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旅立ち

 

「では此処にサインを――」

 司教は先ず手続きとして俺と契約を交わした。契約と言っても子供達を託しました、という証みたいなものである。他にも色々と事務的な手続きがあったが全て滞りなくこなしていく。そして一通りそれらを終わらせるとフィント司教は改めて「よろしくお願いします」と頭を下げた。俺としては「此方こそ」と言う他無く、というかバイトでごめんなさいと謝りたくなった。

「しかし今回は急がせてしまったようで、本当に申し訳ありません」

「あの、それなんですけど――今回は何故急がれたんですか?」

「それは……」

 そう言葉尻を濁した司教の顔が、一瞬だが曇ったのがわかった。そして、まるで何かを思い起こすかのようにかぶりを振ると続けた。

「――あの子達の力が強すぎるからです」

「力が――強い?」

 司教はコクリと頷き深刻な面持ちで話し始めた。

「サンクでは力を持った子供は皆兵器として国に引き取られてしまうのです」

「…………はい?」

「あぁ、すいません。もう少し背景からお話しましょう」

「ハハ、すいません……」

 ゴホンと一つ咳をして心機一転、司教は再び話し始めた。 

「現在サンクには二つの大きな問題が有ります。一つはご存知の魔王やらモンスターの脅威です。そしてもう一つが……国同士の戦争です。が、アベル達に関わりあるのは後者、国同士の戦争です。現在世界には大小様々な国が存在し、そのどれもが覇権を争う――所謂血で血を洗う様な戦いが日々繰り広げられています。そのため多くの命が今、この時も失われているのですが、それでも彼等は争いを終わらせようとしない。寧ろ戦えば戦うほど、争えば争うほど、他を圧倒し得るより強大な力を求めるようになる――そこで各国の軍が目を付けたのがアベル達の様な力を持った子供達でした。その力は彼等が求めて止まない破壊の力、理想の力……それを知ると軍は当然のように力を持つ子供達を狩り始めたのです」

 神の寵愛を失った世界ではそんなことまで起こっていたのか。司教は続ける。

「子供はまだ善悪の区分が付かない。だからこそ徹底した教育を施すことで忠実にして立派な生きる兵器に生まれ変わるのです。やがて兵器となった子供達が戦争に投入されると……それからはもう凄惨を究めたと言えるでしょう。昨日はあそこの街が、今日はこの街が壊滅した――そんなことが日常茶飯事になりました。それでも軍は、国は争いを止めようとしない」

 そう、日本で言えば第二次大戦もそうだ。戦争とは利己的な大人が始める最も愚かな行為である。しかも互いに国の威信――否、自らの面子を描けているから余計に質が悪い。一度始めてしまうと引っ込みがつかなくなるのだ。仕舞いには周りをも巻き込んで全てを破壊してしまう。救い難い蛮行だ。

「おそらくそんな日々が続けば世界は崩壊していたでしょう。しかしある日、我々クローレンツ教会は――元来中立な立場を保持し、戦争に関わる一切につき触れないと公言していたのですが、各国のあまりの非道さを見かね、力を持つ子供達を国や軍から守ろうと動き出しました。事実、それから戦争の勢いは目に見えて鎮火していくようでした。我々は確信しました。これこそ世界を救済する道だ、と。それからというもの、各地に教会を設置し、付近に力を持った子が産まれれば直ぐに親元から引き取り、教会内に匿うことにしたのです」

 司教の話は何とも言えない恐ろしさを伝えてくれた。しかしまだ話は終わりそうになかった。

「匿った後、我々は考えました。この子達が自らの力を正しく使えるように教育すべきではないか、と。これについては教会全体が賛成でした。そして行くゆくはその力で人々の役に立つ様な――その最たる例が魔王やモンスターの退治ですが、そんな人物になってもらいたいと思いました。では誰がその教師になるか――我々は読み書きは教えられても力の使い方を教えることが出来ない。そこで当時モンスター退治の専門家として名を馳せていた霧岡さんに白羽の矢が立ったのです」

 こんなとこで塾長の名前が出てくるとは驚きだった。

「我々が彼に事情を説明すると、快く引き受けて下さいました。それからというもの、各地で力有る子供達が産まれれば霧岡さんは直ぐに駆け付け、子供達に自らを守る術を伝授していかれました。ところがその数が多くなれば彼の負担も計り知れません。彼は多くの子を救うべく自らの世界に戻り、貴方の様な方を此方へ派遣することを始めたのです」

 予備校誕生の秘話を聞いてしまったようだった。しかし一向に今回の件が出てくる気配が無い。こんなに話してもらって申し訳ないが少々割り込ませて頂こう。

「あの……」

「はい?」

「アベル達の件なんですが――」

「あぁ、すいません。話が若干逸れてしまったみたいですね。ええ、彼等は力を持った子供達の中でも群を抜いているのです。こちらの壁に描かれている魔方陣――」

 司教が壁に描かれている魔方陣を指差した。

「この魔方陣があの子達の力が外部に漏れないようその力を抑えているのですが、あの子達の力が成長するにつれこの魔方陣では抑えきれなくなりつつある――この魔方陣に限界が近付いていたのです」

 そういうことだったのか。だからこそ時間が無かった……。納得である。

「もし、それが破られたら……?」

「この国の軍隊があの子達を奪いにこの街へ大軍を擁してやってくるでしょう」

 司教の話を聞いた今、その光景が瞼の裏に映るかのようだった。しかし一つ疑問が思い付く。

「でも子供達を受け持ち魔王の討伐へ向かうということは軍に子供達の居場所を教えてしまうことにはなりませんか?」

「それについてはご安心下さい。携帯用の結界がありますのでその中に居れば問題ありません。何より移動を繰り返すことで子供達の居場所を特定させない、という目的もあるのです」

「……なるほど」

「ハハハ、概要だけお話するつもりが全てお話ししてしまいましたね」

 司教は優しく微笑みながら俺を見た。俺としては一通り話してもらって逆に感謝である。しかしそう思う一方でそんな子供達を俺が受け持って良いのか、という疑問が沸き上がるが――司教の話を聞いた後だからか、あの子達を守りたいという気持ちの方が強かった。

「それと弐鷹さん――ルカのことなのですが……」

「何でしょう」

「この子は貴方をサポートするよう霧岡さんに言われたと言っているのですが……」

「えぇ。そのように聞いていますが」

「そうですか――」

 司教は眉間に皺を寄せる。俺は彼の言葉を待った。

「では今しばらくこの子をよろしくお願いします」

 言って司教は頭を下げた。いや、もしかしたら司教としてでなく、フィントとして、父としての言葉なのかもしれない。

「いやいやいや、こちらこそご迷惑をおかけします」

 俺は司教以上に頭を下げて答えた。

「子供達にも言っておきますが、出発は明日の予定です。ですから今日はごゆっくりなさって下さい」

「わかりました」

 随分と急な気がしないでもないが、そう言ってはいられる状況ではない。俺があの子達を守る。

 そしていよいよ本格的な旅が明日――始まる。

 





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