現実逃避も楽じゃない③
許すまじ……断じて許すまじ。たかがスライムごときにここまで手こずることになろうとは。まこと天が許しても我は許さん。
まったく、自らのショボさを棚に上げてよくもまぁぬけぬけと、とお思いになる方がいたら是非とも連絡して頂きたい。その折にはスライム片手に馳せ参じよう。そして一言添えよう「倒してみそ」と。
「ピィッピィッ!」
仲間を失ったスライムがうるさく鳴いている。うるさいったらありゃしない。さっさと黙らせてしまおう。
ゲームの世界は基本的にターン制だ。つまりこっちが攻撃したら次は相手の番、といった具合である。しかしここは現実の世界。が、話を進める前にもし「こいつバカか?」と思った方がいらっしゃったら一つ言っておこう。これは確かにゲームの世界の様な話だが二次元の世界でなく、プレイヤーが弐鷹翔という歴とした三次元の住人であり、起こるもの全てが肌で感じられる世界なのである。とまぁ話はそれたが、つまりはターン制など知ったことではないのだ。
「ずっと俺のターンッ!」
そう。ここから先、スライムなんぞに攻撃の機会など与えてやるものか。一方的に戦いを終わらしてくれる。
「くらえッ! 俺からのダイレクトアタックッ!」
しかし現実はなかなかに厳しい。なんだかんだで言って結局は必死こいて残りの二匹を倒したのだった。
「あぢぃ……」
無事三匹倒せたがスーツは汗でびしょびしょだった。ワイシャツが肌にフィットして気持ち悪い。ネクタイとボタンを外して少し楽な格好になった。いわゆるクールビズだ。そして一息ついて気付く。この島は一月だと言うのに暖かい。ここは一体何なのだろうか、正直興味深い。しかしそんなことを気にする前に早く出発せねば。
俺は本を拾い上げる。そして左右に向かって走る道の真ん中に立ち、どちら周りで一周するか考えた。思考の末どちらでも良いのではないか、という結論に至り結局右周りを選択して歩き出した。
青く突き抜ける様な空。柔らかい風。小鳥の小さな囀りが何処からともなく聞こえてくる。これでは旅でなくて散歩ではなかろうか。俺はぶらぶら辺りの風景を楽しんでいた。
「そういえば……」
しばらく歩いて――ちなみにあの後スライムを四匹程倒している――まだ本をちゃんと読んでいないことを思い出した。ということで一時散歩を中断し、読書の時間を設けることにした。
近くに切り株があったのでそこに腰を下ろし本を開く。表紙を開いて直ぐに塾長からの言葉が。さて、いよいよ中身である。ペラッとな。
「おや?」
おかしい。文字が見当たらない。次のページも、その次も。捲れど捲れど文字は無く、まさか丸々一冊まっさらだとは。塾長よ、貴方は何を考えてらっしゃるのか。字の無い本は言ってしまえば餡の無いどら焼と同じだ。私はそれをどら焼とは認めない。つまりこの本も私は本と認めない!
「ってかマジ意味わかんねぇんだけど」
俺は今一度塾長のコメントを見た。本人がいれば文句の一つも言えたがいないならいないなりにストレスの発散方法は有る。難しい話ではない。単に塾長のコメントにいちゃもんを付けるのだ。
「なんかカッコイイまとめ方してるけどこの本マジ使えないんですけど。うんともすんとも書いてないし。わかんないことあれば聞いてくれって誰に聞け……」
と、散々文句を垂れて何かハッとしてしまった自分がいた。
まさか、本に聞くって……本当に質問してしまう感じなのか? スマホの音声検索的な? あぁ、これだ。間違いない。聞くってのはそのままの意味だったのだ。俺はなんとなく嬉しくなり本を閉じて表紙の上から聞いてみた。
「海の見える丘公園」
どうだ。これで大丈夫だろ。ほれ、うんとかすんとか言ってみれ。
すると本はうんともすんとも言わなかった。
「うぉーーい! どうしろっての!」
ホントにどうしたらいいんでしょう。