旅立ち②
フィント司教と随分と話し込んでしまったようだった。アベルや他の子達が待つ部屋に戻る頃には既に日が傾いていた。
それから程無くして日は沈み、他に行く宛が無い俺は司教のお言葉に甘えて教会に泊まらせてもらうことにした。
その夜――。
教会の一室を借り受けたが明日を思うとなかなか寝付けず、俺はこっそりと部屋を抜け出した。
闇に沈む教会は水を打ったかのように静まり返っており、月の明かりが教会の輪郭を顕にしていた。
俺は一人廊下を歩く。しばらくすると中庭の様な場所に出た。空を見上げると煌々と月が輝いている。そしてその下――正確には俺が立つ建物とは逆側の建物の屋根の上に人影があった。
こんな時間に誰だ。俺が言えた義理は無いが、とりあえず近寄ってみる。そして距離が縮むにつれその横顔がはっきりと見え始めた。見覚えのある横顔……間違いない。あれは――。
「……ルカ?」
俺はこんな時間にセンチメンタルしている彼女のところまで飛んでいった。こう言うとまるで急いで行ったかのような響きになるが、実際は羽根でパタパタと安全運転だったりする。
ルカは俺を見るとびっくりした素振りをしたが直ぐに顔を逸らして平静を取り戻した。
「何してんだ?」
「ん~、別にぃ~」
ルカは遠くを見ながら答える。別にと言う女性ほど訳ありな生き物はいない。俺はとりあえず彼女の隣に腰を下ろした。
「ってかお父さんだったんだな。フィント司教って」
俺の言葉にルカがピクリと反応した。何と分かりやすい奴だろうか。彼女がセンチになる理由はきっとそこだろう。
「――お父さんに会いたくなかった?」
「…………」
返事は無いが、きっとそうだったんだと思う。
この街に着いてから――いや、向こうを出発する前からルカの様子はおかしかった。特に教会付近ではそれが顕著だった。まぁあの泣き腫らした顔のルカとシスターの話を考慮してみれば凡その話の流れはわかる。
家出の身ながら仕事の関係で家に戻る羽目になった。家出の理由はわからないが、家出ともなれば父娘の関係は良くないはず。それをルカはわかっていたし、だから仕事とは言えちゃんと俺を教会まで連れてきてくれた。そしてあわよくば父親に謝りたいとでも思っていたのだろう。しかし教会に着くと急に怖じ気だしてその場から離れようとした。結果としては会うことになったが……。
とまぁ、こんな感じだろう。俺は答え合わせのつもりでルカに聞いてみた。
「――どう?」
「……さぁね」
しらを切るつもりがあるのか無いのか……曖昧模糊とした何とも釈然としない返事だ。やはりいつものルカではない。いつもならここで嫌みの一つや二つ帰ってくるのに。
しかしここで変に突っ込んだ物言いは無粋と言えるだろう。だから知った風な口はきかないが、とは言え彼女の良さ――というか特徴というか、ルカはやはり元気でいるのが一番だと思う。
俺はあくまで自分の意見を、一人言よろしくボソッと溢した。
「言いたいことはちゃんと言っといた方がスッキリするよ?」
どんな理由が有るにせよ家を出て親を心配させたのは娘の非である。それに昼間のルカの様子から一方的にフィント司教が喋り通した気がしたし、だとしたら彼女自身が言いたいことはまだ言ってはいないのでないだろうか――という考えからの結論だった。
少々出過ぎた感じがしないでもないが、まぁこれを受けてルカがどうするかは彼女自身の問題である。俺としては明日の出発の時に彼女が笑顔で出発出来るのを祈るばかりだ。
「じゃあ……明日な」
俺はルカの肩をポンと叩くと部屋に戻った。
部屋に戻るとベッドの中へ潜り込む。そしてしばらくルカのことを考えていたが、気付けばたこ焼きを食べている夢を見ていた。