終・島巡り⑨
正念場――その人の真価が問われる重要な場面のことを言う。では真価とは――真価とはその人が持つ本当の能力を指す。つまり俺に例えるなら覚えた魔法こそが真価の核であり、それを問われるならばそれを以て答えるべきではないだろうか。
うむ、その通りだ。間違いない。では満身創痍の俺が今使える魔法……否、今使うべき魔法は何か。
それは――。
「清らかなる羽、失ないし命をつなぎ止めよ! キュアフェザー!」
回復魔法だろう。正直すっかり忘れていた。俺、回復魔法使えたんだった。五分五分とか言ってたがすっかり痛みは治まってしまった。ちょっとシリアスな雰囲気を出してしまった分恥ずかしさもひとしおである。
ただ救いと言えばそれを心の内に留めておいたことだろう。ルカやゴーレムは何も勘づいていない様子。俺は何事も無かったかのように右手の感触を確かめた。何ら問題は無さそうだ。
「まだ続けるのか?」
俺はゴーレムに視線を向けたままルカに問い掛けた。
「まだに決まってるでしょ! まだゴーレムの眼は死んでない!」
「死んでないって……」
つまりは徹底的にやれってことか。だったら仕方ない――ゴーレムには悪いがさっさと倒させてもらおう。と、俺が再び魔方陣の準備を始めた時だった。
『はい、そこまでー』
という突然の声。スピーカー越しに喋ったのか若干曇った声だった。突然過ぎてどこから聞こえてきたかわからない。
『試験終了でーす』
ん? これは……塾長?
『弐鷹クンもルカもお疲れさま』
「塾長?」
『そうだよ』
「どこから話してるんですか?」
辺りを見渡せどそんな人影は全く見えない。
『こっちだよ、こっち』
言われた方を見てみるとそこにいたのは今の今まで戦ってきたゴーレムの姿が……。
「ど、どこですか?」
『もぉ、ここだっての!』
言って突然ゴーレムの左腕が動き出し、自らの右目を指差した。一体何なのだ、とその指先にある瞳を除きこんでみた。するとそこには小さいながらも椅子に腰掛ける塾長の姿が映し出されていた。
「何やってるんですか、そんなとこで」
『何って、キミの試験の戦いを見てたんだよ』
「ハ、ハァ……」
『リアクション悪ッ! もうちょい驚かない? 小さいッスね! とか無いの?』
無いッス。ってか塾長の変なテンションに若干引き気味ッス。
『ま、とりあえず試験は終わりだよ。ルカは続けるつもりだったみたいだけど、もう、結果は見えてるからね。良い戦いっぷりだったよ」
小さな塾長は俺を褒めてくれた。ちょっとばかし嬉しい。
「それとルカ! 弐鷹クンと一旦こっちに来てくれ』
ルカは不満な表情を浮かべつつ俺の元にやって来た。先程の鬱憤を晴らしきれていないが塾長の要請だから仕方ない、と言わんばかりだ。
『んじゃ、お疲れさんってことで、悪いんだけどちょっと目を瞑っててくれよ』
俺は言われた通り目を瞑った。すると「キーン」という高音が聞こえ始め、次第に大きくなっていく。もしかしたらいつか塾長が見せてくれたテレポーテーションなのでは? と思った瞬間、突然暴風が吹き荒れた。そのあまりの衝撃に思わず身構えてしまうほどだったが、風も高音も拍子抜けなぐらい直ぐに止み、代わりに何とも懐かしい匂いが鼻孔をくすぐった。
「いつまでそうやってるの?」
と、いきなり男性の声。
「え?」
俺は恐る恐る顔の前で交差させた腕をほどいた。
「おかえり~」
「じ、塾長……ってここは――」
挨拶もそっちのけで周りをぐるり……そこには一週間前に見たあの予備校の部屋が広がっていた。
「お疲れさん」
「帰って来た……んですか?」
俺のアホみたいな質問に塾長は小さく頷いて答えてくれた。さっきの今で頭が付いてきていないが、こんなことはもう慣れている。こういう時は現状を言葉に変えて反芻すればいい。帰ってきたのだ、と。
そう、俺は帰ってきた。帰ってきたんだ。
「――――っぁぁぁぁぁあ!」
ようやく体が喜びに震えだした。沸き上がる感動は何と表現したらいいだろう。
ただ、一週間ぶりの自分の世界が最高だったことは言うまでもない。