。俺はニコリとアベルに笑いかけてコーヒーを啜った。水の様に薄い味が口の中に広がる。
「ねぇ、ショウ」
唐突にルカが問いかけてきた。
「うん?」
「お父さんとの話聞いてたけど、しばらくここで生活するんでしょ? だったら寝泊まりはどうすんの? わざわざ街の外でキャンプでもするの?」
「あぁ、それな。正直最初はそのつもりだったけど、ギルドで金稼げるのわかったから宿で間借りするつもり。それに食事を自炊にすれば少しは安くなるだろ?」
「自炊って――アンタねぇ……」
どうやらルカは俺が言わんと欲する言葉が伝わったらしい。盛大に溜め息をつくと再び俺を見た。
「一応言っておくけど、私この体で食事の支度するの結構大変なんだからね!」
「いつも悪いねぇ」
「ったく。まぁいいわ。その代わり一つ条件がある!」
ルカはズイッと人差し指を俺に見せた。
「何さ」
「間借りするんだったら妖精街の宿にして」
「あ、うん。まぁ、その……ピルマルシェって何だ?」
「え? あ、あぁ。ピルマルシェってのはあれよ、妖精専用の生活空間の一般的な呼び名よ。って、んなことより、わかったの?」
へぇ――というかなるほど。つまりは自分サイズに合わしてもらった方が何かと楽、ということか。
「うん。お前がそう言うならそれで良いんじゃないか?」
「商談成立ね」
ルカは嬉しそうに笑った。その顔を見て意外と彼女も苦労しているのかもしれないと思った。
食事を終えいよいよギルドへ。ギルドは街の入り口付近に居を構えており、結果的に来た道を戻る格好となった。
ギルドもギルドでラビリアのそれより縦にも横にも大きい。正面玄関の扉も木彫りの豪奢ものだった。
俺は体を使ってその扉を開ける。するとここでもラビリアと違う光景が広がった。ラビリアのギルドは長い廊下の先に受付などを備えたホールがあったが、ミルメースのギルドは扉を開けて直ぐにホールが広がっていた。
備えている設備自体こそラビリアと変わらないが、やはり一つ一つのスケールが違う。俺はお上りさんよろしく辺りをキョロキョロしながら受付まで足を運んだ。
受付のカウンターにはマヌラとは違う美しい女性が座っている。外見は俺達人間族と同じに見えるが肌の病的な白さや長く先が尖った耳を見るとやはり違うのがわかった。確信は持てないが映画やゲームからの情報を鑑みておそらくエルフかもしれない。
「すいません。仕事の報告をしたいのですが」
「ん? アンタ見ない顔だね。新入りかい?」
エルフにしては言葉遣いがぞんざいな気がするが……話を続けよう。
「ええ。三日前にメンバーに登録したばかりで」
「ふーん、じゃ一応自己紹介しておくわ。私の名前はプリシラ。ギルド・ミルメース支部のオーナー兼受付よ。よろしくね」
言ってプリシラは右手を差し出してきた。俺も倣って自己紹介をし、右手を差し出す。そして軽く握手をした後、スリフトからサインをもらった依頼書とギルドノートを見せた。
「あら、アンタ達ラビリアから来たの。じゃマヌラ姉さんに会ったんだ。姉さん元気?」
「ええ。元気そうでしたよ」
「息災息災。えーと……はい、これが報酬」
プリシラはギルドノートに仕事終了のスタンプを押し、その上に報酬を乗せて渡してきた。報酬は二千。三日の旅路を思うと少し安い気がするが、文句は言うまい。
「ところでショウ。その肩に背負ってるのは何だい?」
「あぁ、これはモンスターの牙です。ここに来る途中倒したモンスターのなんですけど、砂にならないで残ったんで記念に持ってきちゃいました。ハハハ」
「ハハハってアンタ……まさかアイツを殺ったのかい?」
「アイツって?」
俺の問いに対し、プリシラはそのモンスターの特徴を口にし始めた。猪に似た姿をし、見上げるような大きさで、黒い毛皮は魔法を弾く。そして天を衝く様に口から生やしている長い牙。聞いている限り俺が戦った名も知らないモンスターの特徴と一致している。
「はい。多分そんな感じでした」
「…………」
プリシラは口を開き無言で俺を見ていた。何となく嫌な空気を感じ取った。もしかして倒してはまずかったのだろうか。と、思った矢先――。
「ハハ……ハ。ハハハハハハハハハッ」
「ど、どうしたん――」
「こいつぁ驚いた! まさかアンタみたいなヒヨッコがアイツを殺っちまうなんてね! おい、ゲルワードの依頼書持ってきな!」
プリシラは隣に座っていた若い衆に依頼書を取らせてきた。心なしその若い衆も興奮しているように見えたのは気のせいだろうか。
「あの、これは?」
「こいつぁゲルワードって危険モンスターの討伐依頼書だよ。いやぁ、誰も倒せなくて頭痛のタネだったんだけど、棚からぼた餅ってのはこういうことを言うんだね。ハハハ。ほら、何ボサッとしてんのさ。ギルドノートを寄越しな」
「あ、はい!」
するとプリシラは再びギルドノートに仕事終了のスタンプを押し、その上に報酬を乗せて渡してきた。その報酬――五万ピラー。
「よくやった!」
プリシラは美しい顔をクシャッと崩し笑って見せた。