終・みんなでお仕事③
ミルメース――貿易都市の二つ名で知られる国内有数の大都市。この街の主な産業は二つ名にある通り陸路を利用した貿易であり、その取引先は国外にまで及ぶとか。ギルドもラビリアでは主に市民からの依頼を引き受けるスタンダードなギルドのみだったが、ここでは商工ギルドをはじめ、鍛冶ギルド、医療ギルド、傭兵ギルド、発掘ギルドにエトセトラ――多岐に渡り人々の生活の支えとして運営されているらしかった。
さすがルカ。街を案内する様はガイドの如し。きっとこっちでは一般教養レベルの話でも俺からしたら全てトリビアレベルである。聞いててまったく飽きが来ない。
「で、あれがこの街の目玉――盟主の館」
「え、えんぶ――何?」
「エンブロクス――盟主の館って意味。エンブロクスはギルドの盟主達が――あ、盟主ってギルドのトップのことなんだけど、その人達が会議する議場のことなの。会議は志士の集いて言って半年に一回、盛大に行われるわ。私も実際は見たこと無いけど、色々と凄いらしいよ」
「ふーん……エンブロクスねぇ」
言ってエンブロクスなる建物を見た。遠くにあるためよく見えないが、古めかしい建物であることは伝わってきた。まぁ機会があれば子供達を連れて見学に行ってみるのも悪くない。
ルカの街紹介が終わると俺達はラビリアでクロト翁から預かり受けた荷物を届けるべく、宛先に指定されているスリフトなる人物の家を探すことにした。
アドレスを頼りに右へ左へ行ったり来たり、右往左往しながら縦横無尽の一歩手前ぐらい歩き回ってようやく見つけた。スリフトの家は街の喧騒から少し離れた場所に建っていた。見たところ新築かもしれない。外壁のレンガが真新しかった。
玄関先に立ちコンコンと木製のドアをノックする。軽やかな女性の返事が聞こえてきた。ややあってドアが開く。
「はい。あ……どちら様でしょうか」
中から出てきたのはクロトと同じ様に犬の顔をした女性だった。ちなみに後でルカに聞いた話だが、クロトや目の前の女性は犬人族というらしく、更に犬人族は獣人族の一種族らしいのだが――それはまた機会があればお話するとして……。
「あ、僕達はギルドからの使いでして、此方にお住まいのスリフトさんにお届け物があるのですが……スリフトさんは――」
「……わかりました。少々お待ち下さい」
女性は小さく会釈をすると一度ドアを閉めた。あの女性はスリフトではなかったらしい。まぁ、名前からして男性かと予想はしていたが正しかったようだ。今もきっとスリフトを呼びに行っているのだろう。
しばしの間があった後再びドアが開き、今度は犬人族の男性が姿を現した。
「お待たせしました――」
当たり障りの無い挨拶だが、ギルドの関係者が一体何の用だ、と問いたげな目をしている。俺は荷物入れから届け物を取り出した。
「ラビリアにお住まいのクロトという方からお届け物です」
「何ですって!?」
スリフトは大声を出して驚くと大きく目を見開いた。しかし直ぐに落ち着きを取り戻し、一つ咳払いをすると続けた。
「し、失礼。で、その荷物は――」
「あ、はい。こちらです」
俺は届け物をスリフトに手渡した。スリフトはそれを受け取ると中身を開けるわけでもなく、ただじっと見つめている。一応これでミッションはコンプリートしたはずなのだが、彼の反応を見ていると何となくまだ終わっていない様な気がしてくる。
「あの――」
スリフトがクロトからの贈り物をギュッと握り俺を見た。
「……何か?」
「クロトさんは――何か仰ってましたか?」
「えっと……」
中身は見るなと言っていたけど、あれはおそらく俺に対してだし――。
「申し訳ございません。特に言伝ては預かってませんで……」
「……そうですか」
言ってスリフトは僅かに項垂れた。
先程から感じていたが、このスリフトとあのクロトには浅からぬ関係があるように思えてならない。暗いスリフトの表情からもそれが窺えた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。ハハハ、何かすいません。驚いたりへこんだりして」
「いえ、そんな……」
滅相もない。俺は慌てて首を振る。するとスリフトが一つ溜め息を挟んで口を開いた。
「つまらない話なんですけどね……ちょっと聞いてもらってもいいですか?」
俺は考える間も無く頷いて答えた。するとスリフトはフッと頬を緩め話し始めた。
「実を言うと――クロトは私の父なんですよ」
言ってスリフトはクロトからの贈り物を開いた。布に覆われていたそれから出てきた物――それは意外にも子供服だった。子供服と言っても赤ん坊用の服だ。なるほど、どうりで軽かったわけだ――。
「父はラビリアで仕立て屋を営んでましてね、本来なら私は父の跡を継いで仕立て屋になる予定だったんですが、私はそれが嫌でね。家を飛び出してここに辿り着いたんですよ」
言って子供服を温かい眼差しで見つめるとスリフトは続ける。
「そんな私をあの父が許すはずもなく……子供ができたことを報告しても何の音沙汰も無かったんです。でも――」
ここでスリフトは言葉を詰まらせた。つまりクロトは孫のために自ら服を仕立てたということか。それは息子に対する怒りが収まったということでもあるのだろう。
あ、そう言えば……。
「あの、特に言伝ては無かったのですが……クロトさん――それを大事そうに扱ってらっしゃいました」
「――そうですか。それを聞けただけで十分です。ありがとうございました」
スリフトが小さな服に視線を落とし言った。
別に感謝の言葉を待っていたわけではないが、これでやっと仕事を終えられた気がした。