出会い⑥
これは異世界からの客人として、大人として――ある意味究極の選択を迫られているのではなかろうか。扉を開けるか、否か、という二択。
子供好きな俺――念のため言っておくがロータリーに似た言葉に属する人間ではない――としては是非とも此方の子供達とコンタクトを取ってみたい。だったらさっさと扉を開ければいい、と思われるかもしれないが、子供というのは想定外の出来事に遭遇するとすぐパニックになる生き物なのだ。
今扉の前に立つ子供達は扉が開くなど夢にも思っていないはず。つまり俺が勇み足で扉を開けると間違いなくテンパるだろう。ともすればダッシュで逃げられてしまうかもしれない。
つまり、無闇に刺激を与えるのはマズイ。
「さて……」
俺は顎をさすりながら子供達の出方を窺った。話の内容的に開ける方に流れは傾いているようだが――今一歩実行に移せないでいるようだ。ならばあとは誰かが背中を押してあげれば扉は向こう側から開くだろう。
では誰がその背中を押すのか……。
「俺でしょう」
にやけながら一人呟く。我に策有り、である。
こんな話をご存知だろうか。我らが日本国に伝わる遠い遠い昔のお話――天岩戸に閉じ籠った天照大神は人々の笑い声に誘われ、自ら岩戸から姿を現したという話。
この逸話からわかること――それは笑い声とは神様の気すら引ける優れものなのだ、ということ。ましてや今回相手取るのは神様でなく普通の子供。普通の神様以上に気を引くなど容易い。
フッフッフ、では作戦を開始する。作戦名『スマイル』。笑い声を武器に対象を部屋に誘うのだ!
了解! 俺は脳内から喉に対して「笑え!」と命令を下した。
「わははははは。ヒーッヒッヒッヒッ」
端から見れば気持ち悪い作戦でも一人なら気兼ねなく実行できる。俺はこれどもかと声を振り絞った。だが視線は相変わらず扉のノブ。それが捻られるのを笑いながら待った。
どうだ、そろそろ気になるだろう。ってかちょっと疲れてきたぞ。頼むからそろそ――。
カチャ……。
うぉ!? 俺はノブが回転するのを確認すると瞬間的に笑いを止め、興奮を抑えつつ素早く扉の裏に移動した。こうすれば子供達が中を覗いても見付からない。
「あれ? 声聞こえない……」
「シッ、ばれちゃう」
ホホホ、他愛もない。やはり気になったか。さてと、あとはいつ姿を現すか、だが面白そうなのでもう少し様子を見よう。
「あれれ? いないよ?」
おそらく三人目の子だろう。俺がいないと知ると扉を思いきり開けた。ノブが腰にまで来たのでとりあえず掴んでキープする。
「でも笑い声聞こえてたよ」
「どこ行っちゃったのかな」
「ねぇ、中入ってみよ」
「ダメだよ! シスターに怒られちゃう!」
「バレなきゃ大丈夫よ」
ふむ、この女の子なかなか胆が座っているようだ。
「おじゃましまーす」
言って女の子が一番先に部屋へ足を踏み入れた。扉の蝶番の隙間から姿が見える。姿形からして俺と同じ人間の子供だろう。身長は……頭が俺の腰を超えるくらいか。腰辺りまで伸びているブロンドの髪は楽しそうに跳ねていた。
残りの二人――こちらは共に人間の男の子で身長は女の子と大差無い――がその後に続いた。少し癖のある茶色の髪とストレートの蒼色の髪が見える。顔はよく見えないが女の子とは違いテンションは低そうだ。というかどうもこの年代は女の子の方が力を持っているよう……いや、いつどの年代も女の子の方が力を持っているようだ。
俺は三人が部屋に入るのを確認し、部屋中央辺りまで進んだところで静かに扉を閉めた。しかしまだ此方に気付いていないようだ。
「誰かいませんか~?」
「ねぇ、帰ろうよ」
「そろそろおやつの時間だもんね。今日はレモンパイだってミシェルが言ってた」
ふむ、何となく三人のポジショニングがわかってきた。ブロンドの女の子はおませさん――蒼髪の男の子は恐がりさんで、茶髪の男の子がマイペース、ってな具合か。
フフフ、可愛いいねぇ――と、あろうことか俺は「フッ」と笑ってしまったのだ。瞬間、三人の小さな顔が此方に振り返る。部屋の空気がみるみるうちに凍り付いていった。
が――。これが、俺と教え子達との初めての出会いだったとは知る由もなかった。