旅立ち③
翌朝――。
小鳥の囀りを目覚ましがわりに俺は起きた。欠伸をしながらベッドの中で一度寝返りを打つ。見知らぬ天井がぼんやりとした視界に映った。ひんやりとした空気と木の匂いが――知らない匂いが寝起きの鼻腔を刺激した。
はてここは、と一瞬考え思い出す。俺は今サンク・シャンディアにいて今日はいよいよ旅立ちの日なのだ。
「くぁ……あぁぁ」
毛布に顔を埋め一つ唸る。起きたくないというささやかな抵抗の顕れだったりするが今日ばかりはそんなことを言ってられない。
「……よしッ」
何事も気合いだ。俺は気合いを入れて体を起こした。急激に外気に触れた俺の背中はぶるりと震える。気合いを入れてもこんなもんだ。にしてもすげー寒い……クソ。
なんて寝起きの悪さを人知れず晒していると扉をノックする音が聞こえてきた。こんな朝から誰だろうか。
「はい」
俺は眠気眼を擦りつつ返事をした。ノックの主はそれを待っていたようで直ぐに扉が開いた。
「おはよーございますッ!」
元気な挨拶と太陽の様に明るい笑顔――ノックの主はフィリアだった。対して俺は「おふぁよう~」と寝起き丸出しで挨拶する。この光景を絵画とするならば題名は差し詰め『父と娘と日曜日』と言ったところか。
「あれ? アベルとエルリックは?」
と、俺が質問すると扉の向こうから二人が姿を見せた。しかもその手にはパンやら何やらを山盛りに乗せたお皿がある。
「朝ゴハンです」
と、アベル。お皿が重いのか少しふらついている。
「飲み物です」
と、エルリック。ポットが重いのか少しよろめいている。
何ともはや可愛らしいモーニングサービスではないか。朝から胸キュンだっての。
「ハハハ、ありがとう――でも何でまた」
「シスターが持っていきなさいって」
「そうか、ありがとう。ところで三人はもう食べたのかい?」
「ここで食べるの」
と、フィリア。山盛りの理由が判明した。
「んじゃ、朝ごはんにしますか」
「はーい」
三人の元気な返事がハミングする。俺はもそもそとベッドから這い出てテーブルに座った。御飯は子供達が率先して並べてくれる。そして一通り各自へ行き渡ると「いただきます」の声と共に朝食が始まった。ちなみにシスターお手製だというパンとスープ――朝は米派の俺ですら脱帽してしまうほどの美味さだった。
朝食を終えると俺は三人に連れられフィント司教の部屋へと向かった。部屋には司教とシスターとルカがいた。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ、お陰さまで。朝食も美味しかったです」
「それは良かった――オホン。シスター、子供達に着替えを」
「はい」
言ってシスターは三人と共に部屋を出ていった。部屋には俺と司教とルカが残った。
「弐鷹さん」
「は、はい」
急に改まれるとドキリとする。
「これから様々な苦難が貴方達を待ち受けていることでしょう。しかし、貴方達ならきっとそれを乗り越えられる――私はそう信じています。あの子達をよろしくお願いします。それと……お邪魔かもしれませんがこの子もよろしくお願いいたします」
司教は無理矢理ルカの頭を下ろさせ、自らも深々と首を垂れた。紳士にして真摯――フィント司教の温かみが俺の心にまで伝わってきた気がした。
「はい。命に代えてもお守りします」
正直自分でもクサイ台詞だと思ったが自然と溢れてしまったのだから仕方ない。だが言ってしまった以上有言実行――絶対に守る、そう決めた。
その後ラビリアを出てからどうするか司教と話しているとシスターと子供達が戻ってきた。皆先程までの服装とは異なり、いかにも「旅してます」という格好をしていた。
「ではそろそろ――」
言って司教は俺とルカ、そして子供達を教会の入り口まで見送ってくれた。
「先生、行ってきます!」
「コラコラ、先生はもう私じゃなくてこの人でしょう?」
三人の顔が此方を向く。
「よろしく」
「はい、先生!」
先生、か。照れ臭いな。なんて思っていたらシスターが司教の後ろで泣いているのが見えた。だが気丈に振る舞おうと自らを奮い起たせようとしているのがわかった。
「弐鷹さん――これを」
「え?」
シスターに手渡されたのはお金の入った小さな革袋だった。
「あ、いや、これは――」
「弐鷹さん。それはこの子達が旅立つ時のために貯めておいたものです。ですから受け取って下さい」
「――はい」
子供達は司教と別れの挨拶を済まそうとしていた。それを横目にルカに訊ねる。
「お前はいいのか?」
「……別にぃ」
「べ、別にって……次いつ帰っ――」
「――昨日の夜言っといたから」
「え? あ、そ、そうか……」
なんだ。既に終わっていたのか。そう言えば心なしルカの顔が晴々しているように見えた。この調子なら笑顔も直ぐに戻ってくるだろう。
「よし。そろそろ行きますか」
「はいッ!」
三人の息の合った返事。
「皆さんお気をつけて。ラビリアへお戻りの際は顔を見せて下さいね」
「はい」
俺達は司教やシスターに手を振ると教会を後にしたのだった。